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虚飾の歴史に、夢は解けて。――二人の罪人は再演の旅を  作者: はる
【第一章】二人の罪人

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第三話:世界が終わるとしても、君を

深い眠りの中で、サラは自分のものではない「誰か」の記憶を夢に見ます。

 眩い陽光と、愛おしげな声。

 目覚めた彼女を待っていたのは、過酷な現実と、容赦ない王国の追っ手。

 絶体絶命の瞬間、ファルが口にした言葉が、失われた夢の断片と鮮烈に重なり合います。

深い疲労と共に、意識が暗い泥濘へと沈んでいく。


 すべてを失った絶望と、冷えきって固まった心を解すようなスープの熱、そして隣にある不可解な安らぎ。

 それらが混ざり合い、サラの意識を彼女が知らない「深い眠り」へと誘っていった。


 ――気づけば、眩しいほどの陽光の中にいた。

 冷たい遺跡ではなく、白い石造りの露台。

 風に乗って、名も知らぬ花々の甘い香りが鼻先をくすぐる。


(ねえ、陛下。もし明日、世界が終わるとしたら、どうなさいますか?)


 自分が誰かに、そんな問いを投げかけている。


 向かい側に座る青年は、陽光に透けるような豪奢な法衣を纏っていた。

 顔は霞んでいてよく見えない。けれど、彼が困ったように、けれどこの上なく愛おしそうに目を細めたことだけは分かった。


(……たとえ世界がどうなろうと。それでも、俺は君を必ず守る)


 穏やかな笑い声。

 

 胸が締め付けられるほどの充足感。


 ずっとこの時間が続けばいい

 ――そう願った瞬間、視界が硝子がわれるような硬質な音を立てて割れた。


「…………っ」


 目を開けると、そこは冷たい石の匂いが漂う遺跡の中だった。

 差し込む朝の光は夢のように優しくはなく、昨日起きた凄惨な裏切りを冷酷に照らし出している。


「……何の、夢……?」


 サラは自分の頬を伝う熱いものに触れ、愕然とした。

 あんなに幸せで、あんなに切ない感覚。

 けれど、意識が覚醒するにつれて、その内容は砂が指の間をこぼれ落ちるように不鮮明になっていく。


 「陛下」――そう呼んだはずの唇の感触だけが、非現実的な熱を持って残っていた。


「目が覚めましたか」


 静かな声に、サラの肩が跳ねる。

 少し離れた場所に、ファルが立っていた。昨夜の焚き火も、敷物も、あの懐かしい味のスープも、跡形もなく消え去っている。

 ただ、古びた遺跡の静寂だけがそこにあった。


「……今、誰かと話、してた?」


「いいえ。私はただ、貴女が起きるのを待っていただけです」


 その返事を聞いた瞬間、サラの喉の奥に得体の知れない違和感がせり上がった。


 夢の内容は、目覚めと共に霧の彼方へ消えかけている。

 誰と何を話していたのか、細かな記憶はもう手の中からこぼれ落ちていた。


それなのに――目の前の男の、慇懃なまでに丁寧な物腰を聞くたび、心臓が「正しくない」と警鐘を鳴らす。

 もっと別の、自分を強く翻弄するような、熱を帯びた響きが耳の底にこびりついている。


「あなた、本当は……」


 無意識に口をついて出た言葉に、ファルは小首を傾げた。

 その表情には、偽りも隠し事も感じられない。

 ただ、純粋に「何の事か分からない」といった様子で、不思議そうに彼女を見つめ返している。


「本当は……?」


「……いえ、なんでもない。変な夢を見たせいね」


 彼が「心当たりが欠片もなさそうに」振る舞うせいで、サラはそれ以上何も言えなくなった。

 自分の感覚の方が狂っているのだと、無理やり自分を納得させるしかない。

 

 ファルはそれ以上追及することなく、淡々とした手つきで足元に置かれた包みを指し示した。


「身支度が済んだら出発しましょう。追っ手は、私たちの想像よりも早く動いているようですから」


 森の空気は冷たく、湿っていた。

 サラは用意された服に身を包み、ファルの隣をを無言で歩く。

 ファルが歩調をサラに合わせているのに気付いたが、自然過ぎて感謝を述べる事が変に思えた。


 歩きながら、魔術師としての冷静さを取り戻そうと、彼女は周囲に警戒網を広げようとした。

 しかし、精神的な疲弊からか、構築しようとする術式が指先で霧散してしまう。


 昨夜、目の前で世界の理を無視して見せたファルの力の残像が、信じていたものを見失った彼女のこれまでの知識を、雑音のように乱しているのだ。


(苦しい、辛い……。なのに、どうしてこんなに温かいの……)


