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小悪魔マユ  作者: 大橋むつお
71/118

71・期間限定の恋人・3

小悪魔マユ・71

『期間限定の恋人・3』   




「「な、なんでも……!」」

 

 美智子とナース吉田マユの声がそろった……。


 ナース吉田の姿をしたマユは、当直のドクターを連れてきた。


 ドクターは若ハゲでデップリとして、鼻の下にはヒゲなんか生やしていて、見かけは立派なドクター。実は、近所の開業医のどら息子で、ハクを付けるためにだけ、この病院に勤めている食わせ物だったが、こういう人間の方が操りやすい。

――先生は、日本一の名医です。この注射をしてあげれば、ノーベル賞だって夢じゃありません。

 そう暗示をかけると、マユの差し出した注射器を持って美優の病室に現れた。


「この薬を注射すれば、死が訪れるまで、まったく健常者と同じように動くことができます……ええ、長年わたしが研究してきた成果です。末期ガンの患者さんの残された時間を、患者さんの意思で思う存分自由に生きてもらうための薬です……効き目の期間ですか……美優さんの命がつきるまで……言ってもかまいませんか……美優さんの命は、あと一週間です。きっちり百六十八時間」

「ぜひ、お願いします……こんな寝たきり……で……じわじわ……死ぬのは……いや」

 美優の言葉に、母の美智子も、涙ぐみながらうなづいた。


「では……きみ、クランケの腕を……」


 ドクターは、威厳を持って吉田ナースの姿をしたマユに命じた。マユは、おごそかに美優の袖をまくり、上腕に静脈注射用のゴムバンドをした。

「う……」

 美優は小さな声をあげた。このドクターは見かけ倒しなので、注射はヘタクソなので、かなり痛かった。元気だったら、美優は大きな悲鳴をあげていたところだろう。

「効き目が現れるのに二十分ほどかかります。起きあがれるようになったら、もう自由になさってけっこうです。では、残った一週間。思い残すことなく使ってください」

 ドクターは、もったいぶって言うと、名医らしく美優の手を握り、母の美智子に目礼をした。

「ありがとうございました」

 美智子のお礼を背中で聞いて、ドクターはナース吉田の姿をしたマユを従えて、病室をあとにした。

  

 マユは、いそいで更衣室にいき、ナースのユニホームを脱いだ。ナース吉田の姿は、消えかかっていた。

 そう、あの注射は、ただのビタミン。本当は、マユ自身が美優の体の中に入り込んで、美優を死の間際までサポートするのだ。

 マユ本来の体は幽霊の拓美に貸してある。マユとクララが混ぜてコピーした体は、オモクロのオーディションまでは用がない。そこで、マユは、魂というかエネルギーだけの存在になって、美優の体に入り込む。美優の体は衰弱が激しいので、二十分ゆっくりかけて美優の体に入っていく。

 十九分がたったころ、吉田の同僚のナースが、遅れた日勤を終えて更衣室に入ってきた。


「……吉田さん……?」


 同僚は、裸の吉田が消えていく瞬間を目にした。胸騒ぎした同僚は、携帯で吉田に電話をした。電話の向こうで、元気な吉田の声がしたので、安心して携帯を切った。


「お母さん、わたし元気になった!」

 美優は、嬉しい叫び声をあげて起きあがった。

「よかったね、美優!」

「うん、一週間だけど、わたし一生分生きてやる!」

「これ、使いな。一週間自由に生きるのに十分な使いでがあるよ」

 美智子は、自分のゴールドカードを渡してやった。

「ありがとう、お母さん」

 美優は、もう二度と着ることがないと思っていたお気に入りのポロワンピースに着替えると、さっさと病院を出て行った。

「とりあえず、自分の家に行こう」

 そう独り言を言ってタクシーを拾った。


――人生でやり残したことをやるのは、けして楽しいことばかりじゃないんだよ。


 小悪魔のマユは、美優の体の中で、そうつぶやいた……。


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