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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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裏切りの代償——神代蒼真の選択

 午前二時。窓の外は国道を走るトラックのヘッドライトだけが断続的に流れていく。店内にはカップルが一組と、参考書を広げた受験生らしき学生が一人。有線放送から流れる安っぽいJ-POPが、蛍光灯に照らされた店内を均質に埋めている。メニューの写真はどれも実物より三割増しに美味そうで、それは営業資料の数字を盛る手口と本質的に同じだった。


 営業マン時代、深夜のファミレスは商談の延長戦によく使った。ドリンクバーのコーヒーは薄いが、人目を避けるには最適だ。得意先の担当者と二人で膝を突き合わせ、表の会議では言えない本音を交わす場所。ただし——あの頃の商談相手は競合他社の営業部長であって、Aランク探索者ではなかったが。


 蒼真は既に奥のボックス席に座っていた。


 パーカーのフードを深く被り、サングラスをかけている。テレビや配信で顔が知られているAランク探索者としては当然の変装だが、この時間帯のファミレスでは逆に目立つ。百九十センチ近い大柄な体格を安っぽいパーカーで隠しきれるわけがない。そのあたりの不器用さが、この男らしいと言えばらしい。


「来たか」


 蒼真の声は低く、硬かった。テーブルの上にはブラックコーヒーが一杯。湯気は既に消えている。氷が溶けかけたアイスウォーターのグラスには水滴がびっしりと付いていた。かなり前から待っていたのだろう。俺は向かいの席に座り、メニューを手に取った。


「何か頼むか」


「いい。時間がない」


 蒼真の声には切迫感があった。周囲を確認する動作が細かい。入り口のドア、厨房からの出入り口、窓の外の駐車場。三方向を数秒おきにチェックしている。戦闘経験豊富な探索者の警戒パターンだ。


「三島の件——聞いた」


 蒼真が切り出した。サングラスの奥の目が、俺を真っ直ぐに射抜いている。


「ああ。左腕骨折で入院中だ。ギプスが取れるまで三ヶ月。医者は後遺症が残る可能性もあると言ってる」


「知ってる」


 蒼真の声が一段低くなった。


「チンピラ三人。元格闘家崩れ。金で雇われた連中だ。三島が帰宅する時間帯、ルート、全て事前に調べられていた。計画的な襲撃だ」


「それを——どうやって知った」


 蒼真はコーヒーカップを握り締めた。陶器が軋むような音がした。指の関節が白くなるほど力が込められている。


「俺が調べた。クロノスの裏金から——三島への襲撃費用が出ている。末端の実行犯への支払い記録。中間の仲介業者への手数料。全部、帳簿に残っていた」


 食器の音が遠くなった。有線放送のサビが間延びして聞こえる。蛍光灯の下で、蒼真の横顔に影が落ちている。テーブルの合成樹脂の表面に、二人分のコーヒーカップの輪染みが残っていた。


「……確かなのか」


「確かだ」


 蒼真はテーブルの下から——小さなUSBメモリを取り出した。黒い、親指の先ほどのドライブ。プラスチック製の、どこにでも売っている安物だ。こんな小さなものに、巨大企業の暗部が詰まっている。


「裏金帳簿。過去三年分。管理局への賄賂記録——影山局長への定期的な送金。ギルド協会の審査委員会への工作記録。探索者ランク査定の操作記録。免許審査への介入記録。全部入ってる」


 蒼真は一つ一つを指折り数えるように列挙した。声は低いが、淀みがない。長い間、このデータと向き合ってきたのだろう。


 俺はUSBを手に取った。プラスチックの表面がひんやりと冷たい。重さは数グラム——だがこれが世に出れば、クロノスの屋台骨が根元から折れる。


「なぜ俺に渡す」


 蒼真が沈黙した。三秒。五秒。ドリンクバーの製氷機が氷を吐き出す音が、やけに大きく響いた。厨房の奥で皿が重なる音。有線放送が次の曲に切り替わった。店員がカウンターの向こうで欠伸を噛み殺している。深夜のファミレスの日常が、俺たちの非日常を包んでいる。



  ◇



「俺は——Aランクだ」


 蒼真がようやく口を開いた。声のトーンが変わっていた。怒りでも悲しみでもない。もっと深い場所から絞り出すような、重い声。地の底から這い上がってくるような響きがあった。


