第三十三話:返した想い、縛る昨日
煌びやかな街の喧騒にも慣れ始めた三日目の昼。
雲が街を覆い、小雨が人々の裾を濡らしている。
その小雨の雫すら、宝石や硝子細工のように煌めいていた。
濡れた石畳に反射する灰色の空。
この美の都では、それすらも美しく彩る。
だが、その景色をサラは見ていない。
「もう殆ど見て回ったね」
サラの無邪気さも成りを潜めていた。
その足取りは少しだけ重い。
道の脇に並ぶのは、可愛らしい人形を売る店。
自分自身の姿と重なって見えたのかもしれない。
「人形、か…」
小さく呟いたその声は、小雨の雫に飲まれて消えていく。
ファルは、歩みを止めずに、サラの横顔を静かに見下ろした。
「俺は人形には興味がないから、見るものはないな」
突き放すような、けれどひどく優しい声。
少しうつむきながら歩くサラの顔は、その一言で前を向いた。
「なら、早くいこ」
少しだけ足取りが軽くなったサラの視界の先、教会の建物を思わせる、酷く荘厳な建物が現れた。
ただ違うのは、教会の意匠を感じさせない色。
それは、サラがよく知る色でもあった。
「ここって…」
「ルヴィエラのもう一つの顔だ」
白亜の建物ではあるのだが、黒と金を基調にあしらわれた装飾。
それが何を意味するのか。
サラの頬を冷たい小雨の雫が撫でた。
周りは賑やかだが、人の出入りは決して多くはない。
しかし、立ち入り制限のようなものはなく、疎らに人が出入りしていた。
「ルヴィエラは教会に属さず、国に属さない。だからこそ――」
サラは、ファルが踏み出そうとしたファルの袖を掴む。
その目には、はっきりとした怯えが写し出されていた。
ファルを縛り付けるように掴まれた袖口から、サラの指先の微かな震えが伝わってくる。
黒と金の意匠――。
ファルの姿を彷彿とさせるその装飾が意味するもの。
そんなものは、一つだけだ。
サラも知っている場所。
歴史の保管を担う場所。
『灰刻の保管庫』
「私、行きたくない…」
「サラが知りたいことを、知ることができても…か?」
教会の教えを無視し、歴史を保管している場所だ。
それは、真実も嘘も、『全てが真実』としてそこにある。
サラは、掴んだファルの袖を子どものようにか弱く引き寄せる。
「知りたいよ…でも、変わってしまいそうで、怖い…」
ファルは、裾を掴んだサラの手を握る。
「そうか…なら、やめよう」
サラは、ファルの予想外の答えに驚きながらも、小さく首を縦に振る。
サラの視線は、どこを彷徨っているのか。
ファルの顔を見ることができないでいる。
「ごめん、ファル。…ごめん」
「雨も止みそうにないし、今日は宿に戻ろう」
サラはファルの袖を掴んだまま歩く。
袖から覗く手には、まだ消えない傷が存在を主張する。
雨に濡れた鉄線の花が、灰色の空を移していた。




