柚山家の遺産
研究所の手帳に挟まれていた、父の古い写真。
その裏に、小さな走り書きがあった。
“西東京、月影町──鏡花旧邸、地下保管庫”
「……これ、父の手帳よ。間違いないわ」
紗香は震える指で、紙片を見つめながら呟いた。
鏡花誠一がかつて住んでいた自宅。
今は空き家となり、誰も近づかないと噂される場所。
その地下に、彼が“何か”を隠していた。
祐一は軽く頷き、すぐに荷物をまとめる。
「この場所に長居は危険だ。装置の“覚醒”が止まらない以上、ここは一時撤退しよう」
「……そうね。まだ答えが全部出たわけじゃないし」
祐一と紗香は研究所を後にし、東京の西部、月影町へ向かった。
――午後7時、月影町。
住宅街の中に、ぽつんと佇む洋館。
蔦が絡まり、長く放置された気配が漂う。
それでも、門の前に立った紗香の顔は、どこか懐かしげだった。
「ここが……私の育った家」
鉄の門を押し開けると、重い音が響いた。
玄関の鍵は、錆びていたが、まだ動いた。
館内はほこりだらけだったが、誰かが定期的に掃除していたようにも見えた。
まるで、「誰かが来るのを待っていた」かのように。
「地下保管庫は、書斎の床の下よ」
紗香は迷わず足を運び、祐一もその後をついていく。
書斎の中央にある古びた机をどかすと、木製の床板が一枚だけ異なる色をしていた。
ギィ……。
隠された扉を開け、二人は階段を降りていく。
地下は、まるで別世界だった。
コンクリートと金属で固められた密閉空間。
温度調整装置が作動し、空気はひんやりとしている。
そして、中央には……大きな冷却装置。
そこに保管されていたのは、一枚の円盤状の“設計図”と、金属製の箱だった。
祐一が設計図を手に取ると、青白い光が走った。
【認証完了:伊藤祐一、公安職歴によりアクセス許可】
「俺の公安時代の記録が、ここで使われるとはな……」
中に描かれていたのは、「逆石化装置」の構造図。
「これが……石化を解く装置?」
だが、ページの端に書かれた一行が、祐一の目に留まる。
“この装置は同時に“意識の統制”を可能とする。過剰使用は禁忌”
「つまりこれは、単なる治療装置じゃない……」
金属製の箱には、手紙と、カセットテープが入っていた。
手紙は鏡花誠一から、紗香へ向けたもの。
“紗香へ
もし君がこの手紙を読んでいるなら、君はすでに真実の扉に足を踏み入れていることだろう。
君の血は偶然ではなく、私が“選んだもの”だ。
だがその選択は、決して誇りではない。
……私たちはかつて、恐るべき“石化生命体”を利用しようとした。
そして、それに失敗した。
君の中には、“その記憶”が、眠っている”
「私の中に……記憶?」
紗香はその言葉に、頭を押さえる。
ふと、思い出すのは幼い頃、父と“誰か”に見せられた透明な球体。
そして「このことは、決して口にしてはいけない」と言われた瞬間。
「紗香、落ち着け。無理に思い出さなくていい」
祐一はそっと肩に手を置いた。
「でも、これでわかったわ。私たちは偶然じゃない。
祐一さんもきっと、この事件に導かれてきた」
地下保管庫の出口が開いたとき、外は完全に夜になっていた。
二人の背後で、冷却装置が静かに動作を始める。
封印されていたものたちが、少しずつ目を覚まそうとしていた。




