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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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特別管理探索者——黄金の檻



通知書を凛のマンションに持ち込んだのは、届いてから三十分後だった。

 凛はすでにモニターの前にいた。連絡する前から——来ることを予測していたのだろう。デスクの上には赤ペンと付箋が準備されていた。

「見せてください」

 俺は封筒から通知書を取り出し、凛に渡した。凛は無言で読み始めた。赤ペンで線を引き、付箋を貼っていく。一枚、二枚、三枚——通知書が付箋だらけになっていく。書類の圧迫感。営業マン時代に契約書のリーガルチェックを法務部に回した時のことを思い出した。あの時も——書類は付箋で膨れ上がって返ってきた。問題点が多すぎて。

「一颯さん。これは——精巧な罠です」

 凛の声が硬かった。


┌──────────────────────────────────┐

│ <特別管理探索者制度・概要> │

│ 指定対象:高ランクまたは特殊スキル保有者 │

│ 表向きの目的:探索者の安全確保と支援 │

│ │

│ 付帯義務: │

│  1. 月次行動報告書の提出 │

│  2. 配信コンテンツの事前審査 │

│  3. 鑑定データの管理局への提出義務 │

│  4. 探索計画の事前申請と承認 │

│  5. 管理局指定の連絡端末の常時携帯 │

│ │

│ 特典: │

│  ・専用装備の貸与 │

│  ・管理局施設の優先利用 │

│  ・探索者保険の自動加入 │

│  ・免許停止処分の即時解除 │

└──────────────────────────────────┘


「最後の項目を見てください」凛が赤ペンで丸をつけた。「免許停止処分の即時解除。昨日の免許停止と、今日のこの通知——セットです。飴と鞭を同時に出している」

「免許を止めておいて、解除の条件として管理下に入れ——ということか」

「はい。しかも付帯義務の内容が問題です。配信コンテンツの事前審査——つまり配信内容を管理局がチェックして、都合の悪い情報は止められる。鑑定データの提出義務——一颯さんがダンジョンから読み取った全情報を管理局に渡すことになります。そして管理局指定の連絡端末の常時携帯——これは事実上の行動追跡です」

 黄金の檻——という言葉が浮かんだ。表面は華やかで、待遇は良い。だが中に入れば自由を失う。営業マン時代にも見た手口だ。好条件のオファーで引き抜いておいて、競業禁止条項で縛る。取引先を「パートナー」と呼びながら、排他的契約で選択肢を奪う。形を変えた支配だ。

「凛、一つ確認してくれ。この制度——いつ作られた」

 凛の指がキーボードの上を走った。アイリスが管理局の公開データベースを検索する。

「……制度自体は三年前に設立されています。ただし——」凛の声が低くなった。「適用基準が二週間前に改訂されています。改訂前の基準では、特別管理探索者の指定にはAランク以上の等級が必要でした。改訂後は——『特殊スキル保有者で、管理局が必要と認めた者』。Cランクでも指定可能になっています」

「二週間前——30層に到達する前だな」

「はい。つまりこの改訂は——一颯さんを指定するために行われた。この制度は三年前からありましたが、今の形は一颯さん一人のために作り変えられたものです」

 鑑定眼鏡のレンズが——微かに反応した。俺は通知書に鑑定を向けた。


┌──────────────────────────────────┐

│ <鑑定結果> │

│ 文書名:特別管理探索者指定通知書 │

│ 起案者:影山(ダンジョン管理局局長) │

│ 起案日:構造更新発生の翌日 │

│ 承認者:影山(局長決裁・単独承認) │

│ 通常の承認フロー:部長会議→局長決裁 │

│ 本件の承認フロー:局長決裁のみ(省略) │

│ 備考:適用基準改訂も同日に局長権限で実施 │

│  制度設計の外部レビューなし │

└──────────────────────────────────┘


 やはり——影山の独断だ。通常なら部長会議を経るはずの案件を、局長決裁だけで通している。急造の制度。一人のために作られた檻。

「鑑定で確認できた。この制度は影山が単独で急造したものだ。通常の承認フローを省略している」

 凛が目を見開いた。

「それは——制度自体の正当性を問える材料になります」

「ああ。だが今は——カードを切るタイミングじゃない。影山に直接会って、どこまで本気か確認する」


  ◇


 管理局の建物は、霞が関の官庁街から少し外れた場所にあった。十二階建ての灰色のビル。外壁には管理局の紋章——盾と剣のエンブレムが掲げられている。

 六階の局長室に通された。

 部屋に入った瞬間——嗅覚が反応した。高級革張りソファの匂い。新しい革ではない。使い込まれた、しっとりとした革の匂い。そして——高級茶の香り。玉露だろうか。来客用に淹れられた茶が、テーブルの上で湯気を立てていた。

 影山は椅子から立ち上がり、穏やかな笑顔で俺を迎えた。

「柊くん。よく来てくれた。まず——免許停止の件は申し訳なく思っている」

 その声は柔らかかった。温かささえ感じる。だが俺は営業マン時代、こういう声を何度も聞いた。契約を切る直前のクライアントが見せる笑顔と同じだ。優しさは——武器になる。

「特別管理探索者の指定通知をいただきました。詳細を伺いたいと思いまして」

「もちろん。座ってくれ」

 革張りソファに腰を下ろした。背中に革の冷たさが伝わる。影山は向かいのソファに座り、茶を一口含んだ。

「率直に言おう。柊くんの能力は——規格外だ。鑑定スキルでダンジョンの構造コードを読み取る。前例がない。そんな人材を野放しにしておくわけにはいかない——と言うと語弊があるが、適切な保護と支援が必要だと考えている」

