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魔力使いリョウ  作者: A99
第一章 終焉討伐編
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第十二話

 『終焉』を討伐するために、炎と溶岩が支配する灼熱の地獄に再度訪れたものの、目的である『終焉』が見つかりません。

 もちろん、そう簡単に見つかるとは思っていません。こんなことは予想済みですし、『終焉』と戦うために何日でもこの炎獄山脈で待つつもりです。

 そのための準備もしてきました。抜かりはありません。今日のために、冒険者ギルドから『インスタントベース』を大量に借りてきています。

 『インスタントベース』とは、簡易的な拠点を作成するアイテムです。過去に存在した偉大な錬金術師が作成したアイテムで、風呂やトイレ、ベッドやキッチンなど、生活に必要な機材が一式揃っているという優れ物です。また、内部は常に快適な生活空間を維持するという、長旅をする冒険者にとっては夢の様なアイテムです。

 しかし、これには欠点がありまして、様々な複雑な魔力式を膨大に使用する都合上、拠点を維持できるのが一日だけなのです。拠点を作成して一日経過したら、この『インスタントベース』は消滅してしまいます。中に入っている人が一緒に消えるということはありませんけどね。

 また、複雑な魔力式で作成されたアイテムのため、『インスタントベース』を作成できる人は限られており、大量に作れるアイテムではありません。

 総じて言うと、とても高価なアイテムなのです。今回は無理を言って冒険者ギルドから大量にこれを借りて来ましたが、日数が経過すればするほど、私達の懐に大打撃を与えてきます。

 長期間使えるようにする研究がされているとは聞きますが……まあ、しばらくは実現されないでしょう。

 早速『インスタントベース』を起動させます。躊躇う気持ちを押し殺し、ボールのようなそれを地面に叩きつけます。

 叩きつけた瞬間、光ったと同時に魔法陣が描かれ、それが回転。地面からせり上がるように拠点となる建物が出現。何の知識もない人がこれを見れば、いきなり建物があらわれることに驚くでしょう。 外見はコテージに似ていますね、過ごしやすいようにする配慮でしょう。外見がドラゴンの頭などの場合、私は入る気がしません。

 中に入ると、風呂やトイレ、ベッドやキッチンなど、生活するのに十分な環境が作られていることがわかります。ベッドは二段ベッドですが、床は広いため寝袋などがあれば、三人でも十分過ごすことが出来るでしょう。

 実は初めて『インスタントベース』を使ったのですが、これほど立派なものだとは思っていませんでした。物によっては、『インスタントベース』はAランク依頼の報酬と同等の金額にもなります。なるほど、高価なのも納得ですね。

 私以外の二人も、思い思いに物色しています。『インスタントベース』は使う機会が殆どありませんkら、珍しいのですね。

 寝る場所であるベッドの感触を確かめます。硬くもなく柔らかくもなく、寝るには十分。BランクやCランクの冒険者が使う宿と同じ程度には寝られそうです。

 水は使い放題、トイレはなんと水洗です。さすがに食料まではありませんが、そこは仕方ないですね。

 なるほど、なかなか快適な環境ですね。ここで住むのもいいかもしれないと思うほどです。もっとも、『インスタントベース』は一日で消えてしまうので、実際に住むとなると莫大な金額が必要となりますが。

「夕方までしばらく時間がありますね。姫様、『広域探査』をお願い出来ますか?」

「そうですわね。『終焉』の魔力波長も覚えてますし、やってしまいますわ」

 援護、回復役を自認するだけあって、姫様は補助役としての魔法を広く深く身につけていらっしゃいます。『広域探査』もそういった魔法の一つで、指定した条件の存在が何処にいるのか、広範囲に渡って探査することが出来る魔法です。

 今回の場合、姫様は『終焉』の魔力波長――生物毎に異なるという魔力の波長で、指紋のように使われます――で探査するようです。時間はかかるかもしれませんが、姫様ならば確実に見つけることが出来るでしょう。

「では、本格的に動くのは夕方からにしましょう。それまでは『インスタントベース』の中で各自休息ということでいいでしょうか?」

「そうですわね。無理をしても仕方ありませんし」

「――了解」

 それぞれ寝る場所をどうするかと尋ねたところ、ニノ殿は自前の寝床があるということでした。影の中から取り出した棺が、その寝床なのでしょう。心臓に悪い寝床ですが、吸血鬼なので仕方ありません。

 二段ベッドは私が下、姫様が上を使うということになりました。

 それからしばらくは、会話のない静かな時間が流れました。聞こえるのは、姫様の静かな寝息と外から聞こえる噴火の爆音のみです。もっとも、爆音といっても扉をノックする音のように静かなものです。『インスタントベース』の遮音結界により、爆音もだいぶ制限されているのです。

