貴族たちの宴
「モルドーですね」
「誰だっけ」
調査から戻ったツイードは調べてきた内容を報告する。宝を見つけたとパーティーを開いた男を、良いようにこき使っていた者がいるはずだ。その指示からある程度当たりをつけて調べてきたのだが。
よほど重要な相手でない限り、マルセルはあまり貴族の顔と名前を覚えようとしない。こいつは覚えておいたほうがいいなと直感的に判断した者は、すれ違った相手だって覚えているのに。頭の中が平和な者と、筋肉が詰まっていそうな者は興味の対象外だ。
「女王陛下に忠誠を誓っている中でもトップクラスに鬱陶しい奴ですよ」
「あー、思い出した思い出した。馬鹿みたいに大きな剣持ってる奴だっけ」
「それはドルシェ副隊長です」
「えーっと。騎士団の、なんか偉い奴ね」
「全然思い出せていませんよマルセル様。戦いで功績を挙げているので王家からの覚えもいいです。裏で生きている我々を良く思っていないのは想像に容易い。正義の塊みたいな人ですからね」
「一周回ってちょっと好きになりそうだね」
ツイードの説明では、最近海賊退治に力を注いでいるとの事だった。丘と海では当然戦い方は違うが、何故か海賊を次々と討伐して表彰されたり評価が上がっている。女王自ら勲章を授与したらしい。
「海軍は金がかかる、それに出身は結局ならず者ばかりだ。そういった者たちがこの国に仕えているというのが気に入らないんだろう。それで海軍を追い出したら、この先一体誰が海賊を討伐するんだって話なんだけど」
今通じている手段が今後も通じるわけない。海賊はならず者という印象が強いようだが、生きるために戦い戦うために生きている。そこに忠誠などなく、己の為に戦うがゆえに強いのだ。そんな子供だましの戦法、すでに見抜かれて対策をされ始めているに決まっている。そもそも戦術を使い回すなど言語道断だ。
正義に囚われた戦士や騎士が大局を見るというのは無理な話なんだな、というのがシャイルの率直な感想だ。
「筋書きはこういうことかな。宝を持ち帰ったモルドーから宝をベタ褒めされて押し付けられたから買わざるを得ない。偽物だろうなんて言ったらその場で文字通り首が飛ぶわけだからね。そうして海賊を引き寄せて僕らに失敗を擦りつけ僕らは失脚。ついでに自分がその海賊を討伐すれば権力も得られる」
「宝を勧めた本人であれば、宝がどういう形なのかは知っているでしょうからね。最初からあの場にモルドーの息のかかった者がいたのでしょう。宝を買った男はマルセル様が殺さなくても始末されていたということですか」
「まるで子供が描いた絵本みたいな内容だ、頭の中が五歳位なんじゃないのか。俺だってそんな筋書きアホすぎてやらないぞ」
トドメと言わんばかりに実際の子供であるシャイルにそう言われて、マルセルは楽しそうだ。
この国と王家を裏で支えてきた三大貴族。全てが裏の仕事に関わっているのは、噂程度に貴族や有名な家柄の者たちは知っている。三大貴族の中でも頂点に君臨するのはヴェンゾン家だ。
「僕らが失脚すれば他の二つの家が勝手に争うに決まってるから、適当に罪をでっちあげてまとめて排除しようってところなのかもね。そう簡単にうまくいくかなぁ」
「その三大貴族の一つが私の実家なんですけどね。もう一つの家もマルセル様の母君のご実家ですし」
ツイードはやれやれといった様子だ。ツイードは三大貴族の一つであるエスネロイ家出身で、現当主の三男である。家は長男が継ぐし次男はその右腕。兄たちとは十歳以上年が離れている。家の事は兄たちで十分なので自分は何をしようかなと思っていた時、ヴェンゾン家で働いてみないかと誘われたのだ。三大貴族は仲良しこよしというわけではないが、協力体制はできている。
暗躍している一族同士なので、互いの足の引っ張り合いが激しいと勝手に誤解されているが。女王陛下に仕える者たちが足の引っ張り合いをして一体何になるというのか。
「僕らは役割を果たしているだけで権力なんて全く興味がない。権力に取り付かれた人間はそんな事は想像できないんだろうなぁ。とりあえず相手の台本に乗ってやろうじゃないか。どうせ海賊たちも何か舞台を用意しないと海に出られない。僕らが動く前に自分から仕掛けようと襲いかかってくるさ」
まるで最初から全てマルセルが考えた脚本であるかのように。すらすらと何が起きているのかを推察して今後の方針まで決めてしまう。物心ついた時から裏で生きている人間というのはこんなの朝飯前だ。ティータイムの隙間時間に適当に済ませる程度のこと。
ふいにマルセルが笑みを消した。いつも笑みを浮かべているので、真顔になるのはシャイルでさえ滅多にお目にかかれない。
「ツイード、ポケットに何入ってるの?」
「え?」
珍しく驚いた様子でツイードはポケットを探る。そして目を見開き、紙を一枚取り出した。
「いつの間に……」
暗殺者として高い実力を誇るツイードが、物を入れられたことに気づかなかった。これは本人からすれば屈辱であり失態だ。マルセルはツイードがしてやられたことが面白くて仕方ないらしく、口元に小さく笑みを浮かべる。特にお咎めはないらしい。
「つうか、なんで紙が入ってるってわかるんだよ」
シャイルの呆れた様子にマルセルは応えることなくふふっと笑った。ツイードが紙をマルセルに手渡す。本当に紙切れ一枚、二つ折りにされている程度だ。しかし、開いてそれを見たマルセルは珍しく目を丸くする。そして。
「へえ、そっか。なるほど、わかったよ『月の女神の涙』の正体」
「あっそ」
「すっごくどうでもよさそうなんだもんなあ、シャイルは」
「興味ない」
「私は興味ありますね。教えて頂ける内容ですか?」
するとマルセルは紙を目の前に掲げて見せる。その内容を見たツイードは驚き、シャイルもわずかに目を細める。
短い一文。それだけで十分伝わった。そして、最後に「あなたの女神より」というサインと真っ赤な口紅のキスマーク。
「これは美しい。月の女神の涙の美しさが予想以上だ。早く見たい」
珍しく、本当に満足そうに。穏やかな顔で笑うマルセル。シャイルはこんな顔のマルセルを見るのは初めてだ。なまじ彫刻のように美しい顔立ちなので、普段からそういう顔で笑っていればいいのにと思ってしまう。
彼を楽しませることなど、ほぼ不可能なのだから仕方がないのだが。彼を笑わせることができるのは、件の女神様だけなのだろう。
「さあて、忙しくなるね。海賊の討伐と、筋肉馬鹿の始末と、ついでに日ごろキャンキャンうるさい貴族たちも始末しておこうかな。犬はツイードに任せるよ」
「見せしめは必要ですか?」
「いや、いらないな。有名な奴らだけ、頭を目立つところに飾っておいて」
それが見せしめじゃないのか、と思うシャイルだったが面倒なのでつっこまない。彼らにとっては見せしめではないのだ、遊びのようなものなのだろう。彼らにとっての見せしめとはこの程度ではない、ということだ。
「シャイルは僕とおいで、海賊とダンスしに行こう」
「わかった」
「筋肉馬鹿の退治もね」
「それは自分でやれ」
「えー、汗臭そうな奴の相手なんてしたくないよ。まあいいや、さあ」
座っていた椅子から立ち上がるとツイードから上着を着せてもらい身支度を整える。
「Mad Tea Partyのはじまりだ」