スカウト
王国の都ホリヌス。レオに占領された都は以前の輝きを失っていた。
昼でも通りを出歩いている者はおらず、晴れていてもまるで雨の日のように暗く憂鬱な雰囲気が漂う。居酒屋だった場所は空き家に代わり、貴族の邸宅の庭は手入れもされず草が生い茂っている。何を食べているのだろう、丸々と太った野犬が闊歩している。
以前は貴族の子弟や商人、各地から集まってきた職人たちで賑わっていたが、今はみんな故郷へと逃げていってしまった。彼らのような地方からやって来る客を相手に商売していた市民たちは皆困窮し、都の中心でも白昼堂々と強盗が行われるほど治安も悪化している。
冒険者ギルドは閉鎖され、多くの冒険者たちが行き場を失った。彼らの多くは出稼ぎに来ていたため、故郷に帰らざるを得ない。都の雑務や治安維持を担当していた彼らがいなくなることも、都の混乱の大きな要因であった。
冒険者はパーティを組んで行動することが多いため、多くのパーティが解散する事態になる。そのため、あちらこちらのパーティでトラブルが起きていた。
「おい!待ってくれよ!もう少しの辛抱じゃないか?」
「ダメだ。ここ2か月の間全く仕事がないんだぞ。」
「もう少しで冒険者ギルドも再開するって!」
「そう信じて2か月も待ってきた。だけど貯金も底をつきそうだ。俺はこの世界のどこででも仕事ができる自由さに憧れて冒険者になったんだ。冒険者ギルドが閉鎖された王都にこれ以上留まる理由がない!」
「でも、、、」
「いい加減にせんか。」
「あっ。師匠!」
「本人がそこまで言うのなら、行かせてやれ。」
「師匠。お世話になりました。」
「ああ。体に気をつけてな。」
国中の冒険者たちから師匠と呼ばれている老人を中心とした冒険者パーティ。ここのパーティはホリヌスで1,2を争う実力であったが、一人抜け、二人抜けて最後には二人になってしまっていた。
「師匠、、」
「お前は故郷はどこだ?」
「ロンドン男爵領です。」
「それならば中央の混乱の影響もさほど受けていないだろう。とりあえず故郷に帰りなさい。」
「師匠はどうされるのですか?」
「わしか?わしはもう歳だからどこかでゆっくりと隠居をするか。」
「ご冗談を。1級冒険者がそう簡単に引退されては困ります。」
「まあしばらくはゆっくりとするわい。」
最後に残った冒険者が振り返り振り返り帰って行くのを見送っていた老人は深くため息をついた。
「冒険者たちを指導する活動で余生を過ごそうと思っていたが、ついに一人になってしまった。残ったのは名誉だけ。さて、これからどうしようか。」
すると後ろから声をかけられる。
「ポーロ殿。」
名前を言われた老人が振り返るとマントを羽織った女が立っていた。
少女とまではいかないがかなり若く、男装をしているところを見ると冒険者だろう。女冒険者も結構いるが、彼女らの多くは機能性から男装していることが多い。
「1級冒険者のポーロ殿でしょうか。」
「そうだが。君はわしの知り合いかね?」
「いえ。今初めてお会いしました。」
「だったら最初に名乗りたまえ。わしは君を知らな、、」
ポーロはそこまで言いかけてセリフが止まる。彼女の首に2級のバッジが掛けられていたからだ。
「いや。知っておる。と言ってもあだ名の方だがな。確か”異次元の冒険者”と呼ばれていたな。」
「1級冒険者様に覚えていただき光栄です。2級冒険者のリシュ―と申します。」
「その若さで2級冒険者など大陸中探しても一人しか知らない。忘れたくても忘れられんよ。」
「せっかくです。一杯どうですか?」
どうしてリシュ―が都にいるのかを尋ねようとしたが、リシュ―は先手を打ってポーロを酒に誘った。
王国の都でもここ数か月で居酒屋は激減していた。冒険者たち御用達の店も潰れており、二人は苦労して探した後、ひっそりと開いている店を見つけた。
「それでこの老いぼれに何の用かな?」
乾杯をしてしばらく黙って酒を飲んでいたが、ポーロが本題に入るとリシュ―は姿勢を正して向き直った。
「私は今、ウォーデン男爵にお仕えしているのですが、男爵が新しく冒険者学校を設立することにしました。未熟な冒険者を教え導くことができる人物を探していたところ、ポーロ殿の存在を思い出しまして、こうしてお声をかけたのです。」
