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Final.それでも、地球は回っとる


 完全だったはずの直線が歪み、揺らぎを許さなかった平面に、微かな波が走る。

 宇宙検閲官という“合理性”は、音もなく崩壊していった。


「……終わったんやな」


 ワイは、息を吐いた。


『……課長』


 刀の中から、ミクちゃんの声。


『……戻りましょうか』


「……ああ」


 短い返事。

 けれど、そこにある安堵は隠せていなそうだった。


 ワイは、笑みが溢れた。


「はは、勝ったんやな、ワイら」


 その瞬間、視界がほどけた。


 ◇


 気がつけば、会社の調理室やった。


 見慣れた床、蛍光灯。

 そして、見慣れた顔。

 だが、その“当たり前”が、今はやけに眩しかった。


「……戻ってきたで」


 そこには――


「……無事でよかった」


 アイカ。


「本当に……ご無事で何よりですわ」


 矢名井さん。


 そして――


「……で、これ本当に商品化するのか?」


 もちろん、鈴香部長もおった。

 完成した“ぐるぐるスプラッシュパフェ”を見つめているようだ。


「「しません!!」」


 全員の声が、綺麗に重なる。


 その、どうでもいいやり取り。

 それが、どうしようもなく愛おしかった。


 その瞬間――


 世界が、“鳴った”。


 音ではない。

 振動でもない。


 もっと抽象的で、もっと確かな何か。


 これは――祝福。


 無数の存在が、無数の視線が――この結果を、肯定している。


「……なんや、これ」


「これは、宇宙からの承認だ」


 アイカが答える。


「非合理が、合理に勝った結果ですわ」


 矢名井さんが続ける。


 ワイは、しばらく黙っていた。


 そして――


「……なんか、照れるな」


 頭を掻いた。


「ワイ、そんな大したことしてへんで。

 てか、守った実感なんかいらんねん。

 実際に守れとるなら、それでええ」


 アイカが、一歩前に出る。


「それでも、お前は成した」


 短く、だが重い言葉。


「宇宙検閲官は消滅しましたわ」


 矢名井さんが続く。


「「よって、この宇宙は“再定義”される」」


 二人の身体が淡く光り、その存在が変わっていく。


「お、おい。アイカと矢名井さん、なんか神々しくなっとるで……?」


「我々が、検閲官の後継者となる」


「……でも、もう“削除”はしませんわ」


 矢名井さんが微笑む。


「見守るだけですわ。宇宙の行く末を……」


「我は学んだ。合理だけでは、世界は成立しない」


「不確実だからこそ、生物は選ぶ意味を持つのですわ」

 

「……ええやん」


 ただ、それだけを言った。


 ◇


 真夏にしては風の涼しい夜。


 ワイは忘れ物を取りに会社に戻ってきた。


「たぶん……、事務所に忘れたんやな。ワイのスマホ」


 ――ガタガタッ!


 事務所の扉を開けようとすると、中から物音が聞こえてきた。


「ど……泥棒か……?」

 

 ワイが恐る恐る事務所の中を覗くと……、そこには四人組がおった。


「……ん?

 あのシルエットって……、もしや……」


 ミクちゃん。

 カコ。

 矢名井さん。

 アイカ。


「あいつら、こんな時間に何やって――」


 扉に手をかけると、中から会話が聞こえてきた。


「……やっぱり、おじさんのこと……ヤるしかないんスか」


「……ええ」


 矢名井さんが答える。


「課長のためにも……、ヤるのは仕方のない事ですわ。

 楽にして差し上げましょう」


 ……な、なんや?

 ワイ、殺られるんか……!?


 背中に、嫌な汗が流れる。

 さっきまでの“宇宙規模の戦い”より、よっぽど現実味があった。


 そして、ミクちゃんの声も聞こえてきた。


「カコ……、気持ちは分かりますが、一地球人が知り得た情報としては、あまりにも重過ぎます。

 ヤるしか……ないです。記憶の削除を……」


 記憶……、そうか、確かにこの地球上でこんなこと知っとるの、ワイだけやろしな……。


「ミクは何も分かってないッス!

