入城
「よし、テメエら整列だ!入城するぞ。」
レオの軍は都ホリヌスの前にまでやって来た。政府軍をボコボコに打ち破った後、貴族たちは散り散りになって地元へと逃げかえったため、レオはたいして大きな抵抗を受けないままここまで来ることができた。確かに通過することになった土地の領主や有力者は何とかして抵抗しようとしていたが、圧倒的な数を持つ政府軍を破ったレオにとっては障害と呼ぶ気にもならないほどの相手であった。
政府軍の敗走を知った都では大混乱になり、都の人々はレオの襲来を恐れて逃げ出し、レオは戦闘無くして都を陥落させることができたのだった。
「えらく人が少ないですね。以前はもっと活気があったはずですが。」
「そんなの僕たちを怖がっているからに決まってんじゃ~ん。みんな家に閉じこもっているんじゃないの~」
レオのすぐ後に続く、クーレオやレオポルドがいぶかしげに会話をする。金持ちたちは都を逃げ出し、行く当てのない貧乏人たちは目立たないようにひっそりとしている。電気を消し、窓や扉を閉じて居留守を使っている家ばかりだ。
レオ軍は戦いによって3千人ほどになっていたこともあり、せっかくの入場行進は見物人もおらず、ひどく寂しいものになってしまった。
「不愉快だ。」
レオが言った。
部下たちは押し黙る。確かに民衆からは全く歓迎されていないが、不愉快と言ってもこればかりはどうすることもできないだろう。
ぶつぶつと呟いていたレオだったが、一ついい方法を思い出したように頷くとクーレオの肩を叩く。人への仕返しだったり、自分に歯向かうものへの仕打ち。このような場合、レオの頭は天才と同じくらいにフル稼働を始めるのだ。
「おい、道沿いの家を全部燃やしてしまえ。」
「はい?」
「二度言わせるな。聞こえてるだろ。」
「は、はい!」
思わず聞き返したクーレオだったが、レオの一睨みで慌てて頷いた。せっかくの首都陥落なのに不機嫌なレオの八つ当たりにあうわけにはいかない。
こうして、レオの軍隊は街道の側にある家を次々に燃やし始めた。運悪く、その日は乾燥していたこともあって建物は勢い良く燃え始める。
住人が本当に逃げ出しており留守の家もあったが、一般民衆のほとんどは逃げるあてもなく住み続けていた。そのため、燃え盛る家から次々に逃げだしてくる。家が密集しているため、安全のために街道側に逃げてくるしかないのだ。
そして家が次々に燃えるにつれて、周辺の人々が野次馬として様子を見に来る。家に閉じこもっていた人々があっという間に街道に溢れるようになった。
集まってきた人々を見てレオは途端に満足げになる。燃え盛る家から助けを求める声が聞こえても、歓声と同じにしか思っていなかった。そして、恨めしそうに見てくる民衆たちから目のついた一人をあっさりと殺し、怯える民衆たちに歓声を強要させた。
「ひゃひゃひゃ!出てきた出てきた。これからラプラスの新王になるレオだ。顔は覚えておけよ民衆ども。」
こうして無理やり盛り上げた入場行進が終わると、レオは軍隊を解散させ、わずかな部下たちと共に王宮に入った。
王宮はがらんとしている。当然だ。王宮にいる人間は政府側の人間。つまりレオと戦った連中になるわけである。このまま王宮に残っていても殺されるだけであるので、ある者は仲良しの貴族の元を頼り、ある者は放浪の旅に出るなどして逃げ出していた。
そんな王宮であったが、一人だけレオを出迎えるものがいた。大宰相のルーベルであった。
「お久しぶりです。レオ様」
「おおルーベルか。久しぶりだな。」
レオは頭を下げるルーベルに手を挙げて答えた。10年以上共にいるにもかかわらず、いまだに名前を覚えてもらえないクーレオがレオの後ろで見えないように不満気な顔をした。レオが数年間会っていないルーベルの名前をすぐに言ったからだ。
「お前はどうして逃げなかったのだ?」
「私が逃げても助けてくれる貴族なんておりませんから。」
「ひゃひゃひゃ。そうかそうか。」
レオはルーベルが嘘を言っていることはすぐに分かった。確かにルーベルは王室に仕えて、貴族の力を抑え込もうとしていた立場である。そのため、彼を助ける貴族はまずいないだろう。しかしそうでなければ、つまり貴族に頼らないのであれば、彼はどこへでも行けたはずだった。それにもかかわらず、こうして王都に残り、レオを出迎えたというのは彼なりの覚悟があるのであろう。
「ルーベル。お前は確か大宰相だったな。」
「さようでございます。」
「引き続き大宰相をやってもらう。俺は王にはなりたいが、政治なんかまったく興味がない。すべてお前に任せる。これまで通りの平凡な日常を過ごせ。」
「かしこまりました。」
