26-3(Side-Yanai).「井」の中の蛙
「……お前も来るか?」
アイカが開いたVOID亀裂は、静かに脈動している。
その向こうにあるのは――
「……地球へ接続していますのね」
「ああ。地球では度々ニュースになっていたな」
「ええ」
矢名井は頷いた。
迷う理由は、なかった。
「行きますわ。
けどその前に、地球の先輩として、アドバイスですわ」
「……なんだ?」
「その格好で彼らに近づいたら、間違いなく攻撃されますわね。
……私の、失敗談ですわ」
矢名井は変身せずにザンテツに会いに行って、ボコボコにされたのを思い出していた。
「そうか。
であらば、これでどうだ」
アイカが、自分の身体に手をかざす。
そして、銀色の身体が粒子のようにほどけた。
その粒子は再び集まり、輪郭が整い色が宿る。
現れたのは――
「……なるほど、アイカはそういうのが趣味なのですわね」
金髪ロングヘアに青い瞳が美しい、西洋の若い女性だ。
身長は矢名井と同程度だが、矢名井ほどムチムチではない。
無表情にも見える落ち着いた顔つきだが、その奥にわずかな決意が見える。
「随分と可愛らしい姿ですわね、アイカ」
「……地球の平均値を採用したまでだ」
「その割には、“整い過ぎ”ですけれど?」
「……うるさいぞ」
わずかに視線を逸らす。
その仕草に、ほんの僅かな“らしさ”が滲んでいた。
「まあ、よろしいですわ」
矢名井はクスッと笑う。
「では、行きましょうか」
「ああ」
二人は同時に、VOID亀裂へ踏み込んだ。
◇
――無音。
次の瞬間、視界が開ける。
「……っ」
そこは、宇宙空間だった。
眼下に広がる、青い惑星――地球。
「……美しいですわね。
大気のある惑星は他にいくらでもありますけど、ここまで神秘的に映る惑星は、他にありませんわ……」
思わず、言葉が漏れる。
「……」
アイカは、その美しさに言葉を失っていた。
「……アイカ?
どうしましたの?」
「いや、すまん。
何度も見ていたはずだが、近くで見ると、こんなにも……」
「ええ。ここから見る地球は、別格ですわね」
「……」
アイカは何も言わない。
ただ、同じ方向を見ていた。
「……大気圏、突入いたしますわよ」
「ああ」
次の瞬間、二人の身体が加速する。
重力に引かれ、地球へと急降下して行く。
摩擦熱。発光。
しかしそれらは、二人にとっては全く障害になってはいなかった。
「スーツ、燃え尽きちゃいますわね。
地球に着いたら、買い直さないとですわ。
今度は……、ミクさんみたいに、清楚なスーツにしましょうかね」
「……我にも、地球の服を教えてくれ」
「ええ、もちろんですわ。
地球には、“ショッピング”という、非合理な文化がございます。
でも、一日かけて歩いて選んで買ったものが、かけがえのない大切なものになるんですのよ」
「やはり……、不可解な惑星だな」
「でもそこが、地球の素晴らしさですわ」
普通に会話をしながらも、やがて雲を突き抜けた。
そして、都市が見え始める。
見慣れた街並みだ。
「……あそこが、矢名井たちの会社だな」
「そうですわ。
そろそろ減速いたしましょう」
二人は両手からエネルギーを逆噴射した。
軌道も細かく修正する。
そして――
ドンッ、と軽い衝撃。
会社の目の前の道路に、二人は着地した。
「到着ですわね」
「……ああ」
アイカは、周囲を見回す。
「……これが、地球か」
空気、音、匂い。
アイカがそれらを“直接”感じるのは、これが初めてだ。
「……こうやって現地に降り立つのは下っ端の時以来だから、情報量が多くて疲れるな」
「観測と体験の違いですわ。
この感覚、私もしばらく忘れてましたもの」
そして、矢名井の視線は自然と一つの窓へ向いた。
「……あの部屋に、お目当ての三人がおりますわ」
「ああ。建物の構造は、我も知っておる」
様々なデザートが生み出されてきた、あの調理室。
以前、アイカが手下に襲わせた、非合理の塊のような場所。
「……ふふ」
矢名井は、小さく笑った。
「何がおかしいのだ」
「いえ……、やはり私は、ここが好きなのだと」
「……そうか」
アイカは短く返す。
だが、その声は否定していなかった。
「ねぇ、アイカ」
「なんだ」
「これから、どうしますの?」
わざと聞く。
分かっている問いを。
アイカは、ほんの一瞬だけ考える素振りを見せ――
「……決まっている」
答えた。
「まずは、“謝罪”だ」
アイカの口から飛び出した、意外な言葉に驚いた。
そして、続ける。
「その後、検閲官を止める」
その言葉に、迷いはなかった。
「ええ、そうですわね。
今回は、“観測”では終わりませんわよ」
「ああ」
二人は、同時に歩き出す。
会社の入り口へ向かって。
◇
「……ここが」
アイカが、小さく呟いた。
「ええ。あなたが散々いじくり回した現場ですわ」
目の前にあるのは、ズタズタに破壊された調理室の扉。
その中から、あの三人の声が聞こえた。
「……行きますわよ」
「ああ」
アイカは扉を開ける。
「……あ?」
と、ザンテツが最初に気づいた。
「……誰や、お前ら」
ミクとカコも、こちらを見る。
当然だ。“私”は今、みんなの記憶から削除されている。
「……お久しぶりですわ」
そう言って、私は一歩前に出た。
その瞬間、空気がわずかに歪む。
「……久しぶりって、なんやねん」
ザンテツの顔が、強張る。
「……なんやったっけ、その顔……。
見たこと、あるような……」
ミクもカコも、眉をひそめる。
しかし、ザンテツがその記憶の糸を手繰り寄せた。
「お前……、矢名井か……?」
「おーっほっほ!