 こうしてゆっくり時間を過ごすのも、久しぶりのような気がします。ここ最近は、調査に準備にと走りっぱなしだったせいもあるでしょう。

 ふと、彼のことを思い出しました。忘れていたわけではありませんが、ここ最近は忙しさの余り、彼のことを考える余裕がなかったのは確かです。

 確か、彼と初めて会ったのは、ウェストハート侯爵家にいた時ですね。

 ウェストハート侯爵家より依頼を受けてきた彼。今よりも若かった彼。確か、Sランク冒険者に成り立ての頃に、その依頼を受けたはずでした。

 依頼内容は姉君の護衛。それと、騎士団の訓練相手でしたか。その頃は私も若かったですね。冒険者ごときと一番に斬りかかって、呆気無くやられてしまいました。

 冒険者憎しと斬りかかってはやられ、斬りかかってはやられる日々。そんな日々を繰り返す内に、彼のことを少しずつ理解してきました。

 一番はやはり、女好きということでしょうか。騎士団や侯爵家の女性が何人も彼と一夜を過ごしたと聞きます。私が誘われなかったのは……その時は小柄で、髪もバッサリ切っていましたから、少年に見えたのでしょう、きっと。

 それと、あれでいて面倒見が良いということ。騎士団の男性と彼、ついでに私で酒場に繰り出しては、朝まで馬鹿話で盛り上がっていました。その時に、彼が恋の相談などを受けていたことも覚えています。

 私も、彼に面倒を見てもらった内の一人です。彼は剣術についてはからきしでしたが、戦闘技術や考え方などについては、冒険者としての経験もあるのかなるほどと頷くことばかりでした。

 そして、彼の教えを受けている内に、徐々に強くなっていく自分に気が付きました。強くなり、強くなり、そしてもっと強くなりたくて、彼の後をついてまわってばかりでした。

 そんな私を、彼は苦笑しながら受け入れてくれた。その頃からでしょうか、彼に淡い思いを抱いていたのは。ついてまわっている内にいつの間にか、という感じでしたね。

 ですが、彼は冒険者。いずれ去る時が来ます。彼が去る時は、涙で彼の顔が見えませんでした。最後に撫でてくれた彼の手は、凄く大きく、暖かかったです。

 彼が去ってからも、私は彼の教えを忘れずに鍛錬を続けました。剣術だけでなく、騎士にあるまじき卑怯な戦法なども、躊躇わず使っていましたね。騎士団の仲間に卑怯だと罵られることもありましたが、私から言わせてもらえばそれがどうした、というところでしょうか。

 振り返ってみれば、彼の影響を受けていたことが明らかですね。後悔はしていませんが。

 ……駄目ですね、気が滅入ってきます。こんな状況で思い出すことではありませんでした。

 頭を振り、先程までの記憶を追い出します。こんな時は、眠って頭をリフレッシュさせるべきです。

「せめて……もう一度、会いたいですね……」

 呟いて、私は瞼を下ろしました。一筋流れた雫を、気にしない振りをして。


 ◆


「セリス、起きなさい」

 眠いです……ですが、姫様が呼んでいます。起きなければなりません。

 思考を開始、それとともに魔力を体中に回します。活性化する頭と体。騎士や冒険者ならば、当たり前のように出来る事です。

 きっかり一秒魔力を回し、寝起きの重い体も一気に軽くなります。靄がかかったように働かなかった頭も、今ではスッキリと働いています。

「姫様、何かありましたか?」

「見つかりましたわ」

 サラリと言われたその言葉を認識した瞬間、カッと腹の底が熱くなったように感じました。

 落ち着く必要があります。この気持ちは、『終焉』を前にするまで抑えておく必要があります。

 深呼吸を一回。冷水に突っ込んだイメージで、気持ちを冷却させていきます。

 それにしても、さすが、と言えばいいのでしょうか。私としては、二、三日は探査に時間がかかると思っていたのですが……。姫様も成長されている、ということでしょう。

 『インスタントベース』の窓から外を眺めると、ちょうど暗くなり始めている時間帯でした。行動するのにはいい時間ですね。

 眠っているニノ殿を起こすために棺を軽く叩くと、金属特有の響くような音が内部から聞こえました。少し待つと、ゆっくりと棺の蓋が開き、中から腕が出てきます。まるでゾンビです。

 完全に蓋が開くと、ニノ殿が上半身を起こしました。眠たげに辺りを見回した後、窓から外を眺めます。ニヤリと笑った口に見えた牙は、吸血鬼としての能力が発揮されている証拠です。

