70・期間限定の恋人・2
小悪魔マユ・70
『期間限定の恋人・2』
マユは、ポケットのカメオを撫でて美優の病室に向かった……。
「あら、吉田さん。今日は、もう上がったんじゃないの?」
病室に入ると、母の美智子が驚いて言った。以前ロ-ザンヌで客として会ったときよりも十歳ほど老けて見えた。それは看病疲れなのだろうけど、自分が老けることによって、少しでも娘の命をのばしてやりたい母心のようにも思えた。
「ナースステーションにもどったら、このブローチ、ユーノー (Juno)って、ローマ神話の女性の結婚生活を守護する女神さまだって、ドクターに教わって……改めてお礼が……」
そこまで言うと、吉田は涙で言葉が詰まってしまった。マユ自身の心なのか、コピーしたナースの心の反応なのか、マユは、自分でも分からなかった。
「お礼が言いたいのは、わたしの方よ……吉田さんは、わたしと同い年でしょ。その吉田さんが、結婚を間近にして、こんなにキラキラして……わたし、自分のことのように嬉しいのよ」
やつれてはいるが、美優は酸素マスクをずらし、透き通るような笑顔を返してきた。
「でも、疲れたんじゃない。この一週間、これにかかりっきりだったでしょ。わたし、よっぽど止めようと思ったんだけど、美優ちゃん、一生懸命だったし、お母さんも楽しそうに観てらっしゃったから……」
「うん……少しね。いよいよ酸素マスクなしじゃ、呼吸も苦しくなってきたけど。わたし……満足」
「『吉田さんにあげる』って言われたとき、びっくりしちゃった。そのとき、これがユーノーだって言われてたら、わたし泣いちゃってたわ」
「フフ……」
美優は力無く、しかし、心から嬉しそうに笑った。
「そこまで言ったら、きっと吉田さん泣いちゃうだろうって……当たりだったわね。でも、もう泣かないで。美優もわたしも、吉田さんの笑顔が見たかったんだから」
「吉田さん……」
「うん?」
「側に来て……」
「え……?」
「わたし、目にきちゃったみたいなの……それ、彫り終えてから、物がが見えにくくって」
美優は、抗ガン剤を使わなかった。もう助からないことが分かっていたし、抗ガン剤の副作用で髪の毛が抜けたりするのが嫌だった。どうせ助からない命なら、少しでも女らしく逝きたかった。
「ほんと……吉田さん、ほんとにきれいだよ。お母さんの言ってたこと、ホントだね」
「そうよ、恋の絶頂にいる女性は、一生で一番きれいになるのよ。もともと吉田さんはきれいな人だけどね」
「吉田さん……顔さわってもいい?」
「う、うん。いいわよ。こんなものでよければ、ご存分に」
美優は、吉田の頬に触れようと手を伸ばした……しかし、吉田の顔の高さまで手を伸ばす力が出ない。
「……手が、上がらない」
「美優……!」母の美智子が、思わず立ち上がった。
「ちがうって、お母さん。ブローチ彫るのに腕使いすぎたから……」
美優は、少しだけ嘘をついた。腕が上がらないのは、ブローチのせいなんかじゃない。吉田は美優の手を取り、自分の頬に持っていった。
「スベスベのツヤツヤだ……フフ、なんだか、赤ちゃんのお尻みたい……泣かないでよ吉田さん」
「う、うん」
「泣いたら、スベスベが分からなくなっちゃう……」
美優は、一分足らずで吉田の顔から手を放した……もう、力が尽きてきたのだ。
もう、明日からは寝たきりになるだろう……吉田の姿のマユは小悪魔の勘で、美優の命は一週間きっかりだとふんだ。
マユは温かくも悲しい気持ちになり、母の美智子に、そっと言った。
「お母さん……」
「え……そんな薬があるの!?」
「ええ、命を延ばすことはできませんが、命をまっとうするまでは普通の元気でいられます」
「ぜひ、お願いします!」
「なにこそこそ話してんの……」
「な、なんでも……!」
美智子と吉田の声がそろった……。




