ケンタッキーはなぜ日本のクリスマスを支配したか 第3話:「クリスマスにはケンタッキー」
作者のかつをです。
第三十七章の第3話をお届けします。
「アメリカでは~」というキラーフレーズ。
当時の日本人にとって、その言葉は魔法のような説得力を持っていました。
文化の翻訳者としての役割を果たしたわけですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「クリスマスにはケンタッキー」
大河原毅は、このキャンペーンを大々的に打ち出した。
店頭にはカーネルおじさんの人形にサンタクロースの衣装を着せ、ポスターを貼り出した。
客から「アメリカでは本当にクリスマスにフライドチキンを食べるのか?」と聞かれることもあった。
厳密に言えば、アメリカでは「ターキー(七面鳥)」が主流であり、フライドチキンを食べる習慣は一般的ではない。
しかし、大河原は自信を持ってこう答えたという。
「ええ、アメリカではクリスマスにチキンを囲んでお祝いするんですよ」
それは嘘ではなかった。ターキーもチキンも同じ鳥類だ。
それに日本にはターキーがないのだから、チキンがその代わりを務めるのは理にかなっている。
彼はその「白い嘘(White Lie)」を、夢のある物語として語ったのだ。
この宣伝文句は、日本人の心に見事にフィットした。
「へえ、アメリカではそうなんだ」
「じゃあ、今年のクリスマスはケンタッキーにしようか」
欧米文化への憧れと、クリスマスの献立に悩んでいた主婦たちのニーズが合致した。
さらに、日本の住宅事情も追い風となった。
日本の家庭には、七面鳥を丸ごと焼けるような大きなオーブンはなかった。
しかし、ケンタッキーなら店で買ってきてそのままテーブルに出すだけでいい。
手軽で、豪華で、アメリカンな雰囲気も味わえる。
青山店での成功を見て、KFCジャパンは1974年から全店でクリスマスキャンペーンを開始した。
「クリスマスはケンタッキー」
そのフレーズは、テレビCMやチラシを通じて日本中に浸透していった。
売上は右肩上がりで伸び続け、12月の数日間だけで年間の売上の大部分を稼ぎ出す店舗も現れた。
かつて「行儀が悪い」と敬遠された骨付きチキンは、いつしか「クリスマスに手づかみで豪快に食べるごちそう」へと、そのイメージを完全に変えてしまったのだ。
それは、マーケティングの勝利だった。
ない習慣を作り出し、それを文化として定着させる。
大河原の機転と行動力が、日本の冬の風景を塗り替えた瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
カーネルおじさんがサンタの格好をするというのも、日本独自のアイデアでした。今では世界中のKFCでも見られる光景ですが、発祥は日本だったのです。
さて、チキンを食べる習慣は根付きました。
しかし、さらに売上を伸ばすために、彼らは「容器」にも革命を起こします。
次回、「パーティーバーレルという発明」。
あの赤いバケツに込められた戦略とは。
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