 ウチ、おじさんのこと……!」


 カコの声は、泣いとるように聞こえた。


「私も、カコに負けないくらい課長のことは大好きです……!

 だから、課長と過ごした日々を消してしまうのは……、本当に辛い。

 でも、だからこそ……」


 ミクちゃんも、泣いとる。


「おじさんがウチらの事を忘れちゃうなんて、絶対に嫌っ ッス……!」


「カコ、分かってください。

 記憶は人を豊かにしますが、時には重さにもなるんです……」


「でも……!」


 カコは声を荒げる。


「それ、前にやって失敗したじゃないッスか……!」


 全員の視線が、アイカに向く。

 アイカは、目を伏せた。


「……あの時、私は判断を誤った……」


 静かに言う。


「確かにあれは、アイカの独断でしたが……、同じ立場の者として、理解はできますわ」


 矢名井さんはアイカを庇うように言った。


「……」


 沈黙の後、ミクちゃんが提案する。


「今回は、課長に“選択”してもらうのは、どうでしょう……?」


「委ねる……という事ですわね?」


 矢名井さんが続ける。


「確かに、ミクさんが言う通り、この記憶は、あまりにも重いですわ。

 一人の地球人が背負うには……あまりにも。

 でも、記憶がなくても、想いは消えませんわ。

 安心してください、カコさん」


 カコは、歯を食いしばっているようだ。


「……分かったッス。

 おじさんに、決めてもらうッス」


 その一言で、全てが決まった。


「宇宙のヒーローよ。

 そこにおるのだろう?」


 アイカの声は、突然ワイに向けて発せられた。


 ――ガチャ。


「なんや、バレとるんか。

 さすが、次世代の検閲官様やな」


「さすがおじさん、スケベッスね」

 

「……すまん、盗み聞きするつもりはなかったんや」


 ワイは、まっすぐに答える。


「……記憶消されるん初めてやないから、あんまし抵抗ないで。

 てか、ワイも薄々思っとったんや。

 こんな経験、ワイには過ぎたもんやってな。

 そもそも、ワイは大した人間やないし」


 みんなは返す言葉に困っとるようやった。


「……けどな!

 消すんやったら、ちゃんと消すんやで?

 ワイの記憶力は頑固やからな……!」


「なんスかその油汚れみたいな言い方……」


 ワイは、ゆっくりと息を吐く。

 順番にみんなの目を見る。


 ミクちゃん。

 カコ。

 矢名井さん。

 アイカ。


「……なあ」


 ぽつりと呟く。


「ワイ、これ覚えとったら、どうなるんや?」


 誰も、すぐには答えられない。


 ミクちゃんが、やがて口を開く。


「……きっと、苦しみます」


「せやろな。

 ワイ、そんなメンタル強ないし」


 一拍。


「……ほな」


 顔を上げる。


「消してくれや」


「……っ」


 カコが息を呑む。


「いいんスか……?」


「ええで」


 あっさりと言う。


「だってな、ワイ元々何も持ってへん人間やし」


「そんなこと――」


 ミクちゃんが言いかける。

 だが、ワイは首を振る。


「いや、ほんまやで」


 静かに続ける。


「でもな」


 少しだけ、優しい声になる。


「それでも、ええ人生やと思うで」


 ミクの目が揺れる。


「……課長」


「これも、その一部やろ?

