マリーと祭り(4)
「金だよ。金を出せ。」
男たちが凄んでくる。
ただぶつかっただけでなぜそんな思考になるのかアークには全くわからないが、とにかく彼らは金銭を要求していた。
「ぶつかっただけじゃないか。そこは謝るけれど、金は関係ないだろう。」
「お前じゃなくてそこの女に言っているんだ。」
男たちは間に入っているアークを無視して、マリーに向かって脅しをかけている。
そのうちの一人がマリーの体を舐め回すように見た後、下品な笑みを浮かべて言った。
「ああ。そうか。金がないなら体で払ってもいいんだぜ。」
マリーの正体を知っている者が聞いていたらそれだけで首が飛ぶような発言だ。マリーはこんなに下品な言葉は生まれて初めて聞いたに違いない。しかし、今のマリーは王女ではなくてあくまで一般人。野次馬の中から助けてくれる人が現れる可能性が低い中、アークが自力で解決する必要があった。
「さっきから言っているけれど、金を払う必要がどこにあるんだい?ぶつかっただけじゃないか。」
「金か体かどっちか選べよ。」
「おーい俺を無視しないでくれ。」
「さっきからごちゃごちゃうるせえな!お前は黙ってろ!」
アークを無視しながらマリーに向かってしつこく言ってくる男に対して、”無視されていることを無視”して話しかける。そんなアークに男も頭に血が上ったようだ。一転してアークを睨みつけると殴りかかってくる。
計画通り意識をこちらに向けた。あとはこの状況を利用して男たちをボコボコに、、、
「あらっ?」
アークは少し後ろにいたマリーのところまで吹き飛ばされていた。相手の力を多少は受け流すことができており、痛みはあまりないものの強い衝撃がある。
相手は冒険者か剣闘士だろうか、予想以上に力が強かった。
しかしそれだけではない。
アークの体が鈍っているのだ。
もともと商人としてある程度の護身術は体得していたはずなのだが、それでも吹き飛ばされてしまった。攻撃を受けてカウンターで返り討ちにするという計画はご破算になってしまう。
あっさりと吹き飛んでいったアークに男たちは一気に侮る顔になった。
「なんだお前、めちゃくちゃ弱えな。」
「そりゃどうも。」
男たちはまず男のアークから片付ける気になったらしい。ニヤニヤしながら近づいてくる。アークは後ろに隠れているマリーに囁いた。
「マリー様。こうなったら逃げましょう。」
「逃げるのですか?私今から衛兵を呼ぼうと思っていたのですけれど。」
マリーは警備を呼ぼうとしているらしい。警備がやってくれば少なくとも男たちはしつこく絡むのを諦めるだろう。衛兵の中にマリーの顔見知りがいて、彼女が王女であることが分かった場合は一気に立場が逆転することもできる。
確かにこの状況においては最善の手かもしれない。しかし、王女を祭りに連れ出してトラブルに巻き込まれたということが知られたらまずい。貴族的に非常にまずい。アークはそれだけは避けなければならなかった。
アークはマリーの手を掴んだ。
「いや、逃げましょう。」
「おい、二人でさっきから何を話し合って、、、」
距離を詰めてくる男たちに鉄の鍋が飛んでいく。アークが近くの屋台で売っていた汁物を鍋ごと掴んでぶん投げたのだ。
「「あぢゃああああああ!!!!」」
火でぐつぐつと煮込んでいたスープがかかり男たちは絶叫した。掛けたアークが思うのはなんであるがとても熱そうだ。間違いなく火傷であろう。
突然に自分の屋台の鍋が取られて茫然としている女店主にアークは金貨を1枚投げつけた。
「ごめんなおばちゃん。この金貨で勘弁してくれ!お釣りはもらっていいから。」
「こら!全然足りないよ!!」
我に返った店主からの怒声を背中に受けながら、アークはマリーを引っ張って走り出した。
「こっちだマリー!」
「はっはい!」
たくさん人がいる中で敬称を付けるとまずい気がしたアークは頭の中で謝りながらマリーを呼び捨てにする。
野次馬の歓声を受けながら路地を走り抜けていた。そのまま、路地裏を抜け、他人の敷地を抜け走る。後ろからは男たちが罵声を発しながら追いかけてきた。
「マリー?」
「も、もう走れません。」
しばらく走るとマリーのスタミナがなくなったようで、道端にへなへなと座り込んでしまった。顔は汗でびっしょりになっており、呼吸も荒い。
男たちはまだあきらめずに追いかけてくるようで、遠ざかっていた怒鳴り声が再び近づいてくる。
こうなったら仕方がないな。
アークはマリーを抱き上げた。抱き上げたというより抱え上げたような態勢になってしまったが。そしてそのまま走り出す。人一人分はかなりの重量になってしまうが、重い荷物を持ち上げるのは慣れている。
「アーク様!?何を?」
「おんぶですが。」
マリーはアークの背中でバタバタと暴れる。
「重いでしょう!恥ずかしいです。」
「暴れないでください。ますます重くなってしまう。」
「あーー!やっぱり重いって言った!」
正直に重いというとマリーはまた文句を言った。文句ではあるが声が高鳴り、どこか嬉しそうな響きなのは偶然だろうか。
身体が密着するのが恥ずかしいのか、少し距離を空けてしがみついているところがより重くなっている原因だろう。
