眠れるもの
金属の床を踏みしめるたび、
遠くから聞こえるような「振動」が足元を揺らす。
地下の最深部、B-3エリア。
祐一と紗香は、無人の通路を慎重に進んでいた。
コンクリートの壁は何かに焼かれたように歪み、
天井の蛍光灯も不規則に点滅している。
「……ここだけ、空気が違う。冷たすぎる」
紗香のつぶやきは、確かに正しかった。
温度が異常に低い。吐く息が白く染まり始める。
やがて、二人の目の前に――
“それ”は現れた。
巨大なガラスの培養槽。
中には、灰色の岩のような“何か”が浮いている。
けれどそれは、ただの石ではなかった。
長い尾。鋭利な爪。歯列を覆う骨のような構造。
それは――明らかに、爬虫類の形状をしていた。
「……スピノサウルス……?」
祐一がそう口にしたとき、ガラスの表示パネルが反応した。
【実験体No.1】
【名称:グレイ=スピノ】
【状態:石化中 → 活性化準備中】
【監視コード:D-04】
「石化の源……これは、人間の手に負える存在じゃない」
紗香の声は震えていた。
祐一もまた、目の前の“もの”から目を逸らせずにいた。
この“グレイ=スピノ”が、
ただの復元された恐竜ではないことは、すぐにわかった。
皮膚が岩石のように硬質化し、
脳部に埋め込まれた人工神経のような構造。
それは、科学と――何か“別の理”によって創られたものだった。
そのとき、奥の装置から突然ノイズ混じりの音声が流れる。
『……閲覧者へ。これが、最後の記録となる』
『グレイ=スピノは、人間の“血”を条件にして目覚める』
『D-04型……すなわち、“柚山家”の血を媒介にして』
『私は、自らを石化させることで、この覚醒を止めた』
『だが、それも時間の問題だ。彼らは……研究を続けている』
映像の主――それは、鏡花誠一ではなかった。
執事・野口秀一。
すでに死亡・石化していたはずの、あの男の声だった。
「……彼が、“目覚め”を止める鍵だったのか?」
祐一の思考がよぎる。
けれどそのとき――機械音と共に、培養槽の液体が急速に排出され始める。
「ダメだ、装置が作動してる……!」
【封印解除シークエンス開始】
【グレイ=スピノ:30%覚醒中】
【血液因子“D-04”を検知】
紗香が身を引く。
「わたし……私の血が、目覚めのトリガーに……!」
だが、すぐに祐一が手を掴んだ。
「下がれ、これは……まだ止められるはずだ」
祐一は、装置の緊急電源を探し始める。
その瞬間、グレイ=スピノの“瞼”が、ほんのわずかに動いた。
閉ざされたままの“目”が、うっすらと開こうとしていた――。




