三話 ルシファーとユルバン【3】
短いですが、閉鎖空間の描写があります。
ガッシャーン、というけたたましい音でユルバンは目を覚ました。むくりと起き上がり、周囲を見回すとジメジメとした薄暗い壁と床が目に入ってきた。どうやら王は宣言通りユルバンを地下牢に入れたようだ。
ユルバンは鼻をさすった。
(肘鉄を貰った時は鼻が折れたけれど、今は治っているな)
ユルバンは人間ではない。正確には元人間なのだが、一度生死の境を彷徨った時にルシファーの血を輸血され、上手く適合したことで人を捨てるのと引き換えに彼の力の一部を使えるようになった。その中の一つに、再構築というものがあり、怪我をしても再び肉体や骨、臓器までもを構築することができる。ルシファー曰く、どうやら血液中にいる寄生虫が関係しているらしい。つまり、ユルバンの体内にも同じ寄生虫がいるということだ。
「王が牢に入るなんて、珍しいことじゃぁない」
ユルバンの隣の牢から声が響いた。石壁で区切られているため相手の姿は見えないが、どうやら入れられているのはルシファーのようだ。ルシファーが牢に入っているということは、この判決を下したのは王妃グウィネヴィアだろう。
(────ということは、ニルは入れられていないのだろうな)
グウィネヴィアのヨハンナ、ニルの姉弟に対する溺愛振りは半端ではなく、滅多に王妃に否定的な態度を取らないルシファーですら、それはちょっと、と待ったをかける程だ。
ルシファーとグウィネヴィアの間には六人の実子がいて、一番上の二人は双子で兄が王位を継いだ。その兄夫婦の娘が王位を継ぎ、王配という形で外部から婿を取って今に続いている。
悪魔と半竜の性質かはわからないが、ルシファーとグウィネヴィアの子供達は王位というものに無欲で、自分達はなりたくないから、その子供や親戚に押し付けてしまおうと考える者もいた位だ。その無欲さのお陰で王位継承の際揉めなかったのは幸いだったようだが、ルシファーもグウィネヴィアも子供達の無欲さには流石に呆れてしまったという。
それでも、二人は子供達を分け隔てなく愛した。そして、同じ位の愛情をヨハンナとニルに注いだ。結果として実子達も二人を受け入れて家族として迎えてくれた。流石に実子ではないため王位継承権は与えてやれなかったらしいが、ヨハンナもニルも文句は言わなかった。
隣の牢から深い溜息が聞こえた。
「王が妃や側室を独房に入れて処刑した話もあるし、その逆もある。まぁ、おぬは不老不死だから処刑なんて無意味なんだがな」
うん、とユルバンは頷く。
「俺も死なないから、無意味だなぁ」
「………其方が言うと笑えんわ」
ふむ、とユルバンは考える。
(ルシファーとグウィネヴィアだけじゃなく、その子供達もニルとヨハンナに甘いんだろうな。じゃなきゃあんなに自由には振る舞えないもの)
他人には決して迷惑はかけないが、身内にはとことん迷惑をかけている辺り、外と内の分別はついているのだろう。そこがまたルシファーとしては厄介ではあるのだろうが。
ユルバンがぽけー、とそんなことを考えていると、隣からカチャカチャと何かをいじる音が聞こえてきた。暫くしてからガチャン、と鍵が開く音がして鯖ついた鉄格子が開いた。
「脱獄?」
ユルバンが尋ねると、牢からルシファーが出て来て大きく伸びをした。
「当たり前だ。仕事が立て込んでいるのでな、お先に失礼させてもらう」
振り返ったルシファーの手には針金が見えた。おそらく、ピッキングで開錠したのだろう。
ユルバンは慌てることなく、あぁ、と頷くと地下牢を出て行くルシファーを見送った。
「師匠。普段からあんな物を持ち歩いているのかな……」
ルシファーは華奢で小柄だが、ゴーレムを背負い投げできる程の力の持ち主だ。彼の膂力にまつわる武勇伝は数知れず、巨人の腕を片手で捩じ切ったという話もある。そんな彼ならばピッキングなんてしなくても、牢から素手で脱出できるのだが、それをしないのには理由があった。