「保護と支援」

「そうだ。特別管理探索者に指定されれば、免許停止は即時解除される。専用装備も貸与する。管理局の全面的なバックアップの下で、安全に第二階梯の探索ができる。悪い話ではないと思うが」

 鑑定眼鏡のレンズが——また反応した。俺は影山の表情を鑑定した。


┌──────────────────────────────────┐

│ <鑑定結果> │

│ 対象:影山(ダンジョン管理局局長) │

│ 表情分析:微笑(左口角0.8mm高い=作為的) │

│ 瞳孔:やや拡大(興奮または緊張) │

│ 手指:右手中指が微かにテーブルを叩く │

│  (無意識のタッピング=焦り) │

│ 心拍推定:通常より12%上昇 │

│ 総合判定:表面的な友好の裏に強い目的意識 │

│  この人物は柊一颯を必要としている │

│  ただし対等な関係を望んでいない │

└──────────────────────────────────┘


 影山は俺を「必要としている」——だが「対等な関係を望んでいない」。つまり管理下に置きたい。道具として使いたい。プロジェクト・アポストルのために。

「影山局長。一つ質問があります」

「何でも聞いてくれ」

「この制度の適用基準が二週間前に改訂されています。それ以前は——Aランク以上が条件でした。改訂後はCランクでも指定可能になった。この改訂は——私のために行われたものですか」

 影山の右手中指のタッピングが——一瞬止まった。

「……制度の運用を柔軟にするための改訂だ。特定の個人を想定したものではない」

 嘘だ。鑑定がそう告げている。だが——ここで追及するのは得策ではない。営業の鉄則。相手の嘘を見抜いても、その場で指摘するな。カードは——最も効果的なタイミングで切れ。

「回答を保留させてください。内容を精査する時間をいただきたい」

「もちろん。ただし——あまり長くは待てない。免許停止中は探索ができない。時間は柊くんの味方ではない」

 脅しだ。柔らかい声で、穏やかな表情で——脅している。免許停止を解除してほしければ、この檻に入れ。時間をかければかけるほど不利になる。

「一週間。一週間で回答します」

「……いいだろう」

 影山が立ち上がった。俺も立ち上がった。握手を交わした。影山の手は——乾いていて、冷たかった。


  ◇


 局長室を出て、エレベーターホールに向かった。

 廊下を歩いていると——後ろから足音が近づいた。ヒールの音。

「柊さん」

 朝霧千歳の声だった。調査課主任の制服姿。書類を抱えている。すれ違いざまに——ほんの一瞬、俺の隣に並んだ。

 エレベーターの到着音がチン、と鳴った。扉が開く。

 千歳が書類を落とした。——わざとだ。俺が拾うのを手伝う。しゃがんだ瞬間、千歳の唇が俺の耳元に近づいた。

「鑑定データを渡さないで。影山の本当の目的は——鑑定スキルの再現です。プロジェクト・アポストルの核心です」

 囁き声。エレベーターの機械音にかき消されるほどの小さな声。

 書類を拾い上げた。千歳に渡した。目が合った。千歳の瞳に——覚悟の色が見えた。この情報を漏らすことがどれほどのリスクか——彼女は分かっている。それでも伝えた。

「ありがとうございます」千歳は公式的な笑顔を浮かべた。まるで何もなかったかのように。

 エレベーターに乗った。扉が閉まった。

 鑑定スキルの再現。それが影山の目的。だから鑑定データの提出義務を課そうとしている。俺の鑑定がどのように機能しているか——そのメカニズムを解析するために。そしてそれを人為的に再現できれば——ダンジョンコアの制御が可能になる。

 プロジェクト・アポストル。アポストル——使徒。ダンジョンの意志を読み取る使徒を、人工的に作り出す計画。

 エレベーターが一階に着いた。扉が開いた。


  ◇


 管理局の正面玄関を出た。

 秋風が頬を撫でた。十月の東京。空は高く、乾いた風が吹いている。管理局のビルの灰色の壁面を、午後の陽光が照らしていた。

 深呼吸した。革張りソファと高級茶の残り香が、秋風に洗い流されていく。

 スマホが振動した。

 画面を見た。桐生恭子——あのジャーナリスト。28層の救出劇の後、取材を受けた相手だ。


『柊さん。クロノスと管理局の関係について、面白い資料を手に入れました。会えますか?』


 資料。クロノスと管理局の関係。鷹取と影山の繋がりを裏付ける何かか。

 俺はスマホを握り締めた。秋風が首筋を冷やす。管理局のビルを振り返った。六階の窓——局長室の窓が、午後の光を反射して光っていた。あの窓の向こうで、影山が俺の回答を待っている。

 免許停止という鞭。特別管理探索者という檻。そして今——桐生恭子という新しいカードが手元に来た。

 営業マンの本能が告げていた。交渉は——情報量で決まる。相手より多くの情報を持つ者が、テーブルを支配する。

 返信を打った。


『会いましょう。場所と時間を指定してください』


 送信ボタンを押した。スマホの振動が指先に残った。

 俺は歩き出した。秋風を背に受けて。管理局の灰色のビルが——背後で小さくなっていく。

 檻には入らない。だが——正面から壊すこともしない。鍵を見つける。この檻の設計図を読み解いて——鍵のありかを、鑑定で見抜く。

 それが俺のやり方だ。



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