リシュ―はポーロに酒を注ぎながら言う。
なんでもウォーデン男爵がミカンダに新しい学校を作るため、そこの先生としてポーロに白羽の矢が立ったらしい。
「ほう教師か。だが、わしは冒険者一筋。誰かに教えるのは、、」
「たくさんのお弟子さんに慕われているポーロ殿が何をおっしゃいますか。その実力のほんの少しだけでも後進の指導に当てていただければ。」
「そうだなあ。」
ポーロはのらりくらりと会話をする。
----ミカンダか。確かに商人貴族が統治者になってから開発に力を入れていると聞いているが、それでも限度があるだろう。確かに若い頃は人が誰もいないような地方でも必死に活動していたが、余生は都のような人がたくさんいる場所で過ごそうと思っている。スカウトしてくれるのはありがたいが、いまさら残り少ない人生を田舎で過ごす気にはならんな。
リシュ―はポーロの応答からどうにもならないと感じたのだろう。しばらくするとスカウトを諦めて冒険者としての会話を楽しんだ。
「すまんな。断ったのに奢ってもらって。ウォーデン男爵にお礼を言っておいてくれ。」
店を出るころにはポーロはすっかり酔ってしまった。やはり若い女に酒を注いでもらうと酒が進む進む。リシュ―に抱えられながらフラフラと外に出る。
店の外には複数の男がいた。人通りの少ない場所で何をしているのか。
「老人と女か。」
男の一人がボソッと呟いた。
リシュ―もポーロも自分たちのことだとすぐに分かった。がに股で座っていた男たちが立ち上がり、二人の行く手を遮る。
「おい、そこのお前ら。金目のものは置いて行け。」
男たちは剣を抜いた。
「以前王都に来た時はこのような経験はしなかったのですが。」
「王都の治安も地に落ちたな。」
二人の酔いはあっという間に醒めた。
男の一人がリシュ―に近寄る。女だと思って侮っているのだろう。
「さっさと金目の」
そこまで言った男の首が飛んだ。リシュ―が剣を抜いたのだ。
「わしはまだ酔っているのか、、?」
ポーロは思わずつぶやいた。リシュ―の抜刀が全く見えなかったからである。
「、、っ!てめえ」
残りの男たち、、6人がリシュ―に一斉に襲い掛かる。しかし、その時にはポーロも既に剣を抜いていた。
10秒後には男たちは皆瀕死になって地面に転がっていた。二人とも冒険者だったからか、コンビネーションがしっかりと決まり、うまく戦うことができた。
リシュ―は剣についた血を拭きながら満面の笑みで言う。
「いやあさすがはポーロ殿です。やはり諦めたくありません。是非ミカンダへ!後進の指導をお願いいたします。」
「だがなあ。」
「王都が安定するまでの半年、いいえ半月で構いません!是非お願いします。」
絶好のチャンスだと思ったのか、リシュ―は一層熱心に誘ってくる。ハードルもどんどんと下がってきた。
ポーロは短期間ならいいかもしれないと思い始めていた。どうせ都にいても仕事がないのだ。せっかく誘ってもらっているのなら、お言葉に甘えていいのではないか。
それに、、、
リシュ―の抜刀の速さは今まで見た中で一番速い。そんな彼女が仕える君主とはどのような人物か、一度見てみるのもいいだろう。
「そこまで言うなら。」
ポーロが頷くとリシュ―は大喜びで飛び上がった。クールな印象だったが、笑顔を見ると少女のようなあどけなさもある。
だが一つだけ引っかかったことがある。
ポーロは気が変わらないようにと早速ウォーデン家邸宅に連れて行こうとしているリシュ―に尋ねた。
「ああ。リシュ―君といったか?最後に一つ聞きたい。、、、わしと君が襲われたのは偶然かね?」
一つテンポが遅れてリシュ―は振り返る。彼女は笑顔のままだ。
「ふふっ。おかしなことをお聞きになる。王都の治安が悪化したと言っていたのはポーロ殿ではありませんか。それにボクのヤラセだとしたら、この賊を殺しはしませんよ。」
「それもそうだな。」
もしヤラセだったら、さすがに賊を殺さないだろう。ポーロは自分の考えすぎだと思い直し、リシュ―の後ろを付いて行った。




