17.再現できへん物をどう扱うんや……
――ピピピピッピピピピッ♪
「んー……」
ワイは半分寝たまま、アラームを止めた。
時刻は朝の六時。七月九日……日曜日。
「……今日も……覚えとるな」
昨日のこと。
ミクちゃんと会議室で話したこと。
“ナニカ”に向かって啖呵を切ったこと。
全部、ちゃんと残っとる。
「おはよーございまッス……」
横を見ると、カコがいつも通り布団でだらけとる。
……手にはポテチ。
「お前、もはやそれ朝食やろ」
「楽なんスよ〜。開けて食うだけッスから」
「人としての大事な何か、失っとるで」
「人じゃないッスから……」
互いに軽口を叩きながら、身体を起こす。
この“いつも通り”が、逆にありがたいんや。
「テレビつけるで」
「どぞッス」
リモコンを押す。
『――記録欠落現象について、SNS上では沈静化が進んでおり――』
「沈静化、ねぇ……」
ワイは眉をひそめた。
『専門家は「人間の適応能力の高さが――」』
「……これきっと、適応しとるんやなくて、“触れんようにしとる”だけちゃうんか」
ぽつりと呟く。
カコが首を傾げる。
「どういうことッスか?」
「話題にしたらアカン、みたいな空気や。
みんな分かっとるけど、あえて無視しとる感じ」
「へぇ〜。地球人って、やっぱ面白いッスよね」
「面白いで済ませるなよ」
テレビを消す。
なんやろな……。
記憶の削除は終わったんやが、それ自体、無かったことにしようとしとるんか……。
「……まあええ、会社行くか」
◇
会社に着くと、ミクちゃんはもう来とった。
「ザンテツ課長、おはようございます」
「おはよ。今日も早いんやな」
「はい。昨日の続き、気になってましたので」
即答や。
もう逃げる気はない顔やな。
「……ほな、実験開始や」
「はい」
◇
ミクちゃんと調理室に移った。
朝一番の静かな空間。
これからワイは、昨日の続きをやる。
「まず、確認やけど」
ボウルを手に取りながら言う。
「昨日ワイが作ったもんは、“非合理”なんやな?」
「はい。そうだと思います」
「で、それは再現できへん可能性が高い……と」
「ですね」
「ほな、試してみるか……」
ワイは一昨日と全く同じ材料を計量し始めた。
ミクちゃんは静かにワイの試作を見とる。
「……ほな、またレシピ通りにやってみるで」
ワイは、一昨日と同じレシピを取り出し、書いてある通りに作る。
分量、順番、温度。
全部、書いてある通り。
手は迷わん。
なぜなら、これを作った一昨日の記憶は残っとるからや。
「……できた」
一口食う。
「どうですか?」
「……うん。普通に美味いだけや」
ミクちゃんは目を細めた。
「……やっぱり」
「やっぱり、ってどゆことや?」
「私の勘では、“再現しようとした時点で、合理になる”んだと思います」
「……なるほどな」
「つまり、これはただのレシピなんです。
あの時の“非合理”は、ここにはない」
「ほな次や」
◇
「今度は適当や」
適当に材料を混ぜる。
思いつきで順番を変える。
「これでどうや」
混ぜて、焼いて、冷やして、食う。
「……アカン、むっちゃ不味いわ」
「……ですよね」
即答やった。
「非合理って、“適当”とは違うんですかね……」
「ほな何やねん」
ミクちゃんは少し考えてから、言った。
「……表現が難しいですが……、“正解なのに、理由がない”状態、ですかね」
「余計分からんわ」
頭をかく。
でも、なんとなく分かる気もする。
◇
三回目。
ワイはボウルの前で止まった。
「……あかんな」
「どうしました?」
「考えすぎとる」
理屈でやろうとしてる。
それがアカン気がする。
「……ワイ、昨日はどうやった?」
思い出す。
意味分からんと思いながも、流れるように手が動いとった。
「……ああ」
ふっと、手が動く。
「これや」
理由は分からん。
でも、今はこれが正しい気がする。
その瞬間――
ゾワッ。
背筋が凍る。
空気が歪む。
「……来ました」
ミクちゃんの声が低くなる。
敢えて、手は止めへん。
今止めたら、逃げることになる。
「……このままや」
混ぜる。
焼く。
