追跡者たち
白坂病院の地下フロア。
割れたガラスの向こうから差し込む強い光と、足音。
それはただの「通りがかり」ではなかった。
祐一の直感が、瞬時に警告を鳴らす。
「紗香、鍵を持って走れ!」
「でも、薫さんは――」
振り返ると、薫の姿はもうなかった。
まるで、あの再会すら幻だったかのように。
だが、手に残された“冷たい金属の鍵”だけが、それが現実だったことを証明していた。
ライトを避け、朽ちた病院の廊下を走る二人。
だが後方からは、複数の足音が迫っていた。
「――対象を発見、追跡を継続する!」
無線の声が反響し、廃墟の静寂が破られていく。
「……公安か、それとも“別口”か」
祐一はかつての公安時代を思い出していた。
この動き――手慣れた追跡、足音の間隔、呼吸。
普通の警察じゃない。
おそらく、国家が極秘裏に動かしている別部隊。
「祐一、こっちに扉が!」
紗香が見つけたのは、倉庫跡に続く非常口。
祐一が振り返ってロックを確認する。
開錠コードを入力するようになっていたが――
「……鍵はこのためじゃない。物理鍵だ」
彼が即座に見つけたのは、古い非常階段の入り口。
そこに、あの“古い鍵”がぴたりと合った。
「開いた!行こう!」
二人は地下階段を駆け下りる。
後方ではドアを蹴破る音。
まるで映画のワンシーンのような緊迫が、現実となっていた。
地下通路の奥――
そこには、かつて病院と繋がっていた“医療研究用施設”の遺構が眠っていた。
床には埃、壁には血痕。
明らかに、ここで何かが「実験」されていた痕跡が残っている。
「……ここが、“研究所”の前哨か」
祐一が辺りを照らすと、壁の一部に剥がれかけたプレートが見えた。
『D-区画:感染研究 / 試験群 No.04』
「感染研究……?」
紗香が震える声でつぶやいた。
「この“区画No.04”って……」
「俺の公安時代、極秘資料で見たことがある。
“人間を用いた耐性試験”、正式には廃棄されたはずの施設だ」
そのとき、地下の奥からまた足音。
「行き止まりか……いや、あれは?」
祐一が壁のパネルを調べると、扉の隙間に“同じ形の鍵穴”があった。
――カチリ。
鍵を差し込むと、扉が軋みながら開いた。
その先は――
研究所へと繋がる地下通路の入り口だった。
「紗香、ここから先は……父親が隠していた“真実”が眠っている。
引き返すなら今だ」
彼女は一瞬迷い、しかししっかりとうなずいた。
「行く。私は知りたい。
どうして自分が“選ばれた”のかを」
扉が閉じると同時に、足音は遠ざかっていった。
まるで、今だけは“運命が味方した”ように。