33・フェアリーテール・7
小悪魔マユ・33
『フェアリーテール・7』
「見て、白雪さんの寝顔」
「え……どうかした?」
レミは戸惑った。エルフの王女でも分からない微妙な変化を、さすが小悪魔のマユは見抜いている。
「鬼になりかけている……」
「鬼に……?」
「体は動かないけど、ある程度のことは分かってるんだわ」
「白雪さ~ん!」
「やっぱり……」
「なにか、変化があったの?」
「わたしの目は、高速度カメラ並なの。百万秒の一秒の変化でも分かる。今、白雪さんは百万秒の二秒、目を開いた。とても悲しそうな顔でね……ね、もう日は落ちたかしら」
「うん。お日さまは、まだ名残惜しげに西の空を染めているけど、東の空は、もうお月さまが、宵の明星を従えて、現れている」
レミが、東の空を指差した。
マユは、念のため、二十メートルほどジャンプして、西の山にお日さまが居ないことを確認した。
「すごい。マユ、それだけジャンプできたら、オリンピックで金メダルだわよ!」
「人間だったらね。あいにくの小悪魔。オリンピックには出られないけど、今から白雪さんに魔法をかけるわ」
「え、どんな魔法!?」
「黙って。神経を集中させなきゃできないんだから」
「あ、ごめん」
「エロイムエッサイム……エロイムエッサイム……我は求めん……」
マユは、白雪姫の胸のあたりに手をかざし、呪文を唱え始めた。そして数十秒……。
「ああ、もう、やってらんないわよ!!」
カワユゲな寝顔を、まるで九回の裏で、ゲッツーをとられ敗北した阪神タイガースの試合を観ていたタイガースファンのオバハンのような顔に変えて、白雪は目覚めた。
「し、白雪さん!」
「ほんとに、あのクソアニマ王子、いいかげんにしろってのよね!」
白雪とは思えない物言いに、ただビックリのレミである。
「ね、だから言ったでしょ。鬼になりかけてるって」
「あ、あんたね。わたしを自由にしてくれたの。とりあえずありがとう……」
マユに、簡単にお礼を言うと、白雪は棺から飛び出て、森を出ていこうとした。
「待って! 気持ちは分かるけど、その魔法は五分間しか効き目がないの」
「「え……」」
レミと白雪が、同時に声をあげた。
「わたしって小悪魔だから、効き目が薄いの。でも、白雪さんは、アニマ王子にじらされて、このままじゃ鬼になってしまう。だから、五分間だけでも……」
「え、小悪魔? 魔法少女じゃないの?『月に代わってお仕置きよ!』とか決めて、サクサク解決してくれるんじゃないの? あ……そう……でも、ま、ありがとう。たとえ五分間でも起きることができて。レミ、ありがとう。毎日心配して見にきてくれてたんだよね。わたし、身動き一つできなかったけど。まわりのことは全て分かっていたのよ」
「毒リンゴを食べてから、ずっと?」
「ええ、継母のお后が、リンゴ売りのお婆さんから、元の姿に戻ったときは、このクソババアと思ったけど。その直後の、悲しそうな目は忘れられない」
「え、あのお后が、悲しそうな顔!?」
「うん、わたしも意外だったけど、継母は、わたしのことを憎んでなんかいなかった」
「だって、いつも鏡を見ては『世界で一番きれいな女はだーれ?』って、やってたんじゃないの?」
「違うの。本当は『世界で一番、この国を治めるのに相応しいのはだーれ?』ってやってらっしゃった」
「話がちがうよ……」
「自分の考えも、鏡の答えもいっしょだった。でも、国民の多くは、わたしが女王になるべきだと思っていた。でも、わたしは見かけ倒し。かわいいだけで、とても国の政治なんかできないわ」
「でも、毒リンゴで仮死状態にしておくなんて、あんまりだわ」
「継母さまは、それも、お考えになっていた。だから、いつか白馬の王子が現れて、わたしにキスをすれば、目覚めるように……それが、あのくそ王子!」
「アニマ王子のこと嫌いなの?」
「……いいえ、愛しているわ。最初に会ったときから……あの人の苦しみも、分かっている。でも、毎日来ては、わたしのくちびる一センチのところまで、顔を寄せては、ため息ついて帰っていくばかり。それが、もう九十九回もつづいて。もう一回、こんな目にあったら、魔法少女……いえ、小悪魔のマユさんの言うとおり、わたしは鬼になっていたわ……」
白雪姫はさめざめと泣き始め、レミは、白雪をハグして慰めた。
「申し訳ないんだけど!」
マユが、二人の間に割り込んだ。
「この魔法、五分しか効き目がないの。効き目が切れるまでに、対策を講じておきたいの!」
「「対策って?」」
かわいいだけの白雪と、心配だけがイッチョマエのレミが、また同時に声をあげた。
「白雪さん。あなたのお友だちで、あなたぐらいにかわいくて、勇気のある女の子いない」
「かわいくて、勇気……ああ、グリムチームに一人いる!」
「だれ……!?」
名前を聞いて、ちょっと心配になった。かわいくて勇気はあるけども、ちょっと若すぎる。しかし、時間がないので、マユは呪文を唱えて、そのかわいくて勇気のある女の子を呼び出した。
魔法の煙とともに現れた、その子は、思ったほどには若すぎなかった……。