レオは引き続きルーベルを大宰相に任命した。父と同様に彼もルーベルの能力の高さを認めているし、レオには権力欲はあるが、実際に政治を行う気持ちはさらさらない。面倒くさい政治に関してはルーベルに放り投げるのが適切だ。
続いてレオは一族の消息の確認に移る。
「俺の大事な大事な家族たちはどうした?」
「それが、、、ゼロルド様はまだ帰ってきておりません。」
「ゼロルド、、ああ親父。親父は死んだか。」
父の名前すら覚えていなかったレオは、ゼロルドという名前に少し沈黙をしたが、その後感慨深そうにため息をついた。
ゼロルド1世は死んだ。おそらくだ。
レオとの決戦において総崩れになったゼロルドは近衛兵たちの必死の奮戦によって戦場を離脱していたが、王都に帰り着くことはなかったという。レオは先に進むことしか目になかったので、父を討ち取るつもりはなかった。また、兵士の誰かが父を討ち取っていたらレオのところまで報告が来るはずである。そんな報告がない以上、父が戦死したとは考えにくかった。
おそらく敗走の混乱時に馬から落ちて逃げる兵士たちの下敷きになったか、豪華な装備品を目当ての夜盗に襲われでもしたのだろう。いずれにしろ一国の君主としては最低な死に方である。
「ルイ様は都を脱出した貴族の誰かに匿われております。」
国王のルイは王都を脱出して貴族に助けられているらしい。国王として情けない話だ。まあ、その原因を作った張本人であるレオが思う話ではないが。
「マリー様は教会に匿われていまして、カサブランカ様は、、その、王宮に留まり、向こうの部屋に」
少しルーベルが言いよどんだのも無理はない。てっきり王族たちは王都から逃げだしていると思ったが、逃げていたのはルイだけでマリーもカサブランカも王都に残っていると言うではないか。しかも、カサブランカに至ってはこの王宮にいるのだ。
次の瞬間、レオはカサブランカの部屋の扉を蹴破っていた。
「カサブランカアアアアアアアア」
「そんなに大声出さなくてもここにいるじゃない。」
満面の笑顔であるレオとは対照的に、親衛隊に囲まれながら椅子に座っているカサブランカは愛想のかけらもないムスッとした仏頂面だった。
「これから久しぶりの兄妹の再会だ。お前らは失せろ。」
レオは付いてきた部下を蹴飛ばした。クーレオもレオポルドも慌てて部屋から出て行く。
「カサブランカ様、、」
「あなたたちもいいわ。下がりなさい。」
カサブランカの方も、不安げに彼女の周りを囲んで警備している親衛隊員を下がらせた。
みんな部屋から出て行き、上機嫌なレオと不機嫌なカサブランカだけが残った。
「久しぶりだな、嫌われ者。」
「用件があるなら早く言いなさいよ、狂人。」
レオがからかうとカサブランカも負けずに言い返す。
「そんなつれないこと言うなよ。久しぶりの兄だぞ。」
「別に久しぶりでもあんたと話すことはないし。」
「弟はさっさと逃げだしたそうじゃないか。どうしてお前は逃げなかったんだ?ああそうか。お前は貴族連中から一人残らず嫌われているし、誰も匿ってくれないからな。確かにこれでは逃げたくても逃げられないな。」
レオの言葉にカサブランカの顔が凍り付く。まるでピキッと音がしそうなくらいに怒りに火が付いた。ルイと違って貴族と対立姿勢にあるカサブランカを匿ってくれる貴族がいなかったのは本当である。
「お、弟の名前はルイよ。いい加減覚えなさい。」
カサブランカ怒りに震える声で言ったが、反論になっていない。
「あれ?何か怒るようなこと言ったか?俺は事実を言っただけなんだが。それに貴族から嫌われているというのはお前からしたら本望なことで、別に怒ることではないはずだよなあ。」
「そうよ。別に怒っていないもの。」
真っ赤な顔で必死に落ち着こうとしているカサブランカを見て、レオはますます面白おかしそうに笑った。彼にとって妹は最も楽しめるオモチャだった。臣下と違って言い返してくるし、他の兄弟と違って一歩も引かない。
「ひゃひゃひゃ。お前は見てて面白いな。」
「それやめて」
「?」
「あんたの笑い方。気持ち悪くて背筋が凍るから。」
「ひゃひゃ。弟と違って、貴族に置いてきぼりにされて不機嫌なのはしょうがない。だが、お前もそろそろ受け入れろよ。」
レオは当てつけのようなカサブランカの苦情をスルーしながら、馴れ馴れしくカサブランカの肩を叩く。もちろん、気安く誰かに触れられることが彼女にとって最も忌避することだと知っているからだ。
「いい加減にして!」
あまりの仕打ちに怒りが爆発したカサブランカがレオを殴ろうとしたが、彼はあっさりと彼女の拳を掴み止めた。そして、耳元で囁く。
「お前は俺にそっくりなんだよ。自己中心的なところとか、目的のためなら手段を択ばないところとかな。」
「あっそう。反吐が出るわ。」
カサブランカは顔を背けながら吐き捨てるように言った。