「――いい時間。潰す」

 そして、ニノ殿は獰猛に、殺戮的に笑います。獲物を狩る前の獣のような、そんな凶暴な鋭い笑みです。

「『終焉』は山頂にいるみたいですわ。そこから動く気配がないということは、ワタクシ達を誘っているに違いありませんわ」

 ため息混じりに姫様が言います。呆れているように見えますが、しかし、その瞳は鋭いです。舐められていると考えているに違いありません。

 もっとも、そう考えるのは早計だと私は考えます。神代より生きる究極とも言えるドラゴンが、獲物を舐めるとは考えにくいです。長く生きているからこそ、慎重に万全を期して動いていることでしょう。

 もっとも、本当に慎重に生きるのなら、人間達の前に姿を表さないのが一番のはず。そう考えると、『終焉』が姿を表した目的がわからなくなってきます。

 一体、『終焉』は何故今になって……いや、それよりも何故度々姿を現すのでしょう。

「セリス、行きますわよ」

「了解しました、姫様」

 まあ、今はそんなことを考えている暇はありませんね。今、優先すべきことは、『終焉』の討伐なのですから。それが終わってから、『終焉』の目的についてゆっくり考えればいいでしょう。

「出し惜しみはなしですわ。『速度上昇』」

 『速度上昇』。対象の速度を強化するというシンプルな魔法です。短時間しか保たないため、移動には不向きという欠点があるのが残念です。

 とはいえ、今回のような数時間の移動ならば十分です。短時間しか保たないといっても、姫様ならばそれくらいは保たせます。私が唱えたとしたら、せいぜい数十分が限度ですけれど。

 魔法の対象は全員。一気に体が軽くなったように感じます。この感覚が病みつきになり、常に『速度上昇』を使っている中毒者がいるというのも納得出来ます。

 まるで、体が羽か風になったよう。このまま広い平原でも気の向くままに走ったりしたら、さぞ気持ちいいことでしょう。

「さあ、行きますわよ」

 そう言った後、先陣を切って走りだす姫様。続いて、ニノ殿と私が続きます。そして、あっという間に姫様が抜かれました。

「お、置いて行かないでくださいまし!」 

 ああ、姫様……貴方という人は……。


 ◆


 走り続けて数時間。山頂に近づくに連れて、地獄の最奥部のような光景が広がってきます。常に噴火を繰り返し、周囲の半分は溶岩の海です。

 灰の雲が空を覆い、火柱が何本も吹き上がる炎獄の中央。そこに、終わりが存在しています。

 神に等しい生物の完成形。全てを終わらせる闇の化身。神殺しの究極竜。

 闇色の規格外の巨躯。『終焉』と呼ばれる、忌々しいドラゴンです。

 響く咆哮。離れた場所にいても、それを聞けば震えるしかありません。

 胸元には大きな切り傷。大きな両翼には所々穴が開いており、翼としての役目を果たしているのかわかりません。それ以外にも、大小様々な傷が目立っています。

 片目を失い、胸元には大きな切り傷。無様といえるほどに、傷だらけとなった満身創痍なその姿。

 ですが、それがどうしたというのでしょうか。その程度で、『終焉』がどうにかなるというのでしょうか。

 答えは否。傷ついて尚、その威容は雄々しく、神々しく、恐ろしい。まさしく究極のドラゴンの名に相応しい誇り高き佇まいです。

「『恐怖耐性強化』をかけておきますわ」

 姫様の声は震えています。『終焉』とはまだだいぶ離れているのですが、それでもその威圧感は私達を容赦なく包み込み、心の底から恐れという感情を抱かせます。

 これが、『終焉』。これが、終わりの化身。そして、これが……。

 『恐怖耐性強化』をかけてもらったおかげか、体の震えは止まっています。その代わり、燃えるように沸き上がってきた感情が一つ。

 『終焉』にも負けない漆黒の炎。呪詛となり、殺意となって敵を滅ぼす復讐の刃。

 憎悪。

 黒の感情が、笑みとなって現れます。獰猛な、ひどく虐殺的な笑みを私は浮かべていることでしょう。

 ああ、やっとここまで来たのです。やっとここにたどり着いたのです。

 この戦いは貴方の為に。この戦いは故郷のために。

 そして、『終焉』の死を持って、私達が失った全てのものへの鎮魂歌といたしましょう。

「セリス、命令ですわ。『終焉』を滅ぼしなさい。『終焉』のその首を、私の前に持って来なさい」

「承りました、姫様」

 嵌まった歯車が回り出します。ギシギシと、軋みを立ててゆっくりと。

 さあ、見ていてください、姫様。貴方の騎士が、見事『終焉』を討ち取るところを。

 この身は全て主のために。あらゆる艱難辛苦を打ち払い、勝利の栄光を姫様に捧げましょう。

 我が身は剣。我が身は盾。この一切の全てを、ただ愛しき主のためだけに。


 スキル『忠義の騎士』――発動。

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