表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/77

公開処刑——百万の証人の前で

 微かな抵抗感。カチリと音がするまでの、ほんの数ミリの遊び。この小さなスイッチを入れた瞬間、俺の声は百万人の耳に届く。営業マン時代、プレゼンの前にマイクを握るたびに手が震えた。今は——震えない。震えている暇がない。


 凛のマンション。三台のモニターが青白い光を放っている。


「最終確認、終わりました」


 凛の声は冷静だった。眼鏡のレンズにモニターの光が反射して、その奥の表情が読めない。だが声のトーンで分かる。確信を持っている。


「帳簿データの整合性、クロス検証済み。入金記録と出金記録の照合、銀行のタイムスタンプとの突合——全て一致します。偽造の痕跡はありません」


 凛は昨夜からぶっ通しでデータの精査を行っていた。USBの中身を暗号化されたクラウドにバックアップし、原本のハッシュ値を記録し、改竄がないことを数学的に証明した。技術者としての矜持だ。データの信憑性に一点の曇りも残さない。


「賄賂の記録は特に注目すべきです」


 凛が画面を切り替えた。スプレッドシートに整理された数字が並ぶ。


「管理局の影山局長への送金記録——毎月定額。三年間途切れていません。加えて、ギルド協会審査委員への不定期の大口送金が七件。いずれも探索者ランク査定の直前に集中しています」


 毎月定額。まるで——顧問料か何かのように、規則正しく振り込まれている。影山はクロノスの月額サブスクリプション会員だったわけだ。笑えない冗談だった。


「桐生さんにも連絡済みです」


 凛が続けた。


「配信と同時に記事を公開する手筈です。データの一部は既に桐生さんにも共有済み——独自取材と合わせて、裏付けの取れた情報として報道します」


 桐生恭子。あの記者の嗅覚と行動力は信頼できる。政治面の追及は彼女に任せるべきだ。俺の役割は——配信者として、視聴者に真実を届けること。


 俺は窓の外に目をやった。凛のマンションは高層階にある。東京の夜景が広がっていた。遠くにサードダンジョンのゲートが青白く光っている。あの光の向こうに、俺が知るべき真実がある。そしてこちら側——人間の世界にも、暴かれるべき嘘がある。


「凛。時間だ」


「はい」


 凛がアイリスの配信システムを起動した。画面に『配信準備中』の文字が表示される。告知は二時間前に出した。SNSのトレンドには既に俺の名前が上がっている。『柊一颯、緊急配信予告』がトレンド一位。予告文には内容を一切書かなかった。営業の鉄則だ。商品の詳細はプレゼンの場で明かす。事前に出すのは期待感だけでいい。


 凛がデスクの引き出しからミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、俺に手渡した。


「喉、乾かさないように」


「ありがとう」


 キャップを開ける。水の冷たさが喉を通る感覚が、妙にリアルだった。今から百万人以上の前で話す。その緊張が、水の温度をいつもより鮮明に伝えている。



  ◇



 カメラの赤いランプが点灯した。


 配信開始。画面右上の視聴者カウンターが回り始める。最初の十秒で五万。三十秒で二十万。一分で——五十万を突破した。コメント欄が滝のように流れていく。


 【マコト:来たぞ。全員集合だ】


 【ドクター:何が起きるんだ?告知が緊急すぎて不安しかない】


 【シロ:皆さん落ち着いて。まずは聞きましょう】


 俺はカメラに向かって口を開いた。


「緊急配信を見てくれてありがとう。今日は——ダンジョンの話じゃない。ダンジョン探索を取り巻く業界の話をする」


 コメントが一瞬、減速した。視聴者が耳を澄ませている。


「まず——事実を伝える。先日、俺の仲間の三島大輝が路上で襲撃された。左腕を骨折して入院中だ。犯人は元格闘家のチンピラ三人。金で雇われた連中だった」


 【ドクター:三島くん……大丈夫なのか】


 【マコト:襲撃?誰がそんなことを】


「そして——その襲撃費用の出所を示す証拠が、俺の手元にある」


 俺は画面共有を切り替えた。凛が準備した資料が表示される。最初は裏金帳簿の概要。金額の桁が大きすぎて、視聴者のコメントが一瞬止まった。


「クロノス・コーポレーション。探索者業界最大手のギルド。その裏金帳簿だ」


 視聴者カウンターが——七十万を超えた。数字の上がり方が加速している。SNSで拡散が始まっている証拠だ。


「帳簿には三島への襲撃費用だけではない。管理局への定期的な送金記録がある。影山局長個人への——毎月の支払い。三年間、一度も途切れていない」


 画面が切り替わる。凛が作成した時系列チャート。送金のタイミングと、管理局の決定事項がグラフ上で重なっている。免許停止処分の発令日と、その直前の大口送金。ランク査定の変更日と、その一週間前の振り込み。偶然で説明できない一致が、一目で分かるように可視化されている。