 夢の中で感じた陽だまりのような熱が、昨夜のスープの熱と重なり、サラを混乱させる。

 だが、その思索は、背筋を凍らせるような鋭い殺気によって断ち切られた。


「――そこまでだ、反逆者サラ」


 森の出口、一瞬にして周囲の木々から影が降り立った。

 白銀の軽装鎧を纏い、顔を仮面で覆った一団。アステリア王国直属の追跡特務部隊「白銀の猟犬」だ。その中心に立つ男を見て、サラの息が止まった。


「カイル……貴方なの……?」


「第一席。いえ、今はもう、処刑対象の罪人に過ぎない」


 サラを罪人といい放ったのは、かつてサラが信頼を置く直属の部下として目をかけていた後輩魔術師だった。

 そのカイルが、今は一切の感情を排した冷徹な瞳で、つい昨日まで慕っていた上席に魔導弓を向けている。


「禁忌の存在と接触し、王宮の機密を保持したまま逃走。団長直々の命だ。……ここで、死んでもらう」


「待って、私は何も……っ!」


 叫ぼうとしたが、カイルは聞く耳を持たない。

 彼の合図と共に、数多の魔導矢が放たれた。空気を切り裂く高音。


 サラは反射的に防御壁を構築しようとしたが、絶望と裏切りへの動揺が喉をつかえさせる。


「あ……」


 指が動かない。ことわりが編めない。

 死の予感が視界を白く染めた、その時。

 視界を遮るように、黒い背中が割り込んだ。


 ファルが、一歩、前に踏み出す。彼は武器を構えることも、呪文を唱えることもなかった。

 ただ、世界そのものを書き換えるような圧倒的な威圧感と共に、静かに、けれど心の最深部まで響く声で告げた。


「大丈夫です。貴女は私が、必ず守る」


 その瞬間――。

 サラの脳裏に、今朝見た夢の残像が鮮烈な色彩を持って蘇った。

 霞んでいたはずの青年の唇が、同じ言葉を紡ぐ。

 黄金の陽光、愛おしげに細められた瞳。夢と現実の境を飛び越えて響く、重く、揺るぎない幸せを感じさせた約束。


(……同じ……だ……)


優しく包み込まれるような感覚に、夢で感じた幸福感が顔を除かせる。


 現実から引き剥がされた感覚を覚えながらも、サラの瞳は魔導矢が降り注ぐ中、悠然と立つファルの背中を捕える。

 サラの視線がファルの背中を越えると、魔導矢が周囲で次々と砂へと還り、風に散っていく。

 魔術師としてのサラの理性が、必死にその現象を解釈しようと叫んでいた。


 術式の解体? 


 それとも物質の風化? 


 いや、そのどれでもない。


 彼はただ、そこに「在る」だけで、自分に向けられた殺意そのものを無意味な塵へと変えている。


(……わからない。こんなこと、あり得ないはずなのに)


 かつて信じていた魔術の法則が、音を立てて崩れていく。

 本来なら、理解不能な強大すぎる力に恐怖を抱くはずだった。

 けれど、今の彼女を支配しているのは、それとは全く別の感情だ。


(どうして……こんなに苦しいほど、安心しているの……?)


 かつての仲間たちが放つ殺意の冷たさよりも、自分を守るように立つ彼の背中から伝わる、正体不明の熱。

 

 朝の違和感は、もう消えていた。


 慇懃な態度も、丁寧すぎる言葉遣いも、今の彼が纏う圧倒的な威厳の前では些細な飾りに過ぎない。


 サラの瞳には、ただ目の前に立つ男の背中だけが映っていた。


 溢れ出すのは、もはや恐怖ではない。

 理由さえ分からないまま、魂がその言葉を―― その背中を、何時いつからか待ち望んでいたかのように、サラの胸の奥で何かが熱く、激しく震えていた。

第3話をお読みいただきありがとうございます。


 夢の中で「陛下」と呼ばれていた青年と、目の前で圧倒的な力を見せるファル。二人の言葉が重なったとき、サラの心に芽生えたのは恐怖ではなく、切ないほどの安らぎでした。

 かつての部下・カイル率いる「白銀の猟犬」を前に、ことわりを超越した力を見せるファル。

 彼はいったい何者なのか。そして、サラの夢が見せた「約束」の正体とは――。

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