さすがは課長、大正解ですわ!」
その笑い方に、ミクとカコもピンときたようだ。
「あっ!
ごめんなさい、私……」
「矢名井さん、お久しぶりッス!」
「あなた達、毎朝五本の指でメンバーを数えるの、もうやってないんですの?」
「私たちの、その記憶すらも“ナニカ”に消されちゃったみたいで……」
ミクちゃんが説明をする。
そして――
「……おい」
ザンテツが、低く言う。
「説明、してもらおか。
あと、そっちのパツキンのねーちゃんは、完全に初対面やで?」
「えぇ、もちろんですわ。
この方は、アイカと言いますの」
アイカが一歩前に出る。
その瞬間、場の空気が変わった。
三人は“ナニカ”の気配を本能的に感じ取ったのだろう。
「お前、もしかして……」
ザンテツの疑念に、アイカは真正面から答える。
「そうだ。
我は、お前たちが“ナニカ”と呼んでいた存在だ」
「……やっぱりか」
ザンテツの顔が歪む。
ミクとカコは、言葉を失っていた。
「……ああ」
アイカは、淡々と続ける。
「我は、お前たちの記憶を削除した。
一ヶ月の時間も、消去した。
さらに――」
ほんの一瞬、間を置く。
「刺客を送り、お前たちを排除しようとした」
完全な沈黙。
次の瞬間――
「……ふざけんなや」
低い、怒気。
ザンテツの拳が、震えている。
「全部、お前のせいか」
「……そうだ。我の判断だ」
アイカは、逃げない。
「合理性を優先した結果だ」
「……ほな」
ザンテツは、一歩詰め寄る。
「今は、なんでここにおるんや?」
その問いに、アイカは俯いた。
「……謝罪のためだ」
その言葉に、全員が固まる。
「我は、誤った判断をした。
地球を守るために、地球の非合理を、排除しようとした」
「地球を守るためって……、どういう意味や?」
「お前たちも、宇宙検閲官殿がこの惑星を消しに来ることは知っておるだろう。
特に地球の天使よ」
「……ええ。その光景は、何度も見ています」
ミクは正直に答えた。
「実は我も、そこまでの制裁は望んでおらぬのだ。
できることなら、この惑星を残したい。
浅い考えではあったが、検閲官殿の削除対象に選ばれぬよう、合理性を整えた惑星に改竄してやろうとしたのだ」
「……」
ザンテツ達は黙って聞いている。
「……そして、我はこの惑星の非合理を排除するために、あらゆる手を打った。
……打ってしまった。
本当に……申し訳なかった」
アイカは頭を下げた。
無機質だった存在が、初めて見せる“人間の動き”。
ザンテツたちは、しばらく何も言わなかった。
やがて――
「……で?」
低く言う。
「謝って終わりなんか?」
「……いや」
アイカは顔を上げ、カコの方を見る。
「……悪魔よ」
「……な、なんスか?」
「能力の上書きを防いでいた制御は、解除する」
その瞬間、空気が変わる。
“制限”が外れた感覚。
「悪魔の力で、我が消してしまった人間を、元に戻してくれぬか」
カコは、一瞬固まる。
「……そんなこと、できるんスか……?」
「ああ。お前にしか、頼めぬ仕事だ」
「……じゃあ、やってみるッスよ」
あっさりと頷く。
そして、カコは手を掲げる。
その瞬間、空間が歪んだ。
“消されていたもの”が、戻る。
存在が、繋がる。
そして――
「――ちょっとサビ残くん!」
聞き慣れた声。
「なんで社外秘の資料放置してるのよ!」
「……へ?」
振り向く。
そこに立っていたのは――
「鈴香部長……?」
「何よその顔。
だらしなく気の抜けた顔して……」
腕を組み、いつもの調子で睨んでくる。
完全に、“いつも通り”だ。
「……あー……」
ザンテツは頭をかく。
「……なんか、安心するわ。
鈴香部長に怒られるん」
「な、なによ。気持ち悪いわね。
意味わかんないこと言ってないで、さっさと仕事しなさい!」
「はいはい……」
嫌そうに返事をしながらも、その声はどこか軽かった。
◇
「……これで、全て元通りにはしたはずだ」
アイカが呟く。
「記録も、存在も、接続も」
「……まあ、当然や」
ザンテツが、こちらを見る。
「で、話の続きや。
なんで急にワイらの前に姿を現したんや?」
アイカは、アゴを触って考える仕草をしている。
「我も、矢名井が見てきた地球の非合理とやらに興味を持ってな。
消えてしまうのは、大きな宇宙の損失になるという、彼女の考えに共感したのだ。
……だから、我らで宇宙検閲官を……叩く」
「……!?」
ザンテツは息を呑んだ。
「それって、ミクちゃんが『年末に現れる』って言ってた、アイツのことやな?」
「ああ、そうだ。
だが我らは、今年の年末が来る前に叩く。
不意打ちでな」
ミクが、静かに口を開く。
「つまり、“今回のループ”では、それで終わりにするってことですね……」
カコがニヤリと笑う。
「面白くなってきたッスね」
「……しゃあないな」
ザンテツが肩を回す。
「ただし――」
指を立てる。
「次、ワイらに何かしたら、ほんまに殴るからな」
「……了解した」
アイカは真面目に頷いた。
ザンテツ。
ミク。
カコ。
矢名井。
アイカ。
「次は、“検閲される側”やない。
ワイらが検閲官を裁く番や」
「そうッスね」
「宇宙検閲官の暴走を、ワイらの手で止める」
その言葉に、誰も迷いはなかった。
今、宇宙で最も非合理な五人が、同じ方向を見ていた。
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