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硝子の庭の調香師 〜その大人の痛み、生態ロジックで整えます〜  作者: えもん


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第17話:魔法使いの万年筆と、純粋すぎる善意【中編】

いつもお読みいただきありがとうございます!

コトリ


薄い白磁のティーカップが、ソーサーの上で控えめで硬質な音を立てた。

温室の木製テーブルには、テオが的確な温度で抽出したダージリンの紅茶が、琥珀色の液面からふくよかな香りの湯気を立ち昇らせている。


「わぁ……! テオさん、このお茶とってもいい香り! 一緒にあるクッキーもサクサクで甘くて、すっごく美味しいわ! ねえお兄ちゃま、毎日こんなに美味しいものばかり食べてるの? ずるい!」


目を輝かせ、花が咲いたような笑顔で矢継ぎ早にしゃべるリリアに、テオは穏やかで誠実な笑みを返した。


「お口に合って何よりです、リリアお嬢様」


テオは彼女をただの幼子としてではなく、一人の大切な客人として遇している。その洗練された無駄のない所作は、静かな温室の空気に美しく溶け込んでいた。


リリアは、少し背伸びをした手つきでカップの持ち手を摘みながらも、頭上を覆う豊かなシダ植物や、静かに回る真鍮の歯車を物珍しそうにキョロキョロと見上げていた。


実のところ彼女は、大好きな兄が家を出てからというもの、ずっと密かに心配していたのだ。

他人の顔色ばかり気にして、書庫にこもってすぐに熱を出してしまう繊細なお兄ちゃまが、外の世界で一人で生きていけるはずがない、と。


しかし、目の前に広がるのは、光と影が美しく調律された、キラキラと輝く『硝子の庭』。

そして何より、テオという優秀な支配人に守られ、相変わらず静かに、自身の好きな研究に没頭している大好きな兄の姿があったのだ。


(よかったぁ。お兄ちゃま、お顔の色もすごくいいし、ちゃんとご自身の足でしっかり立っていらっしゃるわ……!)


リリアの心の中に、温かな安堵が広がる。彼女にとってルカは、「少し難しい言葉ばかり使うけれど、世界で一番優しくて、なんでも知っている自慢のお兄ちゃま」なのだ。


ルカは丸眼鏡の位置を直し、リリアのそばへと歩み寄ると、紅茶を飲んでご機嫌に足を揺らしている彼女の柔らかな髪に、そっと手を置いた。


「うふふ、お兄ちゃま!」


構ってもらえたことが嬉しくて、リリアが満面の笑みで見上げる。


その瞬間。ルカの極めて鋭敏な嗅覚は、妹の髪から立ち昇る微かな香りの階層の変化を、静かに、しかし鮮明に知覚していた。


五年前の彼女から漂っていたのは、揮発しやすく無垢な「ミルクと朝露」のような、極めて単純なトップノートだった。それは、かつてのルカが唯一、呼吸を乱されずに触れることのできた純粋な家族の匂い。


しかし今、彼女から漂うのは、その幼い甘さが落ち着き、代わりに「太陽に向かって背伸びをする陽だまりの暖かさ」や、「真っ直ぐな好奇心という名の瑞々しい果実」が元気いっぱいに絡み合った、色鮮やかでエネルギーに満ちた香りだった。


(……あぁ。朝露のように甘かった幼い香りは、もうすっかり揮発してしまったんだな……)


ルカは、髪に置いていた手を静かに離した。

単調だった香りが時間をかけて熟成し、自らの足で大地を踏みしめる「豊かで眩しい芳香」へと見事な生態的変化を遂げていることへの、調香師としての静かな敬意だった。


(人の子どもが成長していく姿は、実に健やかで美しい。彼女はあのノイズの多い環境の中で、自らの意志で光の当たる場所を選び取り、見事な和音を響かせて育っているようだね)


ルカは妹の成長を静かに肯定し、過不足のない距離感を保つ。


「ねえお兄ちゃま! 私、お父様には『お兄ちゃまは森で立派な魔法使いになってたわ!』って教えてあげる! そしたらお父様もすっごくビックリするわね! あ、でもやっぱり、私とお兄ちゃまだけの秘密の隠れ家にしておく?」


純粋な好奇心と、兄と会話できる喜びに満ちた声で、リリアが身を乗り出す。


「鳥の魔法使いという不協和音は訂正してほしいところだが……まあいい。君のその元気なトップノートを少しでも振り撒いてくれるなら、あの重く淀んだ屋敷の空気も、いくらか中和されるだろうからね。君の好きにブレンドするといい」


踏み込みすぎない兄の理屈っぽい返答と、それが嬉しくてたまらない妹の無邪気な笑顔。


テオは少し離れたカウンターから、兄妹の光景を穏やかな眼差しで見守りながら、硬質な音を立てずに空のカップを片付けていた。








幼い甘さから、自らの足で立つ「色鮮やかな芳香」へ。

香りの変化を通して妹の成長を静かに肯定するルカと、それを見守るテオ。

しかし、テーブルの上に残された「父のノート」が波乱を呼ぶ……!?

次回、天才の頭脳と、善意が暴走する後編へ続きます。



最後までお読みいただきありがとうございます!

もし少しでも「面白い!」「続きが気になる」「お腹が空いた」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】(星)を押して応援していただけると嬉しいです!

皆様の応援が、ルカとテオの生活費(作者の執筆の励み)に直結します。

明日も更新予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします!

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