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硝子の庭の調香師 〜その大人の痛み、生態ロジックで整えます〜  作者: えもん


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第31話:静かな朝と、激務の残滓【中編】

いつもお読みいただきありがとうございます!

存在を隠すために、周囲の環境変数を均し、削り取る。

その強引な帳尻合わせの痕跡。


激務の中で父が残した、その『消去の形跡』こそが、ルカにとっては最大のヒントになった。


シダーウッドの香りがルカの脳を深く鎮め、思考の海へと潜るための完璧な集中力を与えてくれる。


「テオ、紙と万年筆を頂戴。インクは多めで」


ルカの声から朝の穏やかさが消え去り、知性の熱を帯びた『解析状態』へと切り替わった。 テオが慌てて白紙の羊皮紙と万年筆を差し出す。ルカはそれを受け取ると、テーブルに広げた文書の上に身を乗り出した。


「この不自然な数字の並びに……アンディ先生の『レシピの変数』を代入すれば、父が消し去った『先生の居場所』が逆算できるはずだ」


そこからのルカは、凄まじかった。

彼はインクで白衣の袖や指先が汚れるのも構わず、ものすごい勢いで白紙に複雑な数式と香りの化学式を書き殴っていく。


「東の国の湿度なら、先生はハーブの揮発比率をこう変えるはず…だとすれば、父が帳簿から消したこの物資の重量の差は……いや、違う、こっちの輸送ルートだ。……ん?ここが繋がらない」


カリカリカリッ……


ペン先が羊皮紙を削るような音が響き渡る。 ルカの額には汗が滲み、その特異な脳のメモリは限界値を超えてフル稼働していた。


「……あ、そうか! そのまま計算しちゃ駄目なんだ。父の隠蔽の癖を引かなきゃいけない… 父なら、数字を隠す時に必ず『安全性』にマージンを取るはずだ。だから、ここに三パーセントの誤差を足して……!」


ブツブツと高速で呟きながら、ルカは目にも留まらぬ速度で万年筆を走らせる。


父・ギルバートが過労の極致で塗りつぶした『仕事の足跡』と、恩師・アンディが仕掛けた『意趣返しのレシピ』。二人が残したロジックの隙間という深淵。


ルカはその見えない海の中を、自らの嗅覚と知性だけを頼りに必死に泳ぎ、隠された座標を引っ張り出そうと奮闘していた。


「すごい……しかし、なにがなんだか…」


テオは息を呑み、立ち尽くしていた。 商人の計算など到底及ばない、三者の知性の激突。リーゼもまた、万年筆を握る手から滴るインクの軌道を、瞬きもせずに見つめている。


彼らにできることは、ルカの脳が焼き切れないことを祈りながら、その凄まじい奮闘を静かに見守ることだけだった。


***


ルカが資料をめくる音と万年筆を走らせる音が止まることなく響き続けて、三時間が経過した。

外の太陽はすっかり高く昇り、温室の中には春を思わせる暖かな空気が満ちている。


厨房で数日分のパンの仕込みを終えたテオが、焼きたての白パンを片手に近づいてきた。


「ルカ。そろそろ脳がショートするんじゃないか?。とりあえず腹に入れ……」


「……ッ、出た、ここだ……!」


テオが声をかけた瞬間。

ルカは万年筆を弾き飛ばすように置き、羊皮紙の一点に指を叩きつけた。


父の隠蔽の癖と、恩師の処方の変数を完璧に噛み合わせ、見えざる空白からついに『一つの座標』を導き出したのだ。


「テオ! 先生の居場所が……っ」


興奮のまま振り返ったルカの口に、リーゼがすかさずパンを突っ込む。


「ルカ様、エネルギー枯渇によるシャットダウンを回避してください」


頭から机に崩れ落ちかけていたルカが、虚ろになりかけた目をしばたたかせながら咀嚼を始める。


「…んぐ…ぐ…ぐ…」


ごくりと呑み下したルカは、しばらく目を見開いたまま固まっていたが、やがて小さく息をついた。


「…助かった。ありがとう」


リーゼがペコリと小さくお辞儀をする。テオは手元から素早く奪われ、ルカの口元から落下した齧られたパンを皿に戻す。


「…なんか、うん。……よかった、というべきなんだろうな。とりあえず珈琲も持ってくる」


テオがツカツカと厨房に戻って行き、リーゼが小豆色のクッションをルカの背面にあてながら尋ねた。


「アンディ様の居場所を特定できたのでございますか?」


「うん、わかった」


ルカがクッションに背を預け、残ったパンをあらためて口にする。


その表情は、難解な数式を解き終えたにしては、どこか浮かないものを抱えているように見えた。








父が激務の中で「消し去った」完璧な情報の空白。

それこそが、恩師アンディの居場所を示す最大のヒントだった!

インクに塗れながら、天才調香師の脳が限界を超えてフル稼働する。

父と恩師が残したロジックの深淵を、ルカはこじ開けることができるのか!?

次回、判明した座標を前に浮かない顔のルカは何を思うのか。

そしてテオ特製の「絶品ポタージュ」が待つ後編へ続きます。


***


最後までお読みいただきありがとうございます!

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皆様の応援が、ルカとテオの生活費(作者の執筆の励み)に直結します。

明日も更新予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします!

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