それを指摘するとマリーは少し無言になった後、ぎゅうっと抱きついてきた。
彼女の髪からは上品でいい香りが漂ってきた。それに意外と胸が柔らかくて大きい。だが、今のアークに髪の香りや胸の感触を楽しむ余裕はない。
更に城下町を縦横無尽に走り抜ける。
気づけば男たちの声は聞こえなくなっていた。うまく撒くことに成功したのだろう。ひとまず危機から脱出したようで良かった。
そして気づけば城壁にまでたどり着いていた。祭りは都の中心でやっていたわけであるから、かなり逃げ回ったことになる。
のんきなもので城壁付近には兵士は誰もいない。仕事をサボって祭りに行っているのだろうか。今、国中の貴族がこの都にいるのであるから警備くらいはしっかりとやっていて欲しいものだ。
せっかくなので城壁を登ることにした。やはり、都の城壁ということで高く固く設置されており、上からの眺めはとてもいいに違いない。
備え付けられている階段で城壁を登る。3階建ての建物より少し高いくらいの高さであるから落ちたら大怪我では済まないだろう。アークはマリーを両手で支えながら慎重にのぼった。
階段をのぼり終わり、城壁に腰を下ろして一息つく。
「まあ、ここまでくれば大丈夫でしょう。」
アークが長い息を吐いてマリーの方を見ると、マリーはプルプルと震えていた。
「どうしました?顔が真っ赤ですよ。」
そうマリーに言うと、彼女はその言葉で一気に火が付いたようにまくし立て始めた。
「当たり前でしょう!!マリーって呼び捨てにされたのなんて生まれて初めてですよ!しかもおんぶもされたし!」
「生まれてはじめて??お父上はなんと?」
「マリーたんです!」
「あっそうですか。」
あの堅物で真面目な国王陛下がね。
あまり想像したくなかった。
「アークさんが暴漢にかけたスープは私にもかかったんですよ!ほら!」
「ほんとだ。ふふっ。」
「何がおかしいんですか!アークさんだってちょっと顔に付いています。」
マリーは小さな手鏡を取り出す。
路地裏を走り抜けたからか、アークの顔は汚れや汗でひどいものだった。マリーの顔もよく見ると同じようにひどい。
「ああ、本当だ。これならどっからどう見ても庶民に見えるな。まるで雑用ばかりしている冒険者カップルみたいだ。」
アークの何気ない一言のあと、沈黙が支配する。庶民に見えるという言葉が癇に障ったのだろうか。しかし、マリーはアークの心配とは別の単語に沈黙をしていた。
「カップルみたいですか、、そうですね。」
マリーはその言葉を嬉しそうに反芻する。
「他の人たちから見たら私たちはカップルに見えるでしょうね。」
王女が晩餐会を抜け出して庶民の祭りをこっそりと楽しむ。
まるで小説に出てくる物語のようだとアークは思った。マリーは特にこのような経験へのあこがれが強そうであるので、今夜のこの出来事が一生忘れられないものになってくれれば嬉しい。
マリーの顔を見ながらアークはそう思った、、、、無責任にも。
突然、二人の真上で何かが爆発した。
あまりにも爆発の音が大きかったので心臓が止まるかと思ったが、見上げてみるとそれは花火だった。
ここに警備の兵士がいなかったのはそういう事情らしい。
「きゃあ!!」
マリーが大きな音に驚き、悲鳴を上げてアークに抱きつく。
そして、アークから少し遅れて花火だったことに気づいたようだった。それと同時にアークにしがみついている自分にも気づいたらしい。恥ずかしそうに顔を赤くするマリーと目が合った。
「ぷっ」
「「あははははは」」
思わず吹き出してしまったアークに、我慢できなくなった二人は声をあげて大笑いした。
花火の爆発を勘違いしてしまっただけだったが、二人にとって大笑いするには十分すぎる出来事だった。とてもいい気分で満たされていた二人には何か笑うきっかけを欲していたのかもしれない。
「どうしたんですか?そんなにびっくりして。」
アークはしがみついているマリーに腕を回しながらからかった。マリーはアークの腕の中で何も答えずに笑っている。
それから、抱き合っている二人の間には何も言葉がなかった。何か幸せなものが二人の間を支配していた。
沈黙を先に破ったのはマリーだった。
彼女は何でもないように言った。いや、声が少し震えていたから勇気を出して言ったのだろう。
「ねえ。私を抱いてくれませんか?」
予想外の言葉にアークは固まる。
その瞬間、2発目の花火が二人の上で爆発した。
「どうしたんですか?そんなにびっくりして」
今度はマリーがからかう番であった。さっきのアークのセリフをそのまんま返して言った。
もしかしたら、この雰囲気に乗じて冗談を言ったのかもしれない。それか、花火の爆発で誤魔化したか。
そうだ。きっとそうだ。なんていったってマリーは大貴族との婚約があるのだ。
他の男を誘うなんて道義的にまずい行いをこのマリーがするはずない。
マリーの誠実さや品格を思い出して必死につじつまを合わせていたアークはそのまま押し倒される。
「今日という日を永遠に残しておきたいんです。」
月の光が花火の硝煙でぼんやりと光る中、逆光で暗いマリーの顔の2つの目が妖しく見下ろしていた。




