マリーと祭り(3)
「一緒に抜け出しましょうよ。」
「急にそんなことを言われても、、」
突然の提案にマリーは戸惑う。それも当然のことだ。
これまで「いい子」に育てられてきたマリーにとって、許された反抗はせいぜい愚痴を言うことくらい。抜け出して庶民のお祭りに参加するなんて皇族として考えにも及ばなかっただろう。
アークはなおも誘う。
「皇族だとしても、きっとこのお祭りは気に入ると思いますよ。」
「私がいないのがバレてしまったら大騒ぎになってしまいます。」
「皆さん晩餐会に夢中ですから大丈夫です。」
「まあ。私はいなくなっても誰も気づかないってこと?」
アークの言葉にマリーは不満気にぷくっと頬を膨らませる。
いなくなっても誰も気にしないと言われて即座に言い返すほどには自己肯定感が高いようだ。意外や意外である。
「そういうことではないけれど、、」
アークは闇夜に覆われている外に向かって呼びかけた。
「ユナ!ユナ!」
「、、、ここに。」
ベランダの外から人影が躍り上がったと思うと、アークの隣に着地した。
「ユナ。どうせ今の話を聞いていただろう?祭りに溶け込みやすいような地味な服を二人分持ってきてくれ。」
「、、、、、」
今はアークもマリーも晩餐会用の優雅な衣装を着ているので、庶民たちの祭りに参加しても違和感がないような服を着ることにした。
しかし、ユナは動かない。何か一言持っているかのようにアークを見つめる。
「どうした?早くしてくれ。」
「、、、ミネルヴァ様に言いつける。」
「ユナ。」
アークは呆れてしまった。
なぜミネルヴァに言いつけられなければならないのか。まるでアークが何か悪いことをしているかのようだ。いや、ユナのアークを責めるような顔を見ると明らかにアークは悪者になっている。確かにミネルヴァがお祭りに二人で出かけていた事実を知れば何をしでかすかわからない。しかし、別にアークは悪いことはしていないのだ。もちろん犯罪などではないし、それどころか不倫のような道義的な悪さというものでもない。にもかかわらず、アークがまるで悪いことをしているかのように責められて、さらにミネルヴァに言いつけられるというのはどうにも納得がいかない。
「お前は俺の部下だ。ミネルヴァの部下ではない。だから余計なことをミネルヴァにしゃべる必要は全くない。」
「、、、ミネルヴァ様また悲しむ。」
「別に浮気しているわけじゃないんだから。これくらい見逃してくれたっていいだろう?それともなんだ、妹がいたらお祭りにも行けないのか?」
表面上は完全にアークに分がある。論理的に考えてもアークには全く非はない。
「、、、服を持ってきます。」
ようやくユナも折れて渋々ではあるが頷いてくれた。
城下町のお祭りは前夜祭以上の盛り上がりを見せていた。昨日は出ていなかった店もたくさん出店しており、客も昨日上にごった返している。
「わあ。すごい、、すごいです。」
今までは警備上、このような人混みの中に入ったことがないであろうマリーは目をキラキラとさせながら店を見て回っている。
しかし、やはりこの人混みの中で見失ってしまっては大変だ。アークは手を差し出した。
「あの。」
「えっ」
マリーは急に差し出された手に驚く。
そんなに驚いて誰かに手を引かれたことがないのだろうか。
「はぐれるといけませんから。」
「そ、そうですよね!はぐれないように、ですね!」
マリーは恐る恐るアークの手を握る。子供のような手で温かく、少しぷにぷにしていた。少しマリーの小さな手を堪能していると、彼女は恥ずかしそうに言う。
「わ、私、男性と手をつなぐのが初めてで、、すみません!汗がびっしょりになってしまって。」
「構いませんよ。気にしないでください。」
それから店をたくさん見て回った。アクセサリーの店、食べ物の店、パフォーマンスをしている店。
しかし、それでも見終わらないほどにたくさんの店が並んでいる。
「いつもは侍従やメイドが買ってきてくれるので、自分で買うという経験がないですね。」
「たくさんお店が並んでいて、どこに入ればいいのか迷ってしまいます。」
「あのお店覗いていいですか?」
マリーもだんだんと乗り気になってくれたのか、とても興奮気味に見て回る。彼女にとっては初めての経験の連続だろう。
マリーが何かに目を付けたのかアークの手を引いて店に入っていく。そこは安いアクセサリーを売っている店だった。
棚に並んでいる赤くて少し子供っぽいリボンを手に取る。
「このリボン可愛らしいですね!」
「マリー様はこのような絵柄が好みなんですか。」
少し子供っぽいと思ったが、満面の笑みでこちらを見ているマリーを見ると確かに似合うかもしれない。
「記念に買ってあげましょう。」
「そんな。申し訳ないです。私が出します。」
マリーはそう言って自分の体に手を当てたが、お金を持っていないことに気が付いた。一国の王女が財布を持ってきているはずがない。
「私が払う。」
アークが代わりに店員に声をかけてリボンを持って店を出ると、先に外に出ていたマリーがシュンとした様子で待っていた。
「すみません。結局払っていただいて。」
「構いませんよ。このリボンでよかったですか?」
「はい!ありがとうございます。大切に使います。」
マリーはリボンを受け取ると、本当に嬉しそうな表情で呟いた。
後ろでマリーのご機嫌な鼻歌を聞きながら歩いていたアークだったが、突然マリーの小さな悲鳴が聞こえる。
「きゃあ」
振り返るとマリーが男とぶつかっていた。
リボンを髪につけるのに夢中で前をよく見ていなかったのだろう。彼女の不注意だろうが、ぶつかった相手の男は面倒くさそうな感じの男だ。商人時代、よくいいがかりを言ってきたクレーマーのような人相をしている。
案の定、男はねちねちと絡んできた。
「おい、痛えな。何ぶつかってんだ。」
「す、すみません。」
「すまない。道が狭かったんだ。」
怯えた様子で謝るマリーの前に体を滑り込ませて、アークが割って入る。
しかし、事態はよりややこしくなってしまう。
「謝って済む問題じゃあないだろう。なあ、金だろ」
「おい、詫び金をよこせよ。」
男の連れが3人ほど便乗して金を要求してきたのだ。