「実力でのし上がった。コネも後ろ盾もなかった。ダンジョンで結果を出して、自分の腕一本でここまで来た。十年かかった。Eランクから始めて、Dを二年、Cを三年、Bを二年——Aに到達したのは二十七のときだ」


 蒼真の目がサングラスの奥で遠くを見ていた。過去を辿る目だ。


「クロノスに所属したのは——金と装備と情報のためだ。フリーのAランクは不利だ。高品質な装備の供給、深層の情報共有、チーム編成の優先権。クロノスに所属すれば、全てが手に入る。鷹取のやり方に全て賛同してたわけじゃない。だが——合理的だった。強い奴が上に立ち、弱い奴は退場する。それがダンジョンのルールだと思ってた」


 蒼真の指がテーブルの端を叩いた。規則正しいリズム。コツ、コツ、コツ。思考を整理する癖なのだろう。


「三島大輝。Bランクの若造だ。探索者としちゃ悪くないが——Aランクには遠い。俺に挑んできた時も、正直に言えば相手にならなかった。だが——あいつには筋がある。真っ直ぐだ。先輩のお前を慕って、自分の力で付いていこうとしてる。その姿勢は——悪くなかった」


 三島の顔が浮かんだ。病室のベッドで、左腕をギプスで固定されたまま、それでも「俺は大丈夫っす」と笑ってみせた顔。あの笑顔を思い出すたびに、腹の底が煮える。


「だが三島を潰すために——チンピラを雇うのは違う、と」


「当たり前だ」


 蒼真の声に初めて——怒りが滲んだ。抑制された、しかし灼けるような怒り。テーブルの上のコーヒーカップが微かに揺れた。Aランク探索者の身体制御が、感情の波に僅かに崩れた証拠だ。


「探索者は——ダンジョンの中で決着をつける。それが俺たちの流儀だ。強い奴が勝ち、弱い奴が負ける。それでいい。だが人間の世界で、金で暴力を買って——若い探索者の腕をへし折る。そんなのは——探索者のやることじゃない。虫以下だ」


 蒼真の言葉には、怒りよりも——失望が滲んでいた。自分が信じてきた組織が、自分の信条を踏みにじった。実力主義者にとって、実力以外の手段で人を排除することは——存在の否定に等しい。


 営業マン時代にも似たケースを見た。成績トップの営業が、後輩の顧客リストを裏で横取りしていた。数字を出せる人間が、なぜ汚い手を使うのか。答えは単純だ——実力への自信がないからだ。本当に強い人間は、正々堂々と勝負する。蒼真はそれを身をもって感じたのだろう。


「鷹取は——変わった。いや、最初からこうだったのかもしれない。俺が見たくなかっただけだ」


 蒼真の声が静かになった。告白するような響き。


「三島への襲撃は——引き金に過ぎない。帳簿を調べ始めたら、次から次へと出てきた。管理局への継続的な賄賂。ギルド協会への工作。探索者ランクの不正操作。Cランクに据え置かれている探索者が——実はBランク相当の実力を持っているケースが、少なくとも十二件あった」


 十二件。十二人の探索者が、クロノスの利益のためにランクを抑えられていた。俺もその一人だったのだろうか。鑑定スキルの評価が異常に低く設定されていた理由——偶然ではなかったのかもしれない。