頭では理解できてへん。
でも、身体が“続けろ”って言っとる。
そして――
「……っ」
急に、圧が来た。
重い。
空気が押し潰してくる。
「……昨日より、強い……です……!」
ミクちゃんが歯を食いしばる。
「……上等や」
ワイは笑った。
「……見とるんやろ? “ナニカ”」
誰もおらん空間に向かって言う。
「ほな、最後まで見とけや……!」
その瞬間――
圧が、さらに一段階上がる。
押し負けて、手が止まりそうになる。
「……アカン」
でも、あと一歩や。
完成する。
“あの状態”に届く。
その時――
ピリッ。
頭の奥にノイズが走る。
違う。これはただの違和感やない。
一瞬だけ――
“何かの意味”が流れ込んできた。
言葉にはならへん。
でも、“否定”だけがはっきり分かる。
「……っ!?」
ほんの一瞬、思考がズレた。
「……なんや?」
手が止まる。
その瞬間――
圧が、ふっと消えた。
身体が解放された気分や。
「……はぁっ……!」
空気が戻る。
肺が悲鳴を上げる。
ミクちゃんはワイの目を見る。
「今……、“ナニカ”が語りかけて、消えました……。
私にも意味は分かりませんでしたけど」
「……やっぱりか」
さっきまでの重さが嘘みたいに、何もなくなった。
ワイは、目の前のデザートを見る。
「……これやと」
一口食う。
「……中途半端やな」
美味いけど、昨日ほどやない。
「……なるほどな」
ワイはゆっくり息を吐いた。
「完成させたら、ホンマにアカンってことやな」
「はい……」
ミクちゃんの声は震えていた。
「明確に、“止めに来てました”」
「あぁ……、ワイも“止められた”感覚が残っとるで」
◇
ワイは壁にもたれかかった。
「はぁ……。再現できへんのかいな……」
「はい。でも……、“近づくこと”はできました」
「けど、完成直前で止められる……っちゅうわけやな」
「……はい」
整理する。
「つまりや、ワイら、監視されながら試作しとるんやな」
ワイは呆れたように笑った。
「……笑い事じゃないですよ。課長」
「分かっとる」
でも、笑わんとやっとられへん。
「……ほな、次の問題や」
ワイはミクちゃんを見る。
「どうやったら、“非合理”を“成立”させられるんや?」
ミクちゃんは、少しだけ考えて――
「……二つあります」
「……というと?」
「一つは、“観測されない状態”を作ること」
「なるほどな。
見られてない間に作っちまおうって魂胆やな。
でもそれやと、相手依存やな」
「……はい。分かっています。
そして、もう一つは……」
ミクちゃんは、まっすぐワイを見る。
「“観測されても成立させられるレベル”まで持っていくことです」
「……それは、そうやが……。
具体的にどないすればええねん」
思わず笑った。
「それ、めっちゃムズいやろ」
「はい。でも――」
静かに言う。
「課長なら、できる可能性があります」
「根拠は?」
「一昨日、できてたからです」
……確かに。
あの時は、完成しとった。
「……なるほどな」
ワイは天井を見る。
「ほな、やることは一つや」
視線を戻す。
「もっとヤバいもん作ればええんやな。
でも……、意識しちまうと、その時点でアカンってことやな」
「……はい」
ミクちゃんも頷いた。
その瞬間――
ゾワッ。
また、来た。
さっきより静かで、でも確実な“視線”。
「……ミクちゃんも感じるか?」
ワイは呟く。
「……はい」
「ほな、覚悟しぃや」
口角を上げる。
「次は、止められへんとこまで行ったるで……!」
その宣言を――
“ナニカ”は、確かに聞いていた。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら、 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品への応援をお願いいたします!(つまらなかった星一つで大丈夫です。)
どんどん投稿しますので、ブックマークも是非ご利用ください!
※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




