三十四話 ニルとヨハンナ【8】
三十四話です。よろしくお願いいたします。
ニル・鬼は生命体だが、厳密に言うと人間ではない。戦時中、極東の島国が創り出したバイオロイドである。多くの命を犠牲にして生まれた彼は幸か不幸か、戦時下で産声を上げることはなかった。
終戦後、秘密裏に島国に入国していたルシファーとその部下達によって彼と、彼に関する研究資料が全て持ち去られたことにより、王国に渡る。
約十年前に王国で目覚めたニルの成長は著しく、肉体の成長は成人に達した辺りで止まり、身体能力は著しく向上。ただ、精神面での成長が肉体についていけていないことが判明した。つまり、彼の精神年齢は十歳位なのだ。
これを補うべく、ルシファーはオディールとオデットという自律型人工知能を開発した。オディールはニルに元々備えられた情報処理能力を補佐するために、情報収集に長けた機能を搭載。オデットはニルの精神面でのサポートを目的とし、オディールよりも円滑なより人間に近い形のAIとして作られた。
オデットは更にその人格を二つに分け、ニルの深層意識内にヨハンナというニルを内側からサポートする姉の人格を植え付けた。
つまり、オデットとヨハンナは同一人物である。ニルがオデットに搭乗している時、ヨハンナが表層に出てくることはない。
ニルは聡明な姉とポンコツロボットが同一人物であることを知らない。
「わかった。お父様が何を考えているのか」
「おン?」
ニルは幻視を解除した。
「いつの段階でお父様があのフォルティス長官が偽物で、何処かの国のスパイと気付いていたかは割愛しとく。お父様が知りたいのは、何処の、誰が、偽物の雇い主かということ。それを知りたかったんだ」
ニルが幻視で見てくれれば、ルシファーは後で報告を受ければいい。もし、ニルと偽フォルティスが接触をしなくても、ルシファー自ら出向いて彼を食べればいい。彼の脳内には最近の記憶として、彼の上司なり雇い主なりとのやり取りが記録されている筈だ。
「それで、わかッたのか?」
オデットが訊くと、ニルは歯切れの悪い返事をした。
「やり取りは会話からわかったけれど、当の雇い主の顔がはっきりしないんだよなぁ。なんつーのかな……靄がかかったみたいな……」
対面して話しているのだから、顔ははっきり映る筈だ。偽フォルティスの視力が著しく悪いというのなら話は別だが、スパイである以上ある程度の視力を持っているか、補強しているだろう。それを抜きにしても見えないとなると────
(考えられる原因は一つ。魔法による妨害)
相手は、こちらが人ならざる者達の集団であることは把握しているのだろう。最悪、偽フォルティスの頭の中を覗かれるような事態が発生した場合を想定して、予め彼の記憶の重要な部分に妨害魔法をかけたのだ。
(ということは、雇い主も魔法使い。ただうちの軍事力や内情を知りたいという輩ではない。逆に厄介だけれど……)
ニルは下唇を噛んだ。
(お父様に話すべきだろう)
そう決意した刹那、けたたましく機械音が鳴り響いた。
「オディールだッ!」
「オデット!後方の映像を出せ!」
パッと備え付けられた液晶画面に映ったのは、土煙と吹っ飛ぶオディールと偽フォルティスの姿だった。
「野郎ゥ!もう追いつきやがッたのか!」
「迎撃モード!最悪、半壊させて止める!」
「ルシファーが泣くぜェ?ジャンヌシリーズの修理代は莫迦高いからよォ」
「言ってる場合か。こっちの命が危ないし、何よりもう目的は果たしたんだから、偽フォルティスを死なせるのは後味が悪い」
「いやお前の親父さん、あいつ喰おうとしてたじゃん」
オデットは脚を曲げると、ピョンと跳んで空中で向きを変えてジャンヌと対峙した。両者の間には、横転しているオディールと伸びた偽フォルティスが転がっていた。ぴくりとも動かないが、オデットの生体反応センサーによると、息はしているようだ。
「げェ〜。何でウチがあんなゴリラアンドロイドとやり合わないといけねェんだよォ」
オデットはブーブー文句を垂れた。
言いたいことはニルもよくわかる。ジャンヌシリーズの戦闘能力は国内で随一を誇る。対してオデットは災害や戦地での救助や支援を前提とした設計になっている。相性としては最悪なのだが、戦い方を変えればジャンヌを一時的に戦闘不能にすること位はできる。
ニルは操縦桿を握り締める。
「オデット。全操作をマニュアルに切り替え。お前は戦況の情報収集に集中しろ」
「不安……」
一人と一機がそんなやり取りをしている間、ジャンヌは身構えた。
(無理だ。私と正面からやり合うなんて。オデットはそもそも戦闘向けのAIじゃない)
ルシファーからはサポートを前提に設計しているということだけを聞かされていたので、ジャンヌもオデットの詳細な機体情報までは知らない。
(とはいえ、索敵型も前衛向きではないのだけれど。それでもオデットよりは強い方だという自覚はあるわ)
ジャンヌはニ機の小型ロボットを空中に展開した。
(兎に角、まずはニル様を黙らせる!)
オデット目掛けて小型ロボットからビームが発射されたが、その直前に魔法陣が展開されビームが防がれた。
「防御魔法!?」
ジャンヌは目を丸くしてオデットを見据えた。
ふふん、とオデットは得意げに笑う。
「ニルは魔法は使えないが、ウチは魔法が使えるんだ!」
「はあぁっ!?」
ジャンヌの素っ頓狂な声が森に響き渡った。
三十四話を読んでくださり、ありがとうございます。
今回は引き続きユルバンについてお話ししていこうと思います。
前回は彼が半人半魔である所までお話しして終わりました。単刀直入に言いますと、ユルバンは完全体になったらほぼほぼルシファーになります。元の人格や性格は残りますが、能力等は完全に引き継がれます。また、今よりも獣性が表層に出るようになるので、倫理観等はより人ならざる者に近付きます。
とはいえ、嗜好はルシファーとは異なります。本編でも触れましたが、ルシファーは人間を食べます。ユルバンも勿論食べますが、彼はその点だけは好き嫌いが激しいのでルシファーのように、誰彼構わず食べることはありません。
また、ユルバンはルシファーを尊敬しているため、好き嫌いがないことは素晴らしいことだと思っていますが、同時に自分には絶対に無理だとも思っています。ルシファーにできて、ユルバンにできないことは数多くあります。ユルバンのそんな不完全な部分を今後も書いていけたらと考えています。
次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