 【マコト:これ……マジか。管理局が買収されてたのか】


 【ドクター:影山局長への毎月の送金って——それ完全に贈賄罪じゃないか】


 【名無し:クロノスが管理局を金で動かしてたってこと?】


 【名無し:一颯の免許停止もクロノスの指示だったのか!】


 コメントの勢いが凄まじかった。怒りと驚きと困惑が混ざり合って、画面を埋め尽くしている。視聴者カウンターが百万を突破した。


「さらに——ギルド協会への工作記録がある。審査委員への送金と、その直後のランク査定変更。少なくとも十二人の探索者が、クロノスの利益のためにランクを不当に操作された疑いがある」


 凛が次の資料を表示した。具体的な送金額と日付。個人名は伏せてあるが、金額と時系列だけで十分に異常性が伝わる。


 【シロ:データの信憑性は確認済みですか?】


「全てクロス検証済みだ。入出金のタイムスタンプ、銀行記録との突合——偽造の痕跡はない。これは本物の帳簿だ」


 俺は息を整えた。ここからが核心だ。


「俺の探索者免許が停止されたのは、安全審査を名目にしていた。だが実態は——クロノスと管理局が結託して、俺を第二階梯から排除するための措置だった。30層の記録回廊、ダンジョンコアのノード——俺が読み解いてきた情報は、彼らにとって都合が悪かった」


 視聴者カウンターが百二十万を超えた。コメント欄はもはや読み取れない速度で流れている。


 だがその流れの中に——一つのパターンが見えた。怒り。純粋な怒りだ。


 【マコト:これは大事件だぞ。探索者業界の根幹が腐ってる】


 【ドクター:三島くんが襲われたのも、全部クロノスの仕業か……許せない】


 【名無し:桐生記者の記事も来た!同じ内容を裏付けてる!】


 桐生の記事が公開されたらしい。タイミングは完璧だった。配信の証拠と、ジャーナリストの取材記事が同時に出る。二つの独立したソースが同じ結論を示す。これなら——「でっち上げ」とは言わせない。



  ◇



 配信開始から四十五分が経過していた。


 証拠の提示は一通り終えた。帳簿のデータ、送金記録の時系列分析、ランク操作の疑惑リスト。全てを出し切った。


 視聴者カウンターは百五十万人に達していた。日本の配信史上でも屈指の同時接続数だ。コメントの速度は人間の目で追える限界をとうに超えている。


 だが——俺にはまだ言うべきことがあった。


「最後に——一つだけ伝えたいことがある」


 コメントの流速が、ほんの一瞬だけ緩やかになった。百五十万人が——耳を澄ませている。


 俺は深呼吸した。


「俺は——クロノスを潰したいんじゃない」


 静寂。コメントが——止まった。


「鷹取を叩き潰したいわけでも、影山を糾弾したいわけでもない。もちろん三島にやったことは許さない。だが——それは俺の個人的な感情だ。百五十万人の前で語るべきことじゃない」


