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月の女神の涙  作者: aqri
月の女神の涙
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15/19

女王の見据える先

「一度だけ許してあげるわ。早く戻って私の命令を遂行しなさい」

「なんでしたっけあなたのお願い」


 普段ならこんな茶化すようなことを言わないというのに。女王はわずかにピクリと眉を動かす。


「ドラグ海賊団を生け捕りにすること。そう命令したはずなんだけど、あなたらしくもなく時間がかかってるじゃないの」

「生け捕りってやったことないから難しいんですよね。なんでわざわざ生け捕りにするんです、殺した方が手っ取り早いのに」

「同感だなあ!」


 二人の会話に割って入ったのはドラグだ。いつの間にかすぐ近くまで来ていた。女王の近くに海賊をいかせてしまうなど、この場にいる戦士たち全員の大きな失態だ。


「なんでこんなまだるっこしいことをやりやがる。筋肉バカを使ってそこの坊ちゃんを陥れようとしているにしても、なんかやり口がムズムズすると思ってたが。俺たちを殺すんじゃなく生け捕りが本来の目的か」


 斬りかかって来た戦士を一人斬りつけて思い切り蹴り飛ばした。そしてその戦士が使っていた剣を壁に突き刺すと、それをバネにするかのように思いっきり踏みつけて大きくジャンプする。女王とマルセルがいる二階の手すりに着地した。ワーオ、とマルセルは手を叩いた。

 その様子に慌てたのは戦士たちだ。慌てて駆けつけようとすれば、海賊たちが邪魔をして近づくことができない。

 殺すな。不思議な指示だったが、ドラグは必ず後始末を考えて指示をしている。それを忠実に守っていたが徐々に戦士たちの動きが鈍くなってきた。女王の言ったこと、初耳の様だ。討伐するのが命令だと思っていたのに、貴族への命令は生け捕り。正反対の指示に困惑しているらしい。なるほど聞かせるためか、とようやくわかった。


「なんだなんだ、欲しいお宝でも俺たちが持ってるってか?」


 その瞬間、マルセルがドラグに小型の銃を向けていた。マスケットのような大きな銃ではない、手のひらと同じくらい小さな銃だ。今まで見てきたどんな銃よりも一番小さい。袖の中に隠していたのだろう。


「初めて見るなそれ」

「服に隠せる銃を作ってよって頼んだら、職人が泣きながら作ってくれたんだ。いいでしょ」

「くれ」

「あの子と交換ならいいよ」

「じゃあいらねえ」

「あはは、すごい価値だね彼。これ一個で屋敷一つ買えるんだけど」

「仲間の命は金に換算するもんじゃねえよ。命に価値なんざあるわけねえだろ。価値っていうくくりに入ってないんだからな」

「言い得て妙だ。好きだな、そういう考え。反吐が出る」

「お褒め頂き光栄だ、分かり合えなくて安心したぜおぼっちゃま」


 ドラグが剣を振るうよりも、マルセルが引き金を引く方が早い。見たところあまりにも小さいので飛距離はほとんどないだろう。殺傷能力は高くなさそうだが、この状況では一発でも撃てれば十分だ。人は頭と心臓に弾が当たれば死ぬのだから。

「んで? ごうつくばりの婆さんは何が欲しいんだ。今教えてくれれば船から取ってきてやるぞ」


 笑みを消して訪ねてくるドラグに、女王は口元に笑みを浮かべる。


「その手には乗らないわよ。それを口にしたら、それを優先的に壊すつもりでしょう」

「俺も時間稼ぎには乗らないね。船の仲間を人質にでもするか? 俺たちが戻らなかったら船を完全に燃やしておけって仲間に伝えてある。海で生きるのをやめたら山賊になるから心配すんな」


 その言葉に女王が笑みを消した。そして大きくため息をつく。


「海の上でも燃え続ける火薬、あなたたち持っているそうね。あなたたちに潰された海軍の生き残りが教えてくれたわ」


 目を疑ったという話だった。海の上がまるで草原のように燃え続けているのだ。水をかけても海水をかけてもその火は消える事はなく海軍はなすすべなく壊滅した。海に逃げても焼け死ぬというあり得ない光景が広がっていたという。

 海を漂い続け何とか漁船に拾い上げられた一人の兵が、女王に報告したその内容は信じられないものだったが。しかし屈強な戦力を誇った海軍の全滅は確かだった。大砲、乗っている人数の多さ、持っている武器。何もかも全て海賊の上を行くものだったというのに。

 たった一晩で五倍以上の戦力だった海軍は全滅した。それを納得させるだけの理由だった。


「あー、あれね。紙面に残したら勝手に盗まれそうだから、俺を含めて一部の奴しか製法を知らないなあ」

「つまりお前一人いればこと足りるということね」


 この場にいる全員を殺してしまってもかまわない、とマルセルに伝えているというのがわかる。しかしマルセルは動こうとしない。ちらりと見れば、子供のように不満そうに口をとがらせていた。


「そんなものが欲しいんですか? 火薬は一歩間違えば味方にも被害が大きい。良いじゃないですか、この先も戦は兵士に任せれば」

「お馬鹿さん。今や長距離は船で移動するのが当たり前。海を制した者が世界を制するのよ。海軍に力を入れなければこの国が輝き続ける事はありえないわ。国外の対策を優先的にしなければ意味がないでしょう」

「そうなると、船の戦いでは剣は使えませんよ。ますます銃が主流になる」

「当然でしょ。一体いつまで古臭い戦い方にとらわれているのかしら。剣で戦っていたら戦が長引いて決着がつかないわ。訓練しなければまともに戦える人間が育たない。でも銃は使い方を覚えれば子供だって人を殺せるの。この国が強くなるには海の武力向上と銃が絶対に必要なのよ」

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