夜空の下で……
私とディアス君はトイレで吐いて、うがいをします。
初めよりも吐くことに慣れました
こんなことを慣れたくはありませんけど…………
「ディアス君は先に戻っていてください。私、ちょっと外の風に当たってきます」
「あっ、僕もいいですか。外の空気が吸いたいです」
私たちは二人で船の甲板に出ました。
すでに辺りは暗く、風が強くて肌寒い。
でも、今の体調にはそれが心地いいです。
「綺麗ですね」
ディアス君は空を見上げて、呟きました。
私も視線を空に向けると、そこにあったのはとてもすてきな星空でした。
地上から見る星空とは違います。
星が近くに感じました。
私たちは二人で甲板に寝そべり、星を眺めます。
「なんだか、この星空を見ていると別の世界に来た気持ちになります。香さん、僕って元々、奴隷だったんです。知っていましたか?」
「はい……」
ハヤテが直接言わなくても、リンクをするとハヤテの記憶が流れてきます。
その中にディアス君のこともありました。
大家族で貧しかったので、間引く為にディアス君は売られてしまった、と。
「でも、僕は運が良かったです。師匠に拾われて、鍛冶職人の技と剣術を教えてもらいました」
「ディアス君はそれで良かったのですか?」
余計なことかも、と思いながら聞いてしまいました。
「確かにドラズさんは良い人です。でも、ディアス君は普通の女の子とは違う生き方しています」
「普通って何なんですかね?」
ディアス君はとても穏やかな口調で言いました。
「僕は子供の頃、食べ物が無くて、毎日飢えていました。奴隷商人に売られた後の方が毎日食事を出来て、嬉しいとさえ、思ったんです。ドラズさんに買われてからはご飯に困ることは無くなりました。もし僕がどこかの令嬢で、そこから転落して奴隷になったのなら耐えられなかったかもしれません。でも、僕は悪い生活から良い生活に変わっていたので、自分の運命を悲観したことがあまりないんです。その上で悲しいことは二つですね」
ディアス君は体を起こしました。
「一つはどっかのハヤテさんが一緒にお風呂に入ったのに私のことを女の子だと気付かなかったことです。そりゃ、香さんに比べたら、残念な身体をしていますけど、リザちゃんやアイラさんに比べたら、起伏がありますよ」
比べる相手がリザちゃんやアイラって時点で……
「んっ? 香さん、今、失礼なこと考えてませんか?」
「あはは……そ、そんなことないですよ。それよりもう一つの悲しいことって何ですか?」
「それは同世代の友達がいないことですね。ドワーフの村では皆さんに良くしてもらったんですけど、僕と年の近い子はいなかったんです」
それを聞いて、私は体を起こしました。
「私、ディアス君のことは友達だと思っていたんですけど、違いましたか?」
「嬉しいですけど、友達ってもっと長い間、時間をかけてなるモノじゃないですか?」
「そんなこと言ったら、私はハヤテさんたちと出合って、まだ半年も経っていません。でも私はハヤテたちのことを大切な仲間だと思っています。一緒にいた時間の長さなんて関係ないと思います」
「そういうものなんですか?」
「そういうものです。でもそうですね。初めて会った時より、距離が縮まったので分かりやすい変化を付けましょうか、ディアス」
ディアス君、いえ、ディアスはキョトンとしていました。
「呼び捨てにするのが、距離を縮めた証ですか?」
「人は親しくなると相手のことを呼び捨てにしたり、愛称で呼んだりするんです」
「えっと、じゃあ、僕は香さんのことをメンヘラとか、ヤンデレって呼べばいいんですか?」
「それはただの悪口です! 意味、分かってますか?」
「分からないですけど、リザちゃんが香さんのことをそう言っていました」
いつの間に……
リザちゃんは余計なことを言ってくれますね。
「か・お・り、です! メンヘラとか言ったら、怒りますからね」
ディアスは笑いました。
「分かりました。これからは香って呼びますね」
この日、私たちは少し仲良くなりました。
翌日になると船酔いにも慣れ始めました。
まだ気持ち悪くなりますけど、もう吐くようなことはありません。
それはディアスも同じだったようで、朝食はしっかりと食べることが出来ました。
「やっと慣れたみたいだね。どうだい、祝杯を上げるかい? レンリスが葡萄酒をくれたんだよ。上物だよ」
ドラズさんが葡萄酒を持ってきましたけど、私とディアスは断りました。
さすがにお酒を飲んだら吐きそうです。
「師匠、朝からお酒は駄目って何度も言っているじゃないですか」
「ディアス、金属と酒はドワーフの親友だよ」
「金属とお酒はどう思っているんでしょうね。叩かれたり、飲まれたり」
「そりゃ、金属が叩いてください。酒が飲んでください、っていうから、望みを叶えているんだよ」
その答えに私とディアスは目を合わせて、苦笑しました。
食事を終えて、三人で談笑をしているとレンリスさんが現れます。
「おっ、元気になったみたいだね。この後、艦橋に来るかい?」
「はい、行きます」
昨日は行く余裕がありませんでしたけど、千代が元気なのか確認したいです。
「ママ!」
わたしの姿を見た千代は嬉しそうでした。
駆け寄って来て、私に抱きつきます。
「千代は大丈夫でしたか?」
レンリスさんに尋ねると、彼女は苦笑して、
「少しは休んでほしいくらいだよ」
と言いました。
千代は普通の生き物とは違います。
私の真似をして食べたり、寝たりしますが、本来は必要ないことなのです。
でも、やっぱり少し心配になります。
「千代、後どれくらいでエルバザールへ着くか分かりませんか?」
「この速度だと明日の昼間にエルバザールの領域に入れる」
あと一日ですか。
思ったより早いというべきなのでしょうか。
「レンリスさん、私に何か手伝えることはありませんか?」
「別に香ちゃんは客人なんだから、ゆっくりしていて良いんだよ?」
「なんだか、体を動かしていないと落ち着かないんです。力仕事なら任せてください」
「そうかい、なら倉庫から物資を運ぶのを手伝ってもらおうかね」
私が「任せてください」と言うとディアスも「手伝います」と言いました。
「じゃあ、仕事は若い者に任せて、あたしは部屋で酒でも飲んでいようかね」
そう言って、ドラズさんは部屋に戻っていきます。
「まったく、師匠は飲んでばかりで……」
ディアスが呆れていると、
「そうでもないのさ」
とレンリスさんが言いました。
「昨日、香ちゃんたちが苦しんでいる時、船の各所を見回って、改善点を教えてくれたのさ。ドワーフの技術っていうのも凄いね。今度、船を作る時はドラズにも手伝ってもらいたいよ」
そう言って、レンリスさんがドラズさんを絶賛しました。
「ディアス、ドラズさんって造船も出来るんですか」
「そんなはずはないです」とディアスはきっぱりと言いました。
「確かにドラズは造船に関しては素人さ。けど、持っている知識を造船の為に応用する柔軟さを持っている。恐らく、数多くの体験がそれを可能にしているんだろうね」
確かに新しい技術を見つける為にわざわざジンブにまで来た方です。
もっと色々な場所を旅して、様々な知識を得ていたとしても全く不思議じゃありません。
「さて、香ちゃんたち手伝ってほしい。倉庫まで案内するよ」
この日、私たちはお昼休憩を挟んで、夕方まで力仕事に勤しみました。
やっぱり体を動かした後の食事の方が美味しいです。
体も動かしたので、適度な疲労感もありました。
今日は気持ちよく寝れそうです。