 声のトーンを落とした。営業マン時代に学んだ技術だ。クロージングでは声を張らない。静かに、確信を込めて語る。相手の心に直接届く声で。


「俺がやりたいのは——ダンジョンの真実をみんなと一緒に知ることだ。鑑定スキルで見えたもの。記録回廊に残された情報。ダンジョンコアが伝えようとしていること」


 一拍、間を置いた。


「それを——隠さずに共有したい。誰かが独占していい情報じゃない。ダンジョンは——みんなのものだ」


 【マコト:……分かった。お前の言いたいこと、分かったよ】


 【ドクター:復讐じゃないんだな。真実の共有か】


 【名無し:泣けてきた】


 【シロ:柊さんらしい結論ですね】


 【名無し:一颯を支持する。ダンジョンの情報は公開されるべきだ】


 コメントの流れが変わった。怒りから——共感へ。探索者業界の不正への怒りはそのままに、しかしその先にある目的を理解してくれた人々がいる。


「配信を見てくれてありがとう。これからも——見える限り、伝え続ける」


 マイクのスイッチを切った。カチリという音が、指先に小さく響いた。


 配信画面が暗転する。視聴者カウンターの数字が静止した。百五十三万四千二百八十一人。その一人一人が、画面の向こうで何かを感じている。怒りかもしれない。共感かもしれない。失望かもしれない。だが少なくとも——無関心ではなかったはずだ。


 凛がキーボードを叩いた。配信のアーカイブを複数のサーバーに同時保存する作業だ。削除要請が来ても消せないように。


「アーカイブ、五拠点に分散保存完了。ハッシュ値も記録済みです」


 用意周到。凛らしい。


 俺は椅子の背もたれに体を預けた。全身から力が抜ける。プレゼン後の脱力感に似ていた。ただし営業のプレゼンは——失敗しても始末書で済む。今回は——そうはいかない。



  ◇



 配信終了から三分後だった。


 スマホが震えた。


 画面に表示された番号を見て——血の気が引いた。


 鷹取誠一郎。クロノス代表の直通番号。凛がクロノスの内部情報から抽出して登録していた番号だ。


 俺は電話に出た。


「柊くん」


 鷹取の声は——穏やかだった。常に穏やかだ。怒鳴ることも、声を荒げることもない。


 だがその穏やかさの底には——氷河のような冷たさがある。


「配信、見させてもらったよ。なかなかの演出だった。視聴者の心理を掴む技術は——さすが元営業マンだね」


 褒めているのではない。値踏みしている。


「それで、あの帳簿データだが」


 鷹取の声のトーンが、微かに——ほんの微かに変わった。穏やかさは保ったまま。だがその奥に、鋼の硬さが差した。


「あのUSBを持ち出した人間が誰か——僕はもう知っているよ」


 心臓が跳ねた。蒼真。蒼真の名前は出していない。出所も明かしていない。だが——昨夜のファミレスでの黒いセダン。あの時点で既に把握されていた。


「名前を聞きたいかい、柊くん。それとも——もう分かっているのかな」


 電話越しの沈黙が、部屋の温度を三度下げた。凛が俺の顔を見ている。画面に表示された通話相手の名前を読んで——唇を引き結んでいた。


「神代くんには——相応の対処をさせてもらう。裏切りには——代償があるんだよ。それは——君も、よく知っているはずだ」


 鷹取の声は最後まで穏やかだった。まるで天気の話でもするように。部下の処遇を告げる声と、明日の降水確率を語る声が同じトーンであること——それがこの男の本質だ。人間を数字としか見ていない。損益計算書の上の、一行の数字。


 通話が切れた。


 ツー、ツー、ツーという断続音が、スマホのスピーカーから流れている。無機質な電子音が、静まり返った部屋に響いた。


 スマホを握る手が——震えていた。怒りか。恐怖か。分からない。分かっているのは一つだけだ。


 蒼真が——危ない。


 昨夜、あのファミレスの駐車場で見た黒いセダン。助手席の男の無表情な顔。蒼真の行動は最初から監視されていた。USBを渡した時点で——いや、帳簿にアクセスした時点で、蒼真の裏切りはクロノスに把握されていたのだ。


 俺は蒼真の携帯に電話をかけた。


 呼び出し音が鳴る。一回。二回。三回。四回——応答なし。


 五回目で、自動音声に切り替わった。


「おかけになった電話番号は、現在おつなぎできません——」


 凛が俺の手からスマホを取り上げた。


「落ち着いてください、柊さん。今は——冷静になるべきです」


 凛の声は硬かったが、揺れてはいなかった。この状況を予測していたのかもしれない。


 俺はモニターの青白い光を見つめた。百五十万人に真実を届けた。その代償が——今、始まろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あれぇ、敵が無能すぎる(有能でも困るけど) 情報が流出してから報復してどうするよ。 周りを傷つけるのは情報を出させない為にやることで後からでは自分の首絞めるだけでは? 前回も思ったけどデータを持ち出す…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