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勇者刑執行局 〜壊れた英雄を狩る俺と、救いを諦めない新人〜  作者: シュバルツ


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第9話:救えた、と彼女は言った

 鉄条網は、ノエルが切った。


 カイが施設の裏手の術式錠に封印鎖を絡め、力の流れを断つと、重い鉄扉が、音もなく開いた。封印を扱う者は、封印を破る術も、知っている。


 内部は、青白い光に満ちていた。


 通路の両脇に、格子の部屋が並ぶ。その一つ一つに、拘束された元勇者たちがいた。腕に管を刺され、体から途切れ途切れに白い紋様を漏らしながら、みな、苦痛に呻いている。封印を、こじ開けられている最中だった。


「ひどい……」ノエルが、息を呑んだ。


「奥だ」カイは、通路を進んだ。「制御の心臓部を止めれば、全部の術式が、止まる」


 施設の中央に、それはあった。


 巨大な術式盤。床に描かれた、赤い紋様の輪。三本の剣を鎖が束ねた、あの意匠が、光の中心で、脈打っていた。そこから伸びた無数の管が、各部屋の元勇者たちへ、繋がっている。


 そして、術式盤の傍らに、ロゼ・ファルケが立っていた。


「……やはり、来ましたか」


 ロゼは、驚かなかった。手元の書類挟みを、静かに閉じる。


「執行官殿。あなたが規則を破ることは、想定していました。だから、こう申し上げたのです。感情は、より多くを殺す、と」


「これが、あんたの言う療養か」


「これは、再生です」ロゼの声は、氷のようだった。「役目を終えた英雄を、もう一度、国家の刃に変える。無駄なく。合理的に。……国境では、今も魔物が湧いている。新しい勇者を育てるには、十年かかる。ですが、ここにいる者たちは、もう、力の使い方を知っている」


「一度、力に殺されかけた者たちだ」


「ええ。ですから、扱いやすい。壊れることを、恐れませんから」


 カイの中で、何かが、静かに、切れた。


 だが、彼は叫ばなかった。感情を込めれば、抑えが利かなくなる。だから、いつもより、静かに。


「ロゼ・ファルケ」


 封印鎖が、環を鳴らした。


「あんたを裁く権限は、俺にはない。合法だからな。……だが、この術式を止める権限なら、ある。暴走を止めるのが、執行局の仕事だ。そして、これは――封印を壊して暴走を"作る"機関だ」


「止められると?」


「ああ」


 カイの封印鎖が、空気を裂いた。


 鎖は生き物のように奔り、術式盤の中心へ喰らいついた。赤い紋様が、悲鳴のように軋む。カイは、腰を落とし、鎖を、引いた。


 力の奔流が、鎖の環へ、逆流していく。


 術式盤が、砕けた。


 中心の輪が割れ、赤い光が四散し、各部屋へ伸びていた管が、一斉に、その根元から断ち切られる。青白い光が、潮のように引いていった。元勇者たちの体から、無理やり引き戻されつつあった力が、また、静かに、奥へと沈んでいく。


 施設が、暗くなった。


 呻きが、止んだ。


 拘束された者たちが、一人、また一人、荒い息をつきながら、意識を、取り戻していく。


「……救えた」


 ノエルが、格子の一つに駆け寄った。中で、オーウェンが、目を開けていた。まだ苦しげだったが、その体からは、もう、白い光は漏れていなかった。


「オーウェンさん! 私が分かりますか! 迎えに来ました、遅くなって、ごめんなさい――」


「……ああ」オーウェンは、掠れた声で、笑った。「娘さん、か。……木彫り、まだ、持っててくれたのか」


「持ってます! ちゃんと、孫さんに、渡します! だから、一緒に、帰りましょう!」


 ノエルの目から、涙が、こぼれていた。


 だが、今度は、リアムの時とは、違う涙だった。


 その涙には、もう一つ、理由があった。


 ノエルは、隣の格子の中にも、見知った顔を、見つけていた。リアム・セドリック。南の療養院から、この施設へ運ばれ、封印を、もう一度こじ開けられかけていた青年。かつて彼女が、封じることしか、できなかった相手だった。


 その体からも、白い光は、引いていた。


「リアムさん。……今度は、間に合いました」


 格子越しにかけた声に、朦朧としたリアムが、かすかに、笑った気がした。


    *


 ロゼは、逃げなかった。


 砕けた術式盤の傍らで、割れた書類挟みを拾い上げ、乱れた紙を、几帳面に、揃え直していた。


「一つの施設を、止めましたね」


 彼女は、カイを見て、静かに言った。


「見事です。……ですが、勘違いなさらぬよう。これは、私の"事業"ではありません。私は、命じられて、監督していただけです」


「誰の命令だ」


 ロゼは、揃えた書類を、胸に抱いた。そして、去り際に、初めて、一つの名を、口にした。


「軍務卿、バルカ様。……勇者再兵器化計画は、あの方の、国家の意志です。私を止めても、計画は止まりません。施設は、他にもある」


 彼女は、背を向けた。


「あなたは今夜、六人を救った。ですが、計画が救わせない者は、その、百倍いる。……感情は、より多くを殺す。覚えておいてください、執行官殿」


 監督官の足音が、暗い通路の向こうへ、消えていった。


 カイは、追わなかった。追っても、彼女を裁く権限はない。今夜、握り潰せたのは、無数の歯車の、たった一つ。


 だが、その一つの向こうに、ようやく、名前が見えた。


 軍務卿バルカ。


 この計画の、本当の顔だった。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


 今度は、救えた。ノエルの涙は、悔しさではなく、安堵のものでした。封印鎖が、封印を壊す術式を断ち切る――鎖の役目が逆さまになった夜です。


 そして、ロゼが去り際に残した、真の黒幕の名。軍務卿バルカ。ですが次話、カイの前に現れるのは、その国家でも、ロゼでもない――もう一人の「英雄を集める男」でした。


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