「条件がある」蒼真が言った。サングラスの奥の目が光った。「俺の名前は出すな。USBの出所も言うな。これは——匿名の内部告発だ」


「分かった」


「もう一つ。このデータを使って何をするかは、お前が決めろ。俺は——渡すだけだ。使い方まで指図する気はない。お前のやり方でやれ」


 蒼真は残りのコーヒーを一気に飲み干した。冷めきったブラックコーヒー。あの苦さは——選択の味だ。後戻りできない道を選んだ人間だけが知る、苦くて澄んだ味。



  ◇



 蒼真が席を立った。


 会計を済ませ、自動ドアに向かう。深夜のファミレスの出口は、昼間とは違う空気が漂っている。客の視線がないぶん——別れ際の言葉が重くなる。


 自動ドアが開いた。三月の深夜の冷気が吹き込んでくる。昼間の春の気配が嘘のように、夜はまだ冬の名残を引きずっていた。蒼真のパーカーのフードが風に揺れた。


「神代」


 蒼真が振り向いた。


「……なんだ」


「ありがとう」


 蒼真は数秒、俺を見た。それからサングラスを外した。素顔の目が——まっすぐに俺を捉えた。戦場で対峙する時とは違う目。だが同じくらい真剣な目。


「柊。お前の鑑定——最初はハズレスキルだと思ってた。Cランクが鑑定一本でダンジョンに潜る。正気じゃないと思った。俺の部下にも笑ってる奴がいた。俺も——笑ってた」


「よく言われる。慣れてる」


「だが——お前はそのハズレスキルで、誰にも見えないものを見てきた。ダンジョンの構造を読み、記録回廊を解き、30層のノードと対話した。Aランクの俺が力任せに突破してきた階層を、お前は読み解いて進んだ。俺にはできないことだ」


 蒼真の声には——ほんの僅かだが、敬意が混じっていた。不器用な男の、不器用な承認。言葉にするのが苦手な人間が、精一杯の誠意で搾り出した言葉。


「Aランクの俺が見えなかったものを——お前のハズレスキルは、最初から見ていたのかもしれない。だから——」


 蒼真は言葉を切った。少し迷うように視線を逸らし——それから、もう一度俺を見た。


「——負けるなよ。鷹取は、お前が思ってるより遥かに手強い」


 蒼真はサングラスをかけ直し、背を向けた。自動ドアを出て、駐車場に向かう。冷たい夜風が蒼真の背中を包んだ。大きな背中だった。Aランクの称号に相応しい、鍛え上げられた背中。その背中が——今は少しだけ丸まって見えた。重荷を降ろした安堵か。それとも、これから背負う覚悟の重さか。


 俺はポケットの中のUSBを握りしめた。小さくて、軽くて——だが途方もなく重い。



  ◇



 蒼真の背中を見送りながら、俺は会計を済ませてファミレスを出た。


 深夜の駐車場。街灯が二本、黄色い光の円をアスファルトに落としている。コンビニの看板が遠くで青白く光っていた。蒼真は既に自分の車に向かって歩いていた。足取りは速い。この場所に長くいるつもりはないのだろう。


 そのとき——駐車場の奥で、ヘッドライトが点いた。


 黒いセダン。高級車だ。ナンバープレートが街灯の光を反射して——読み取れない。わざと泥を塗ってある。合法と違法の境界線上に立つ車両。営業マン時代に覚えた嗅覚が、危険を告げている。


 ヘッドライトの光が蒼真の背中を照らした。蒼真が足を止めた。振り向かない。だが——歩みが止まった。肩が僅かに強張るのが、遠目にも分かった。


 助手席のウインドウが静かに下がった。


 車内の闇の中に——顔が見えた。


 クロノス運営部の幹部だ。28層での作戦会議で、蒼真の隣に座っていた男。名前は知らない。だが鑑定眼鏡を通して一度だけ見た、あの冷たい目は忘れない。数値の向こう側に人間を見ない目。売上報告書の数字しか見ない上司と同じ種類の目。


 男は蒼真を見上げた。表情は——無い。感情を完全に排した、事務的な視線。上司が部下の裏切りを確認する目。処分を決定した後の、手続き的な確認の目。


 蒼真は動かなかった。


 駐車場の冷えた空気が、二人の間に張り詰めている。トラックの走行音が国道の向こうで途切れ、一瞬の静寂が訪れた。蒼真のパーカーのフードが風に揺れた。


 俺はファミレスの軒先で立ち尽くした。ポケットの中のUSBが——指先に食い込むほど強く握りしめられている。


 蒼真の行動は——最初から監視されていた。


 このファミレスに来たことも。俺と会ったことも。USBを渡したことも。


 全て——筒抜けだった。


 黒いセダンのエンジン音が、深夜の駐車場に低く響いた。助手席の男が何かを呟いた。聞き取れない距離。だがその口の動きが——蒼真の名前を形作ったように見えた。


 蒼真は——一歩も退かなかった。


 その背中を見つめながら、俺は理解した。蒼真はこうなることを——分かっていたのかもしれない。覚悟の上で、あのUSBを渡したのだ。


 裏切りの代償は——もう始まっている。

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