Mad Tea Party 1
相手が仕掛けてくるのを待っているつもりはない。むしろ相手が何か仕掛けてきたら、それはもう手遅れと思ったほうが良い。打つ手がなくなってしまう。裏切り者の対応はダイニーに任せて、ドラグは部下たちと合流し歩き始める。
「兄貴、なにするんだ?」
「殴り込み」
その言葉に全員緊張感が走る。この場にいる全員、あの貴族の異様さを目の当たりにしている。自ら他の貴族を殺し、血まみれの場所でニコニコと笑っていたあの男。ドラグが反撃せず撤退の決断をしたのも、それだけ相手の実力の高さを物語っていた。付き合いの長い彼らはそれが言葉で説明されずともよくわかったのだ。
「この間のお貴族様が来るのは間違いないが。さて他の役者は一体誰がしゃしゃり出てくるのやら」
楽しそうではあるが信頼できる部下たちを振り返る。
「お前ら、言うまでもないが。この間の貴族とその仲間には気を付けろよ。深追いすんな」
「他は?」
ハーヴェストの問いかけにドラグは今度こそ楽しそうにケラケラと笑った。
「殺すな。殺さなきゃ何してもいいぞ」
そこでようやく全員に笑顔が戻る。緊張感の中にも仲間を信頼している絆が確かにある。悪党だが、悪党だからこそ絆は深いのだ。
「ダイニーがボコボコにした奴らから聞いたところによると。どうも海賊退治に回ってる偉い家柄のお坊ちゃんが今回の黒幕っぽいな」
利用されていた奴らはもちろんそこまでは知らなかった。ダイニーが情報をもとに調べてくれたおかげだ。貴族も戦士もそういう連中の部下も、権力を持つ者は自分を誇示したがる。下出に出て甘い言葉を言ってやれば面白いほどペラペラしゃべるのだ。
「ダイニーの兄貴、見た目は色男だもんな。立派な服着ると貴族に見える」
「あれ、知らねえのか。あいつは正真正銘貴族の出だぞ?」
「え、そうなの? でもそういえば、過ごし方がちょっと上品かな」
例えば所作。食事の時の食器の扱い、歩き方など。なんだか他の人と違うなあと思っていた。あと語学も堪能で、今ハーヴェストの語学教育はダイニーだ。
「後継者争いがアホらしくてやってらんねえ、って飲み屋で愚痴ってたから俺が船に乗れって誘った。家の財産滅茶苦茶かっぱらってきてくれたおかげで船が頑丈になったんだぜ」
「あははは」
冷静で用意周到なダイニーらしい。
戦いが始まれば船がやられてしまうので、ダイニーは今船に残っている。必ず相手は船を沈めに来るはずだからだ。
「俺たちが討伐できてないのは伝わっているだろう。騒ぎを聞きつけて駆けつけてくるだろうな」
だいぶ作戦が甘かった自分たちをハメた連中。そいつらを野放しにするなど、何の報復もしないなど海賊である自分たちにはありえない。
「貴族の坊ちゃんたちに先に殺されないように気をつけろよ」
落とし前は必ずつける、それが海賊であり悪党の流儀だ。そして同じ……同じと言って良いかどうかはわからないが、それよりもさらに深い闇に存在する彼らもそれは同じだろう。
裏社会や貴族の世界、そして国の事情が絡めば必ず見せしめは必要だ。絶対に責任を取るべき人物が存在しなければならない。
「取り合いは宝だけにしたかったな。なんでむさ苦しいおっさんたちを取り合わなきゃいけないんだ」
ハーヴェストの言葉にその場にどっと笑いが溢れた。
「ナイト、うまくいっているの?」
女王の言葉にモルドーは背筋を正す。誰にも見られることのない屋敷。女王の私物の屋敷だ。メイドが一人しかいない、小ぢんまりとした別荘。
「滞りなく」
「海賊までまきこめなんて無茶を言ってごめんなさいね。でもそろそろ国が変わる時なのよ」
「私も同じ気持ちです。以前はこの国を支えるために汚れ役は必要だったのかもしれませんが。他の国との争いが激化していくであろう今の世には、もはや不要です」
功績をあげている中、女王から示されたのは命令ではなくゲームの誘いだった。成功すればこの国の発展になるし、失敗すれば破滅となる。
あまりにも力を持ちすぎた三大貴族の均衡をそろそろ崩すべき時が来たのだと。そういう話をされてモルドーは考える間もなく返事をした。自分にお任せくださいと。
「忘れないでちょうだいね。私はあなたを庇う立場じゃない。あなたが失敗してもそれはそれで構わないのだから」
「承知しております」
「そうそう、あの子から報告が来たわ。今回の騒動、『チェシャ』に任せるそうよ」
不思議の国のアリスの登場のキャラクター名にちなんだ者がファミリーの一員だ。ずっと空席だったチェシャ猫のポジションが埋まったと知ったのはつい最近。しかもどんな者なのか、どれだけ調べても姿を確認できなかった。




