22・メイドには全てお見通しだったらしい
「ただいま……ん?」
こっそり城内に帰り自室に入ると、そこではメイドのヴェロニカが腕を組み、仁王立ちしていた。
「ど、どうしたんだ、ヴェロニカ。いつにも増して仏頂面が酷……」
「リオ様」
名前を呼ばれて、思わず肩が上下にびくついてしまう。
「どこに行っておられたのですか? お帰りが遅かったようですね」
「……っ!」
答えに窮してしまう。
落ちこぼれとはいえ、俺だって王子だ。必然的に無許可の外出には、あまりいい顔はされない。
ゆえに俺は魔術で自分の分身体を置き、城の外に出た。
ま、まさか、彼女はそれに気付いたというのか……?
動揺を悟られまいと、俺は咄嗟に嘘を吐く。
「ト、トイレだ。朝から腹が痛くてな。な、なに、心配しなくていい。もう治ったから……」
「トイレ? 半日ほども籠っていたのですか? ずいぶんと難儀していたようですね」
ヴェロニカの様子は、いつもとさほど変わらない。
しかし俺には分かる。
こういう時の彼女は、とても怒っているのだ。
転生してから一ヶ月ほどとはいえ、みっちりと剣術を鍛えてもらっていたので、彼女の機嫌は大体分かる。
「というか、分身は……」
そう言って、俺が部屋の奥へ視線を動かした時であった。
そこには──お人形みたいに座らされ、女の子のような格好になっていた俺の分身体がいた。
「俺(の分身体)―――――――!」
思わず、分身体に駆け寄ってしまう。
髪は二つ括りにされ、顔にはほんのりと化粧がのっている。元々中性的な顔立ちのせいか、なにも知らない人が見たら女の子だと勘違いするだろう。見るも無惨な姿であった。
分身体は膝を抱えてぶるぶると震えており、「ヴェロニカ……怖い……」とうわ言のように呟いていた。
くっ……! 誰がこんな酷いことを!
「分身? ああ、そのお人形ですか。リオ様、とても器用に人形を作れるんですね」
分身体の身を気遣っていると、後ろからヴェロニカがのそりのそりと歩み寄ってくる。
途轍もない威圧感だ。
前世でもドラゴンやら悪魔やら、強大な存在に出会ってきたが、そんなヤツらより今のヴェロニカの方がよっぽど怖かった。
「まさか、それで私の目を欺けるとでも? リオ様は私のことを見くびりすぎです。この一ヶ月でなにを学んだんですか」
嘆息するヴェロニカ。
むむむ……どうやら彼女には全てお見通しだったらしい。
もちろん、俺が魔術で作り出した分身体は完璧だ。普通の人なら見破れない。
しかしヴェロニカは剣術の達人。
僅かな息遣いの違いや、細かな動きの違和感によって、これが分身体であることを見破ったのだろう。
こうなったら、もうお手上げだ。
「……すまなかった。外出すると言っても、簡単に許しが出ると思っていなかったんだ」
観念し、見るに耐えない分身体を消して、彼女に頭を下げた。
「やはり、そうですか……いいですか? 私がどれだけ心配したと思っているんですか? 一メイドである私が、簡単に城を離れることは出来ませんからね」
「ほ、本当にすまなかった。あの、陛下には……」
「伝えていません。そんなことをしたら、烈火のごとくお怒りになられるでしょうから。私で留めています」
よかった。
無断外出が国王にバレれば、さすがに対処法を取る必要があった。
「それで……どこに行かれていたのですか? お買い物ですか? それなら、私が代わりに行っていましたのに……」
「そういう側面もあるかもしれないがな。だが、ヴェロニカには相談したいことがあって……」
「相談?」
「ああ。実は──」
打ち明けようとすると、「ワンワン!」と鳴き声を上げて、白い子犬が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「こ、こら! 合図するまで入ってくるなと言っただろうに!」
白い子犬──もちろん、キメラだ。頭を撫でながら、俺はキメラを嗜める。
「…………」
一方、ヴェロニカはキメラを見つめて、ぷるぷると小刻みに震えていた。
「どうした?」
「いや、可愛──じゃなくて、この犬はどうされたのですか? 野犬が迷い込んできたわけでは、ありませんよね?」
「そのことなんだが──」
俺は街中で起こったことを、ヴェロニカに説明した。
毎日、城の中にずっといるだけでは息が詰まるので、ぶらりと散歩に出かけた。
そこで一匹の子犬に出会した。
どうやら、その子犬は飼い主に捨てられて、困り果てているらしい。
いてもたってもいられなくなった俺は、子犬は城まで持ち帰ることにした。懐いているようだし、このまま誰かに預けるのも忍びないので、うちで飼いたい……と。
まあ──全部嘘だが。
「で……ど、どうだ? やっぱりダメか?」
「そうですね……」
ヴェロニカが口元に手をやって、考え込む。
ここに来るまでは大丈夫だと楽観視していたが、なにせ無断外出がバレたのだ。ヴェロニカもまだ怒っているはず。
ゆえに、好ましい答えが返ってくるとは思っていなかったが……。
「いいでしょう。犬を飼うことは、リオ様の教育にもいいはずです。他の者には、私から説明しておきます」
「ほ、本当か!?」
意外な答えが返ってきて、思わず前のめりになってしまう。
「俺が勝手なことをしたから、怒ってると思ったのに……」
「それとこれとは、また別の話です。それに……こんなに可愛い子、また捨ててきなさいと言えるはずないじゃないですか。ねー?」
ヴェロニカはキメラを抱え、もふもふの体に自分の顔を埋める。
キメラはそうされても全く嫌がるそぶりを見せず、彼女の行動を受け入れているようであった。
「そういえばこの子、名前はあるんですか?」
「名前か……」
言われて初めて気が付く。
いつまでも『子犬』とか『キメラ』と呼ぶのは不便だろう。なにかの拍子でこいつの正体を口走ってしまいそうだ。
少し考え、俺は恐る恐るこう口にした。
「ポチ……ってのは、どうだ?」
「ポチ! いいですね。シンプルながら可愛らしい名前です。あなたの名前はこれからポチですよ。よろしくねー♡」
ヴェロニカはキメラもといポチの名前を呼び、体を優しく撫でると、ポチも「ワン!」と短く鳴いた。
どうやら、気に入ってくれたらしい。
「くくく……お主がたかがメイドにたじたじじゃな。それにポチというのも、なんとも言えないネーミングセンスじゃ。お主の弱点はネーミングセンスのなさじゃったか」
「……喋るな」
小声で愉快そうに話しかけてくるネリスに、俺はぼそっと呟いた。
ヴェロニカに今のやり取りが聞こえたかと一瞬焦ったが、彼女はポチに執心のようである。
ポチを愛でており、こちらに気が付く様子がない。
ヴェロニカのこういう姿を見るのは新鮮だな……。
彼女の意外な一面に驚き、得した気分になるのであった。
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