 ただな……、もしまた何かあったら」


 ニヤリと笑う。


「また、ワイのこと呼んでくれや」


 ミクちゃんが、泣きながら笑う。


「……もちろん、続編が決まったら、呼びに行きます……!」


「ミクちゃん、最後までメタいやん」


 そして、光が優しくワイを包む。


「……ほなな。

 地球を、宇宙を、任せたで……」


 その一言を最後に。

 記憶は、静かに消えていった。


 ◇


 ◇


 ◇


 ――ピピピピッ、ピピピピッ♪


「……ん」


 いつもの朝。


「……だる」


 スマホを見る。

 休日出勤二日目。


「はぁ……」


 黒糖パンをかじり、テレビをつける。


『本日も厳しい暑さが――』


 何も変わらない。

 世界は、何も変わっていない。



 そして、嫌々会社に行く。


「……おはようございます、鈴香部長」


「あ! サビ残くん、ちょっとこっち来なさいよ!」


 いつものやり取り。

 いつもの日常。


 でも――


「……なんやろな」


 ふと、立ち止まる。

 理由は分からない。

 でも、少しだけ、胸の奥があったかい。


「……まあ、ええか」


 ◇


 地球は、今日も回っている。


 そう、何も起きていないように見える日常こそが、奇跡の連続なのだ。


 けれど確かに。


 誰かが守った結果として、この日常は続いている。


 そして、もしかするとあなたも、気づかないうちに宇宙を救っているのかもしれません。


 ――完――



 


「ねえ、ミク。おじさんの“幸福の総量”見えるッスか……?」


「……ええ、見えます」

 

「アレ、どういうことなんスか……?」


「……私にも、分からない。

 けれど、観測できない価値。それを地球では“幸福”と呼ぶのかもしれません」


「……ウチら、まだまだ地球について学ぶことが多そうッスね」


 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


 この物語は、「ブラック企業で働く、どこにでもいるおっさんが地球を救う」という、どう考えても無茶な発想から始まりました。

 正直に言うと、最初はここまでちゃんと“まとまる”話になるとは思っていませんでした。


 毎日働いて、理不尽に怒られて、ちょっとしたことで落ち込んで。

 でもその中で、ほんの少しだけ嬉しいことがあって、それを糧にまた頑張る。

 そんな“どうでもいいような日常”を、どうしても肯定したかったんです。


 宇宙検閲官という「完全な合理」を敵に据えたのも、そのためでした。

 合理的に考えれば、無駄な努力はしない方がいいし、失敗する可能性のある選択は避けた方がいい。

 具体的に言えば、ギャンブルなんてしない人生の方がいいです。

 でも、それだけではきっと、人は豊かに生きていけないと思います。


 遠回りしたり、間違えたり、どうしようもないことに一喜一憂したり。

 そういう非合理の積み重ねこそが、“生きている実感”なんじゃないかと思っています。


 主人公のザンテツは、特別な人間ではありません。

 むしろ、かなりダメな部類に入ると思います。

 ギャンブルにのめり込むし、すぐ調子に乗るし、余計なこともする。


 それでも、最後に彼が選んだのは「誰かのために戦うこと」と、「自分の意思でその栄光を手放すこと」でした。


 強さというのは、派手な力ではなくて、“ちゃんと選べること”なんじゃないかと、この作品を書きながら感じました。


 また、この物語には“幸福の総量”という考え方が出てきます。

 これは、ある意味ではとても残酷な考え方です。

 どこかで得をすれば、どこかで損をする。

 いいことがあれば、同じだけ悪いことも起きる。


 でも、それを前提にしたとしても、その中で何を選ぶか、どこに価値を見出すかは、きっと自由です。


 ザンテツは最後、すべてを忘れました。

 それでも、彼の中に何かが残っているように描きました。


 記憶は消えても、選択の積み重ねは消えない。

 そして、その結果としての“今”は、ちゃんと残っている。

 

 だからきっと、特別なことをしていなくても、誰にも気づかれなくても、あなたもどこかで誰かの世界を支えているのかもしれません。

 この物語が、そんな風に、あなたの日常を少しだけ肯定できるきっかけになれば、とても嬉しいです。


 改めて、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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