ディアス、奇跡を願う
今回の話のみ、ディアスの視点になっております。
ご了承ください。
僕は何も出来ずに香と別れました。
懐には香から受け取った手紙があります。
香、君は酷いです。
何が書かれているか分からないけど、これを受け取ったハヤテさんたちは絶対に悲しみますよ。
ハヤテさんは君の危機に駆けつけられなかったことを後悔しますよ。
本当にこの運命からは抗えなかったですか?
「ディアス、急ぎな!」
師匠が声を張ります。
見るとレンリスさんの飛行艇が見えました。
「さぁ、乗りな」
レンリスさんは香については何も言いませんでした。
僕は重い足を動かして、飛行艇に乗り込もうとします。
「ママ……」
師匠の隙を付いて、千代ちゃんがボロボロの翼を展開しました。
「待ちな!」と師匠が叫びましたが、千代は振り切って飛んでいきました。
「まったく、香ちゃんの覚悟を無駄にする気かい?」
師匠は飛行艇から降りて、千代ちゃんを追いかけようとします。
「待ってください、師匠。僕が行きます」
「あんたが行くよりあたしの安全さ」
「怪我をしていなかったら。そうだと思います。足、もう限界ですよね?」
「……気付いていたのかい?」
「何年、師匠の弟子をやっていると思っているんですか。僕が行った方が良いです」
師匠は少し迷って、「分かった」と言い、僕を抱き締めました。
「いいかい、絶対に生きて勝ってくるんだよ、あんたまで帰って来なかったらあたしは…………」
「安心してください、僕は死にませんよ」
そう言って、僕は戦場に戻りました。
千代ちゃんは必ず連れ戻します。
それにあの香が妖怪の力になんか負ける気がしません。
香なら奇跡を起こしてくれる気がします。
そんな希望を思いながら、戦場に戻ると
「えっ……?」
そんな僕の希望を打ち砕くように、大鬼と化け狐、二体の化け物が戦っていました。
それは人の領域を超えた戦いです。
「香、君は……」
化け狐が香なんでしょう。
けど、両手に握っている刀と白装束以外にアレを香と認識が出来ません。
「あそこにいるのは千代ちゃん……?」
上空に千代ちゃんがいました。
「あんまり得意じゃないですけど『多重土壁』!」
僕は階段状に土壁を出現させ、それを登って千代ちゃんの所に向かいました。
土壁が途中で崩れそうになったので、僕は飛んで千代ちゃんを捕まえました。
どうやら、今の千代ちゃんに僕を支える力はなかったようで地面に墜落してしまいました。
その落ちた場所が最悪でした。
「なんだ、お前は?」
香の師匠……だった者に睨まれました。
逃げないといけないのに恐怖で体が動きません。
「勝負の邪魔だ」
目前の鬼は僕に刀を振りました。
それが僕にはゆっくりに見えました。
死ぬ寸前、人は全てがゆっくりに見えるらしいです。
僕は死ぬんだ、と思いました。
「グルルル…………!」
僕が斬られる寸前、化け狐化した香が割って入ってきました。
鬼の刀を、自分の刀で受け止めて、反撃します。
一時的に鬼が距離を取ります。
「グルルル…………!」
香が僕に視線を向けました。
金色の瞳を見た時、もうそれは香じゃないと分かりました。
「ぐっ……」
化け狐は尻尾で僕を叩きつけて、千代ちゃんと一緒に吹き飛ばしました。
追撃が来ると身構えましたが、それはありませんでした。
「どうして?」
僕なんて眼中にないということか、思いましたが、
「ニ、ゲ、テ……、チヨ、マ、モッテ……ディ、ア、ス……」
「えっ?」
確かに香の声でした。
香はそれだけ言うと戦いに戻ってしまいます。
まだ香には自我があります。
いや、僕たちを見て自我を取り戻したのだと思います。
あの執念深くて、仲間思いな香が妖怪の力程度に負けるはずがないです。
そう考えるのは僕の都合のいい願いだということは分かります。
でも、僕は奇跡を信じたいです。
もしここにハヤテさんがいれば…………
「ママ…………」
千代ちゃんはまた香の所に行こうとします。
そういえば、千代ちゃんの姿って香の子供時代を元に変身したんだっけ……
――だったら、他の人にも変身できるんじゃないでしょうか?
「千代ちゃん、香を助けたいですか?」
千代ちゃんは頷きました。
「だったら、僕の提案を聞いてください。千代ちゃんは香の子供以外の姿にも変身できますか?」
「出来る」と千代ちゃんは答えました。
「だったら、香が大切に思う人たちに変身して、彼ら彼女らがこんな時、良いそうな事を言ってあげてください!」
「それは無理、変身は一度するとすぐには変えられない」
そんな……だったら、ハヤテの姿になってもらって……いえ、リザちゃんの方が良いですか?
それとも香のお姉さん?
誰になればいいかなんて分かりません。
「……そうだ、千代ちゃん。あなたは他の機巧人と連携ができるんですよね?」
「出来る」と千代ちゃんは言いました。
「だったら、情報を共有して、他の機巧人に香の大切な人になるように指示を出せませんか!?」
「出来る……でもしたくない」
えっ?
出来ない、ではなくしたくない?
「ママの大切な思い出は他の仲間に知られたくない。この温かい感情を私以外が持った時、仲間にどんな変化があるか分からない」
要約すると香を独り占めしたい、ということですか?
そんな子供みたいなことを……
いえ、この子は香と接することでやっと感情に触れたんですね。
「千代ちゃん、安心してください。もし、記憶を共有しても、あなただけは香にとって特別な存在です」
「本当?」
「本当です。人は同じことを知っている人の全員を近い存在とは思わないです。一緒にいた時間や抱いた感情が他者を特別な存在にするんです」
「人の感情は複雑で、分かりづらい。でもとっても温かい」
「それは人が温かいのではなく、香が温かいのです。その香を死なせたくありません。だから、協力してください」
千代は黙り、次に発した言葉はとても機械的でした。
「《記憶連結》ヲ、開始。愛洲香ノ大切ナ人ヲ解析シ、各機《擬人化》セヨ。ソノ際、同ジ人ニナルコトヲ禁ズ」
神様とかを信じたことはありません。
でも、そんな存在がいるなら、今、この場に出鱈目な〝奇跡〟を起こしてください!
僕は初めて見えない存在に手を合わせました。




