ウォーデン家会議
アークはハングら商人をクライツ男爵領に送り届けた後、ミカンダに戻ってきた。敗戦の混乱の中だったが、アークの撤退の判断が早かったこともあり、ウォーデン軍は犠牲を出さずに戻ってくることができた。
アークはこの敗戦が王国の運命を大きく変えることになると確信していた。具体的には王室の権威の失墜と、それによる貴族たちによる弱肉強食の世界の到来である。アークは領主として、この荒波を切り抜いていくことが求められるのだ。
「、、、アーク様。全員揃いました。」
「分かった。」
政府軍の敗戦から1か月、レオが王都に入城し、王国全土の混乱が収まらない中、アークはウォーデン領の幹部たちを第1都市の邸宅に集めた。兄妹のイアンナ、テュール、ミネルヴァ。そしてグセルブ、ラゴンヌ、リシュ―といった各都市の町長だ。
「みんなに集まってもらったのは他でもない。今、王国で起こっていることを共有し、ウォーデン領の選択すべき道について話し合うためだ。」
アークが話し始めるが、出席者たちは戸惑ったような視線を向ける。アークの隣に見慣れない女性がいるからだ。しかし、身につけているネックレスやピアスを見ればわかる人は分かるはずである。ユナやウルトが身につけているものと酷似しているのだ。そう、彼女はシービ教団から派遣された者だ。
「ウォーデン家の人間は知っていると思うけど、こちらはリナさん。シービ教団の幹部の一人だ。いつもウォーデン家とシービ教団の間にはユナやウルトが入っているが、今回は情報量が膨大だからリナさんに直接話してもらう。」
アークは彼女を出席者に紹介した。麻でできた教団の簡素な服を着ている彼女はとても若々しいが、教団の幹部ということで年齢は三十路を越えているはずだ。「リナさん」とさん付けで呼ぶ。
リナは幹部ということでユナらとは異なり直接情報を収集しない。ユナを含めて王国全土に派遣されている教団員から上がってきた情報をまとめ、全体図を分析するのが彼女の役目だ。おそらく王国の中で最も「神の視点」に近い目を持っている。
「まず、前王であったゼロルドが亡くなりました。」
開口一番、あっさりと言われた言葉にみんながどよめく。
リナは重要なことから話していくらしい。もちろん報告としてはそれで正しいのだが、あまりにも唐突過ぎて驚いた。
「確かに遺体が見つかっていないことから確実ではありません。しかし、商人の情報網、王都の情報網、貴族の情報網、近隣諸国の情報網のどこにもゼロルドの生存が確認されておりません。戦火の混乱の中で命を落としたと見るのが確実でしょう。」
前国王が死んだ。これだけで1週間は考える時間が欲しい。レオに対抗する勢力は誰がまとめるのか。貴族と皇室の関係は。皇室の威厳はどうなるのか。
しかし、リナは考え込むアークを待ってくれず、淡々と続ける。
「レオは王都に入城した後、そこに留まり続けています。他にもカサブランカとマリーの二人の王族も王都にとどまっています。」
「マリー、、、王女は無事なのですか?」
「今のところある程度の自由は保障されています。」
思わずアークはマリーの安否を聞いてしまう。ハバロフ招集の時に一度だけ関係を持った王女のマリー。末っ子であることに加えて、優しい性格で王には向いていないため、兄弟たちの権力闘争に巻き込まれる恐れも少ない。しかし、何しろ相手はあのレオだ。自分の妹に手をかけることなど平気でするような男を相手にして無事でいればいいが。
あの時王都に同行していたミネルヴァ以外は怪訝な顔をする。なぜアークがマリー王女の心配をするのかと。しかしリナが気にせずに話をつづけたため、そのまま進行していった。
「話が逸れました。現在、流通網が狂ってしまった結果、物資が入って来なくなった王都の治安が急速に悪化しており、非常に危険な地域になっています。住人たちも次々と逃げ出し、20万人ほどいた人口が半分の10万人になっています。逃げ出した人々の多くは難民となり、近隣の貴族領にも混乱が広がっているようです。」
リナは続ける。
「王族の中で唯一逃げ出したルイは選帝侯の一人であるラシアン選帝侯に匿われています。そして、レオを逆賊として討つために大貴族たちに極秘で連絡を送っている模様です。」
「なるほど。ルイとレオの国王の座を巡る争いと考えれば理解しやすいな。ということは、どちらかが倒れるまで王国の内戦は続きそうだ。」
テュールが言った。確かにこのままレオが国王になることはあり得ない。ルイとカサブランカが抵抗するのは目に見えているし、もし仮に二人が屈服させられても貴族が黙っていないだろう。要するにレオとそれ以外のデスマッチなのだ。
「リナさんありがとう。テュール兄さん意見もその通りだと思う。そこで、これからのウォーデン領の経営戦略についてみんなの意見を聞きたい。」
「その前に、それぞれの現状について教えてくれる?私はずっと第3都市にいたものだから、他の都市の状況が分かっていないの。」
「そうだな。じゃあ各都市ごとに現状報告をしてくれ。」
第3都市の工業化に専念していたイアンナの要望で、まずは各都市の現状報告から入ることにする。各市長たちが緊張した面持ちで報告を始めた。
第2都市のグセルブからは順調に農耕が進んでおり、新たな農場の開墾も積極的に行っているとの報告を受けた。
第3都市は徐々に工業都市化へと進んでいる。工業都市になるにつれて王国各地から呼び寄せた職人たちが続々とやって来ている。現地民との調和に不安が残るが、イアンナが第3都市に留まって町長のラゴンヌの補佐をしているから大丈夫だろう。
第4都市は都市の建設という一大プロジェクトであるが、リシュ―の下で商人も冒険者も協力して順調に進んでいるようだ。アークはリシュ―の指揮能力を信頼しているので、第4都市は財政の心配だけである。
「一応、各都市順調のようね。」
「では改めて。ウォーデン領のこれからの戦略について意見を聞きたい。」
イアンナが頷いたのを見てアークは本題に入った。




