出航
二日後、レンリスさんの部下に呼ばれました。
「準備が出来たので連れて来てくれ、と棟梁に言われました」
私たちは街を出て、近くの丘に案内され、そこには大きな船が待機していました。
「あれが航空船ですか?」
「よく来たね!」
レンリスさんが航空船から飛び降りました。
翼を羽ばたかせ、減速し、着地します。
「凄い。これが空を飛ぶんですか?」
「そうだよ。あたしらの最新航空船『ヒューベリア』」
私がジンブから大陸へ来る時に乗った船より大きいです。
でも、こんな大きな船が空を飛ぶことが出来るんでしょうか?
「不安そうだね」
レンリスさんが言います。
私の心中を察したようです。
「心配しなくてもいいよ。あたしらは戦うことは苦手だけど、空の旅ならあたしら以上に優れた種族なんていないよ。風と共に暮らして来たからね。さぁ、乗っとくれ」
「いえ、乗っても言われても……」
見たところ梯子などはありません。
「ああ、そうか。人間やドワーフは空を飛べないね。小型飛行艇を呼ぶから、待ってな」
『ヒューベリア』の中から小型の乗り物が凄い風を起こしながら飛んできました。
「さぁ、乗っとくれ」
「これってどういう原理だい? 魔力かい?」
ドラズさんが疑問を口にしました。
「魔力なのは間違いないね。ただし、風の魔法を何倍にもする特殊な魔道具を内蔵しているよ」
「だから、モノを浮かせるだけの出力があるんだね」
「ただし、風の魔法に特化しているあたしら鳥人じゃないと扱えないよ。あんたらが使ったら、魔道具が暴走して、空中でバラバラになるだろうね」
「面白そうなのに、そりゃ、残念だね。あの大きな船にも同じ魔道具が使われているのかい?」
ドラズさんがレンリスさんに尋ねると、
「そうだよ。規模は違うけどね。乗員が交代で魔力操作を行って、船を飛ばすのさ」
「凄い」と思わず、言葉が漏れました。
私たちには出来ないことです。
こんなことを出来る種族がいたなんて……
「さぁ、乗りな。出航するよ」
私たちがヒューベリアに乗船すると、先ほどの小型の乗り物とは比べ物にならないほどの風が吹き始めました。
「船橋に案内するよ」と言われて、私たちはレンリスさんに付いて行きます。
そこには見たこともない魔道具がたくさんありました。
「鳥人の技術を甘く見ていたね」
ドラズさんが驚いていました。
「私だけの技術じゃないよ。南の大陸の蛇人族に技術をもらったのさ。これだけ大きい船を水平に保つ魔導装置や船の各区画に連絡を送る通信装置、この船橋の前面を覆う魔法ガラス、全部蛇人族の技術だね」
蛇人族は聞いたことがあります。
確か南の大陸、砂漠の国を統治している種族だとか。
「なんで蛇人族はそんなに協力的なんですか?」
「名分では魔王の命令だったということだろうね。だが、本音じゃ、あの一族は協和を望んでいるんだよ。だから、あたしらみたいに立場が弱い種族には優しいのさ」
「蛇人族、いずれ会ってみたいね」
とドラズさんが言いました。
私もいずれ会ってみたいですね。
「さてと千代ちゃん、お願いできるかい?」
レンリスさんに言われ、千代が方位磁針のような魔道具に近づきます。
そして、手を翳すと光り、方位磁針が動き出しました。
「これでエルバザールまで行ける」
「ありがとよ。…………さぁ、出向の時間だよ! 各員、浮上準備!」
レンリスさんが号令すると船は動き始めました。
「うわっ!」
船が揺れ、動き始めます。
初めはかなり揺れましたが、しばらくすると安定しました。
「もう大丈夫だね。外に出てみるかい?」
私たちは頷いて、船の甲板に出ました。
「わぁ…………」
初めに感じたのは風です。
地上の風とは全く違います。
船の端から下を覗くと地上がとても遠くに見えました。
前を見ると山や川、さっきまでいた丘や街が小さく見えます。
ハヤテは世界は球体だと言っていたことがあります。
本当かな、と思っていましたが、こうやって遠くまで見えると確かに世界は丸いです。
遥か彼方には初めて見る海も見えます。
「どうだい? 人間の技術にはないだろ?」
「はい、凄いです」
もっと気の利いたことを言うべきだと思いましたけど、言葉が出ませんでした。
この素晴らしい空の風景を私の言葉では表現できません。
「気に入ってくれて嬉しいよ。さて、空には山も川も谷もない。目的地まで直線距離で前進するよ! 香ちゃんたちも頑張りな」
頑張る?
何のことでしょうか?
この空の旅で私が出来ることなんてないと思いますけど……
「さて、ディアスと香ちゃんがどうなるか見物だね」
ドラズさんは何かを分かっているようでした。
私とディアス君は目を合わせます。
レンリスさんとドラズさんの言葉の意味はディアス君も分かっていないようでした。