十話 千年日記【3】
独自設定を加えました。
ユルバンとマギアが通されたのは執務室でも、談話室でもなく、ゲストルームのような部屋だった。
大理石の天井や床、柱には一点の汚れもなく磨き上げられ、ベッドは雲のようにふかふかで肌触りの良い上質な素材でできていた。
二人がほわー、と感動していると後ろに控えていたフォルモントが声をかける。
「長を呼んで来ます。暫しお待ちを」
フォルモントは音を一切立てずにお辞儀をすると、重い木製のドアを閉めて行ってしまった。閉める際にちらりとユルバンを見て怪訝な表情を浮かべたが、すぐにスンとした能面のような顔に戻ったので、この時ユルバンは特に気に留めなかった。
残されたユルバンとマギアは部屋を一通り見て回った。室内のドアを一つ一つ開けていき、その度に感動の声を洩らした。そして、最後にふかふかのベッドに飛び込み、ゴロンと寝返りを打って天井を見上げる。
よく見ると、大理石の天井には金と銀の装飾が施されており、それらが星座であることがわかった。
「エルフはな────」
天井の星座を眺めながらマギアが口を開いた。
「星を信仰する種族なんだ。エルフの集落には必ず星見台があって、毎晩空を見上げては星の導きに耳を傾けているんだ」
へぇ、とユルバンは頷いた。
「首が疲れそうだね」
「………そうだな」
マギアはピョイッ、と身を起こすと窓の外を指し示す。
「外を見てみ」
マギアに促されるまま、ユルバンはベッドから下りると窓に近づいて外を覗いた。無人島に広がる森の中に古びた塔が立っている。人の気配は感じられず、誰かが住んでいるようには見えないが。
「物見櫓?」
ユルバンが尋ねると、マギアは首を横に振った。
「うんにゃ。星見塔だよ。あの塔に登って彼らは星を読んでいるのさ」
ふぅん、とユルバンは頷いた。
てっきり館同様大理石で作られていると思っていたのだが、件の星見塔は煉瓦でできており、信仰の場所というよりは外敵を監視する物見櫓に見えた。
太古の昔から、人は星を読んできた。星を道標にしたり、星を基準にして何かを計測したり、或いは星に願ったり。
エルフ達は長い命の中何を思い、何を願って星を読んできたのだろう。そして────
(そんなエルフの用事って、何だろう……?)
ユルバンはふむ、と思考を巡らせる。
魔法を学ぶ過程で幻想種や神秘に生きる者達のことも学んできた。その中でエルフは他種族とあまり交わらず、自分達だけでほぼ完結しているため、あまり誰かに頼み事をする性分ではないことを知った。
だが、今回は長自らの頼みであるからして、もしかしたら種族の存亡に関わることなのかもしれない。
ぬあぁ〜、とマギアはパタンと背中からベッドに倒れ込んだ。
「面倒事にならなきゃいいけどなぁ〜」
「面倒事……」
ふとユルバンの脳裏にルシファーの顔が浮かんだ。
そもそも今回の件は、ルシファーがエルフに拉致されたことから始まった。当初、彼らはルシファーに用があって拉致したが、ユルバンとニルがその計画を破綻させてしまい、結果としてルシファーは謹慎処分をくらい、城から一歩も出られなくなってしまった。
それでも、エルフ達は何とかルシファーとコンタクトを取りたいと考えたけれど、グウィネヴィアの言うことに逆らえないルシファーは大人しく謹慎を選び、ユルバンとマギアにお鉢が回ってきたという訳だ。
(…………もしかして、師匠────)
ユルバンは同時にルシファーの性格も考えた。
(あの悪魔、粗野な言動が目立つから好戦的に見られがちだけれど、実際の性格は面倒臭がりな平和主義者なんだよな。厄介事、揉め事はできれば避けたいタイプ。
あぁ……師匠はいずれ自分がエルフに拉致されることを予想していて、俺が救出に来るとわかった上で事を荒立てさせたのか。そうすればグウィネヴィア妃の所に必ず知らせがくる。王の身を最優先に考える王妃が、事件後にどのように行動するかは明白だ。よくよく考えてみれば、あの人が黙って竜蛇に飲み込まれる訳ないのに……)
