ケンタッキーはなぜ日本のクリスマスを支配したか 第6話:国民的習慣が生まれた日(終)
作者のかつをです。
第三十七章の最終話です。
日本のクリスマスという独自の文化がいかにして形成されたのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、ケンタッキーの物語を締めくくりました。
今年のクリスマスも、やっぱりチキンが食べたくなりますね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2026年のクリスマス・イブ。
SNSを開けば、「#ケンタッキー」のハッシュタグがついた投稿が溢れかえっている。
家族でバーレルを囲む写真、一人で豪快にチキンを頬張る動画、予約を忘れて絶望する投稿。
海外のメディアは今年もまた、「日本人はなぜクリスマスにKFCを食べるのか?」という特集記事を組んでいる。
彼らにとっては、それは「奇妙な(Bizarre)」習慣に映るらしい。
しかし、私たちにとってそれは、奇妙でもなんでもない。
それは、一年に一度、大切な人たちと食卓を囲み、一年の労をねぎらい合うための、かけがえのない儀式なのだ。
……2026年、東京・青山のKFC店舗前。
物語の冒頭に登場した行列の中に、一人の老紳士の姿があった。
彼は予約票を手に、順番を待っている。
かつて、この場所で「七面鳥がない」と嘆いた外国人の客がいた。
そして、その声に耳を傾け、「じゃあチキンでどうだ」と笑った店長がいた。
その小さなやり取りがなければ、今日のこの幸せな行列は存在しなかったかもしれない。
老紳士は、受け取った温かいバーレルを胸に抱き、満足そうに微笑んだ。
その重みは、単なる揚げ鶏の重さではない。
50年以上にわたって積み重ねられてきた、日本の家族たちの笑顔と記憶の重さなのだ。
彼はタクシーに乗り込み、家路を急ぐ。
家では孫たちが、お腹を空かせて待っているはずだ。
「メリークリスマス」
街中に響くその言葉と共に、赤いバケツは今夜も日本の食卓に温かい魔法をかけ続けている。
嘘から出た真。
あるいは、ハッタリから生まれた文化。
しかし、それが人々を笑顔にするならば、それこそが真実の「サンタクロースの贈り物」なのかもしれない。
(第三十七章:クリスマスの赤いバケツ ~ケンタッキーはなぜ日本のクリスマスを支配したか~ 了)
第三十七章「クリスマスの赤いバケツ」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
大河原毅氏は後に、「アメリカでクリスマスにチキンを食べるというのは嘘だったが、結果的にみんなが幸せになったから後悔はしていない」という趣旨の発言をされています。素敵な嘘ですよね。
さて、海外の文化を日本独自のものにアレンジした物語でした。
次なる物語は、さらに時代を遡り、江戸時代の天才発明家が仕掛けた「食のキャンペーン」の物語です。
次回から、新章が始まります。
第三十八章:土用の丑の日の発明者 ~平賀源内は、いかにして鰻を夏の風物詩にしたか~
売れない鰻屋を救うためにひねり出された、日本最古のキャッチコピー。
その誕生の瞬間にタイムスリップします。
引き続き、この壮大な食文化創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第三十八章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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▼作者「かつを」の創作の舞台裏
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