マリーと祭り(6)
「あのマリー、いやマリー様。ご冗談を、、」
「先ほどまで呼び捨てにしてくれたのに。」
アークが焦って確認すると、マリーは不満気にそう言った。
「マリー様はご婚約をされているではありませんか。」
「まだ婚約です。結婚はしておりません。」
「しかし、他人の妻になる女性に手を出すことはさすがにできません。」
「あら、男性はそういうのが好きだと侍女のベティが。」
ベティって誰だよ。純情な王女様になんという侍女が仕えているのか。
確かに他に男がいる女性を口説くことはやぶさかではない。アークは商人という立場上その様な女性と関わる機会が多かったこともあり、何度かそのような経験を致したこともあったが、相手が侯爵家と婚約中の王女となれば話は別だ。
さすがに「一晩お借りします」では自分だけでなく、ウォーデン家そのものの存続が危ない。
しかしマリーはグイグイと迫ってくる。もう既に恥ずかしさの壁を越えて吹っ切れたのだろう。
「今は将来の夫なんて関係ないでしょう。私とアーク様の間のお話です。」
「そういうわけには、、」
「秘密は守ります。このことは誰にも話しません。」
「しかし、マリー様のお父上である国王陛下に顔向けが、、、」
「もう!」
なるべく失礼にならないようにのらりくらりと避けようとするアークに対して、マリーが苛立ったように声をあげた。そして、押し倒されて下に敷かれているアークを失望したように見下ろしてくる。
「あなたも私のことを『王女マリー』と見ているんですね。先ほどまでただの『マリー』として見てくれていたのに。」
マリーは悲しそうに俯く。
アークへの誘惑が失敗に終わったことではなく『王女マリー』として扱われたことに対して、現実に引き戻されたように感じたらしい。
それはまるで遊んでいる子供の手を引き、自宅に帰るときの母親のような罪悪感だ。
「もう夢の時間は終了ですか?」
「、、、、、」
「私は『王女マリー』に戻らなければいけませんか?」
「、、、、、」
気まずそうに目をそらすアークの頬にマリーの涙が零れ落ちた。
マリーは静かに泣き始めた。子供のように駄々をこねるのではなく、自分の境遇を理解し、半ば諦めているようでもあった。
アークはマリーを抱きしめた。そして優しく口づけをする。
マリーはびっくりして体を震わせたが、すぐに腕を回してきた。初めてで緊張しているのか少し体が震えている。それをアークは優しく包み込んだ。
しばらくして、息が続かなくなって口を離す。
「できるのはここまでです。」
最後に情熱的な口づけをして終了。
アークはそう思っていたものの、見通しが甘かった。マリーの涙は止まらなくなる。
「意気地なし。私の覚悟は決まっていましたのに。」
マリーは立ち上がり、フラフラと歩き出す。城壁の上で危険だったので、アークは慌てて彼女を支えた。
マリーは城壁の外を見た。
郊外には明かりもなく、森や原っぱが漆黒に飲み込まれている。
「本心を言えば、私をこのまま連れ去って欲しいのに。この闇の中へと連れ去って欲しいのに。」
マリーはアークをじっと見る。涙にぬれて光っている瞳がとても綺麗だった。
「私は愛を見つけました。アーク様。私は貴方を愛しています。誰のものになろうと私の心は貴方の側にあります。」
「マリー、、、」
健気に告白してきたマリーにアークは思わず抱きしめてしまう。
こんなに自分のことを想ってくれる人はいただろうか。純粋に恋をしているマリーを見て、アークは彼女がとても愛おしく思った。
「前言撤回です。もう少しだけマリーに一緒に居て欲しい。」
アークはそう言いながら彼女の柔らかい唇に深く口づけをした。