以前、ユルバンはルシファーから人身売買目的で誘拐された話を聞かされたことがある。その時にルシファーは拘束を持ち前の怪力で突破し、彼を誘拐した組織の人間達を半殺しにしたのだが、いざ保護された時に上手い説明が思いつかず、その時は事情を訊かれた際にその時の記憶が飛んでしまったと苦しい嘘をついたという。
話し終えたルシファーは暗い顔をして、
「悪魔がいい嘘も思いつかないとか、とんだ黒歴史だよ」
それ以前に色々とつっこみ所はあると思うのだが、ユルバンは何も言わなかった。
それ以降、ルシファーなりに調べてピッキングなら疑われないと思い、習得したのだとか。
(まぁ、おそらく現地の警察は師匠がどうやって拘束を解いたのかよりも、半殺しにした犯人を特定したかったんだろうけれど。その辺り、師匠はずれているんだよなぁ)
ユルバンはぼんやりと天井を見上げた。湿った石造りの天井を大きなナメクジが何匹か這っている。
ルシファーは人間社会である程度の立場を確立したが、それでも人間を完璧に理解している訳ではなく、彼にも理解できないことは多々ある。特に常識というものに関しては理解しているようでしていない部分もあり、ユルバンが教えていることもある。
そんなことを考えながら、ユルバンは地下牢で本人なりに有意義な時間を過ごした。
ナメクジの動きを観察しながら、どんな魔法を開発しようか考えていると、地下牢の扉が開く音が聞こえたのでそちらを見ると、ニルが入って来た。手には鍵束を持っており、どうやらユルバンを解放してくれるようだ。
ユルバンは鉄格子を隔てて向かい合ったニルに、へらっ、と笑ってみせたのだが、彼がかなり不機嫌な顔を浮かべたのでユルバンはすまなそうな表情を浮かべた。
(スマイルは逆効果だったかぁ)
はぁ、とニルは深い深い溜息を吐いた。
「何で魔法を使って出ない?開錠の魔法位使えるだろうが」
端正で美人な容姿とは裏腹に、ニルの口調は粗野な印象を受ける。黙っていれば女性と見間違う程の美人なのだが、喋れば低く、ややドスの効いた声が返ってくる。その辺りは血の繋がりはないがルシファーと似ている。
ユルバンはちょっと困った顔をした。
「いやぁ〜……流石に投獄されたのに自分から出るのはどうかなぁ、と。もとはといえば勝手にゴーレムを苔畑にしちゃった俺が悪いんだし」
まぁ、とニルもやや気まずそうに俯く。
「………俺も、ユルバンを手伝っちゃったし……」
ごにょごにょ、とニルは何やら呟いたがユルバンには上手く聞き取れなかった。
ユルバンはゆっくり立ち上がると、鉄格子に近づく。
「師匠はピッキングで先に出ちゃったよ。仕事が立て込んでいるんだって」
あぁ、とニルは顔を上げて頷いた。
「今日の夕方にプライベートジェットで北米に飛ぶって言ってたな。何かルシファーお父様が経営しているカジノに泥棒が入ったとかで、あっちの担当者から連絡があったんだよ」
え、とユルバンは目を丸くする。
「師匠のカジノに入るとか、チャレンジャーを通り越して勇者だな」
「それは同意」
ニルは頷きながら牢の鍵を開けてユルバンを解放する。
ユルバンはぐぅ、と大きく伸びをすると、ニルに向き直った。
「ありがとう」
にこっ、と微笑むとニルはギュッ、と鍵束を握りしめて俯いてしまった。
「あ、当たり前だろ!いちいち礼なんてするな!」
ユルバンはニルの態度に首を傾げたが、それ以上追及はしなかった。
「帰ろっか。ニル」
ユルバンに促され、ニルはぎこちなく頷きながら一緒に地下牢を出た。
三話目を読んでいただき、ありがとうございます。更新日を自分で決めて、このペースなら大丈夫と思っていたのですが、気付けばもう更新日。
私はいくつか話をストックしてから上げているのですが、間に合うかが心配な今日この頃です。本当に書き続けている方々は凄いなと、改めて思いました。はい。
四話目もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。