何だか上手いことルシファーの掌で踊らされているような気はするが、弟子入りした際に厄介事は自分が引き受けると約束をした手前、ユルバンは師の頼み事を断ることができない。契約書なしの口約束故、簡単に反故にできるのだがそれはしたくない。
フス、とユルバンは鼻から息を吐き出す。
(まぁ、いつもの面倒事だ。エルフの生態を知ることができると思えば、面白い案件ではある)
ユルバンは杖を取り出すと、ひょいっと一振りしてトランクケースを出現させた。ユルバンが普段から持ち歩いている鞄で水竜の皮を加工して作られたレトロなトランクケースで、防水性も耐火性も兼ね備えているうえに非常に頑丈な優れものだ。鍵によって鞄の中が切り替わり、シャワールーム等を備えた部屋もある魔法の鞄だ。
ユルバンが鍵束から鍵を探していると、マギアがノソノソと近づいて来て覗き込んだ。
「オレさ、どうしてもやってられなくなったらお前の鞄に籠るわ」
「構わないよ。────お!これだこれだ」
ユルバンは一番新しそうな鍵を鍵穴に挿し込むと、ゆっくりと鞄を開けた。大きな鞄の中には小さな箱が一つだけ入っていた。
マギアは首を傾げる。
「何だそれ?」
「師匠から大分前に貰った物だけれど、今も役に立つだろうから」
そう言うと、ユルバンは丁寧に小箱を鞄から取り出してベッドの上に置いた。マギアは首を左右交互に傾けながら怪訝そうに小箱を眺めた。
すると、何者かが扉をノックしたので返事をすると、ゆっくりと扉が開いて一人のエルフが入ってきた。
他のエルフ同様、端正な顔立ちにキラキラと輝く髪、長身痩躯の男性、純銀の頭冠────当世のエルフの長エーアデだ。
伏せられた銀色の睫毛がゆっくりと上がり、灰色の双眸がユルバンとマギアを捉える。警戒なのか、ただの反射的なものなのか、マギアの毛がジョワジョワッ、と逆立った。
ユルバンはエーアデを見つめる。
ルシファー程ではないが全体的に色素が薄い印象を受ける。一般的に認知されているエルフ像といった具合で、正直こんなに儚げな種族が不死というのがとても不思議だった。何しろユルバンが思い浮かべる完全なる不死はルシファーであり、彼は小柄で華奢な体躯ではあるが屈強な大悪魔だからだ。ルシファーが従える悪魔達もどちらかというと屈強な強者が多く、ユルバンの中で勝手に不死=屈強というイメージがついていた。
そんなことを考えつつも、ユルバンはいつでも杖を取り出せるように構えた。先の拉致未遂事件で二人のエルフを戦闘不能に追い込んだため、いつ報復を受けてもおかしくはない。相手が妙な動きをしたらユルバンは問答無用で反撃をするつもりでいた。そもそも、非があるのはエルフの方であり、ユルバンは攻撃されたとしても反撃に出る権利は十分にある。
エーアデは静かに一人と一匹を見比べると、凄まじい速度で土下座をした。
「え……」
「ニャ……」
一人と一匹がその様子に戸惑っていると、エーアデはガバッ、と顔を上げた。先程の涼やかな顔が嘘のように取り乱した表情だ。
「お二人にお願いがあります!」
華奢な体躯から発せられる声とは思えぬ声量に、マギアは驚いてユルバンに飛びつき、垂れ耳を抑えて丸くなってしまった。獣の聴力には耐えられない音量のようだ。
エーアデは言葉を続ける。
「我が高祖父が遺した古文書を、編纂していただきたい!」
ユルバンはきょとんと目を丸くして首を傾げた。
「へん、さん……?」
ユルバンの腕の中でマギアはプルプル震えながら、うるせぇ、うるせぇ、とぼやいていた。
十話目を読んでくださり、ありがとうございます。
これから登場人物が増えていく予定なので、しっかりと彼/彼女らの設定等をまとめて、ぶれないようにしなくてはいけませんね。楽しく書いていきたいと思います。
ご縁がありましたら、次の話もよろしくお願いいたします。




