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勇者暗殺失敗:敗因スライム  作者: Richard Hamish Head
No1. Escape from the Castle(章完結)
3/19

1-3「将来の心配さえなけりゃ、窓際って色々見えるいい場所さ」

 書庫の魔女、というのはあくまでもあだ名に過ぎない。

 魔法が使えるものなら使ってみたい。魔法の資質はなくとも、こうして自分は書庫に浸ることで、体感で会得していく連中よりも、よほど魔法について詳しく知っている。

 与えられなかったものを後天的に吸収し、しかし体得することができないコンプレックスの持ち主。それが、マリアナという書庫の魔女の正体であった。

 そんな、半ば苛立ちと自嘲の混じった自慰に似た行為。頭でっかちになっていく自覚。

 しかしながら、ここのところ、そんなささくれ立った彼女の心に、僅かな光が差し込んでいた。

「また来たの?」

「ああ。……邪魔して悪いな」

「そんなことはないさ。ここは、みんなの図書館だからね」

 キリシマという、勇者候補の一人。

 マリアナは、勇者が異世界から呼び出される人間だと知っている。数多の国民はその肩書に畏怖を覚えるが、マリアナはそんな連中を冷めた目で見ていた。



 実際のところ、よく観察すればわかりそうなものだ。生まれた時から特別な存在だと、偽りでも思っている連中は、いちいち様をつけられて鼻の下を伸ばしたりしないし、無知ゆえの非礼も、よほどでなければ聞かなかったことにしてくれる。

 逆を言えば、たかだか『様』の付け忘れだとかで侮辱されたと怒り狂う人間は、そもそも『特別な存在』でも、『高貴な人間』でもないのだ。

 マリアナがキリシマを気に入っている理由は、これら二つだ。



自分と彼が同類であること。

彼が、彼自身を特別扱いしていないこと。



だからこそマリアナは、ついつい読書の手を止めてしまう。

それこそ、彼女のコンプレックスを打ち負かしてしまうほどに、彼のいるこの場所は、居心地の良い場所になるのだった。



「しかしまあ、キミも物好きだね。魔法が使えないのに、魔法書を読むのかい?」

 わざとらしい呆れ声を出す自分の問いに、キリシマは顔も上げずに答える。

「知っていて損はない。知識は、応用するためにある」

 いかにもマリアナ好みの回答だ。

「それに、魔法が使えなくとも、どのような形で魔法が作用するかを知っていれば、打ち消す方法が見えてくるかもしれないしな」

「へえ」

 それは考えたことがなかった。つくづく面白い男だと、マリアナは感心させられる。

「今のところ、魔術の素質がない人間が魔法を使う、最も手っ取り早い方法は一つ」


魔術書で得た知識を咀嚼するように、キリシマは諳んじて見せる。


「精霊と呼ばれる、魔獣とも人間とも異なる存在と契約することで、精霊の力を借りることだ」

「けれど、精霊と契約するにはまず、その精霊を見つけ出し、なおかつ気に入られる必要がある」

「ああ。俺が魔法を使えるなんて、夢のまた夢の話だろうな」

「ワタシにとっても夢のまた夢の話だ。こうやって、書庫の番人をやっている限りは」

 魔物すら使えるのに、というお決まりの愚痴にキリシマは舌を鳴らし、マリアナを見据えた。

「アンタは宮廷でどういう立ち位置を占めてるんだ? まさか、書庫の魔女なんてのが、アンタの公式の肩書でもあるまい」

「一応相談役ってところかな。勇者たちの知識面でのサポート」


もっとも、直接書庫へやってきて、知識を吸収しようとするもの好きはそう多くないのが実情だ。

事実上の閑職。

あるいは、有名無実化した役割。


「普段はそれこそ雑用係だよ。他のメイドに混じって、王宮の円滑な運営のための一助」

「人材の無駄遣いもいいところだ」

「そうでもないさ。好き放題させてもらっているんだから、これくらいはね」

答えながらも、頬が緩むのがわかる。



確かに勇者と言う肩書は、彼にとっては荷が重すぎるかもしれない。あまりにも向いていないかもしれない。

しかしながら、裏を返せば、この王宮の中で彼の価値を知っている数少ない一人であるとも言える。

マリアナは、他の連中の見る目のなさを嘆くより、むしろ優越感を抱くほどだった。

もっとも、肝心のキリシマが、ここを、この状況を、あるいはこの世界を気に入っているかはわからない。サンドバッグ同然の目に遭って、後悔しているのかもしれないが。




突如、書庫のドアが開いた。ずかずかと乗り込んできたのは二人の勇者候補で、霧島に負けず劣らず、無能扱いされているとの噂だ。


香川玲奈と香川里奈。


見目麗しいとまでは言わないまでも、顔立ちはかなり整った方だが、本人たちからはその気品を感じられない。常ににやにやと笑っているが、その笑みは優越を取り繕った劣等感によるものだ。

「きりしまぁ」

と、二人のうちどちらかが、猫撫で声で霧島を呼んだ。

「なにか?」

霧島は本から顔を顔を上げないまま、答える。


「王様がさぁ、そろそろ勇者候補には実戦を経験してほしいんだと。んで、まだダンジョンに潜ってないのはアタシらだけだからさ。ちゃちゃっと済ませようぜ」

霧島はゆっくりと本を閉じ、二人を見据えた。


「他に同行者は?」

「いない」

「誰も?」

「必要なのかよ」

と、双子の片方が吐き捨てるように言う。

「アタシらは勇者候補で、それなりの力がある。初級者用のダンジョンなんざ、簡単にクリアできんだろ」

「それにアタシらは、こう見えて護身術を習ってたんだぜ?」


確かに二人は、ここに召喚されたとき、中々見事な合気道を見せてくれた覚えがある。しかし、それは人のかたちをした相手に対してのみ有効なのではなかろうか。

「俺は足手まといになる。せめて、指導教官か騎士の一人かに実戦指導をしてもらった方が……」

「アタシらを信用できねえっていうのか? あ?」


霧島の言葉を遮り、恫喝するように低い声を出す。テーブルから身を乗り出した片割れは、霧島の胸倉を掴むと片手で釣り上げた。

「見ろよ。これが、アンタのおかげで培った実力ってやつなんだけど? これでもアタシらと、一緒に行くのが嫌なのか?」


嫌というよりも、信用の問題だ。

だが、あえて触れない。賢明か否かはわからないが。


「じゃ、ちゃっちゃと実戦済ませて、他の連中と肩並べるぞ」

「アタシらの実戦が終わり次第、勇者候補は順々に出発するらしいからさ」

解放され、椅子の上に尻を載せた霧島は、そうか、と短く呟いた。

双子が書庫を出ていき、沈黙が残った。霧島は学ランを脱ぐと、いつも使っていた椅子に引っ掛けた。

「悪いんだが、この本、しまっておいてくれないか」

「大丈夫?」

一連の出来事に口を挟まなかったマリアナも、さすがに事態の急変には違和感を拭えないらしい。

「何とかなるさ」

霧島は答えた。平坦に、いつも通りの声で。


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