前夜祭(1)
準備ができたので、さっそく都ホリヌスへ出発する。いつものようにユナには前乗りをしてもらい、ユリア、ミネルヴァ、アークの3人で馬で向かった。
通常、馬車では1週間、徒歩では1か月くらいかかってしまうものの今回は4日で到着した。少数での移動になるため、賊による襲撃を最大限に警戒しなければならない。そのため、猛スピードで馬を走らせ続けたのだ。
普通の速度であれば、ハバロフ招集のギリギリに都に到着する予定だったが、数日の余裕をもって到着することになった。
ユナがあらかじめ連絡してくれていたため、邸宅に着いたときには既に熱々の風呂やふかふかのベッドが用意されており、到着したと同時に3人は疲れを癒してゆっくりと休む。移動中は最小限の仮眠しかしていなかったのでベッドに入るとすぐに眠ってしまった。
朝日が昇る頃に都に到着したのだが、目が覚めると既に日は落ちて外は暗くなっていた。いや、ほのかに明かりが見える。庶民たちが住む地区の方だ。
「ようやくお目覚めになりましたね。お兄様。せっかくですので市場を回ってみませんか?今は前夜祭をやっております。」
「前夜祭か。何年ぶりだろう。」
今の都は4年に一度のお祭り状態だ。ハバロフ招集によって全国からやってくるのは貴族だけではない。貴族の従者や使用人たち、護衛の騎士や冒険者たちなど合計で数万人にものぼる。ウォーデン家も父が領主であった時、アークたち兄妹や大勢の使用人を連れて大々的に都にやっていたものである。
当然こんなに人が増えるのであるから、商人たちもビジネスチャンスとばかりに大挙してやってくる。その結果、ハバロフ招集の期間中は都は4年に一度のお祭り状態になるのだった。
「じゃあ早速行きましょう。ユリアさんは屋敷でゆっくりしていてください。」
ミネルヴァが地味な服を手渡して急かす。そして、しれっとアークと二人でお出かけをしようとしているようだ。
「えっ、いえ。私も護衛としてご一緒に。」
「一見して貴族とわからないので襲われることもないでしょうから大丈夫です。」
「しかし、、」
「兄妹水入らずのお出かけを邪魔するのですか?」
「そんなことは全く、、、ではお二人でお楽しみください。」
「ではお兄様、参りましょう。」
護衛として付いて行こうとするユリアであったが、ミネルヴァの怖い顔にすごすごと引き下がった。
実際、夜のお祭りに貴族が行くのは少し危険だ。貴族とバレたら誘拐されたり、酔っぱらった庶民に襲われるリスクもある。したがって、護衛を付けるといった予防は逆効果になってしまうのだ。ミネルヴァはそこまで見越していただろうが、ユリアに対する言い方を見るに私情が駄々洩れである。
まだ到着していない貴族も多いため、前夜祭の規模は決して大きくはない。それでも見渡す限りに店が並び、大勢の人々が詰めかけている。
群衆の中で離れ離れになってはいけないのでアークはミネルヴァと手を繋いだ。ミネルヴァは嬉しそうにトコトコ付いてくる。
「たくさんの出店が連なっていますね。面白そうな店がたくさんあって迷ってしまいます。」
「時間はあるから気にせずに行きたいところに行っていいよ。」
ミネルヴァが見渡すと髪飾りが壁一面に立てかけられている店が目に入った。
「あの店、綺麗な飾りがたくさん置いています!少し寄ってもいいでしょうか。」
「もちろんだ。」
ミネルヴァは年相応の少女のようにキラキラした目で一つ一つの髪飾りを見ている。アークは嬉しそうに飾りを見ている妹をほほえましく見ていた。
彼女の長い髪は質素で小さな髪飾りによって束ねられている。
これは昔に病死した母の髪飾りだ。ミネルヴァはまだ幼くて記憶にないだろうが、自分だけ母との記憶がないことに落ち込んでいる彼女に、姉のイアンナが受け継いでいた母の髪飾りをあげたのだ。
それ以来、ミネルヴァはこの髪飾りを付けるために髪を伸ばし、それを付けなかった日は一日もない。彼女にとってとても大切な物だった。
そんなことを思い出しながら自分も飾りを見ていたアークは、漆黒に光る砂が混ぜられた美しい髪飾りを手に取る。他のキラキラと輝く飾りとは違い、吸い込まれてしまいそうな黒がアークの感性を刺激した。
「お兄様?」
「ミネルヴァ、この髪飾りを付けてみてくれ。」
ミネルヴァはアークが差し出した飾りを付ける。
「やっぱり。とてもよく似合っているよ。」
「そうでしょうか。」
「ああ。長い髪を綺麗に束ねていてとても美しい。」
「ありがとうございます。でも、私にはお母様の遺した髪飾りがありますので。」
「あの髪飾りは毎日働かされてさぞかし疲れているだろう。たまには別の飾りをつけるのもいいんじゃないか?」
ミネルヴァは自分の髪飾りをじっと見る。さすがに10年以上毎日使っている髪飾りは色褪せてしまっていて、取れない汚れも目立ってきていた。
しばらくは躊躇したように考えていたミネルヴァだったが、自分の気持ちに折り合いがついたようで笑顔で頷いた。
「そうでしょうか。ではありがたくいただきます。」
ミネルヴァが目で店主を呼ぶと、初老の店主がニコニコとしわを寄せながらやって来た。
「金貨20枚になります。」
「いただこう。」
アークは即答した。
振り返るとミネルヴァが口をパクパクしている。確かに女奴隷が一人買えるくらいの値段ではあるが、王国最大商人のウォーデン家の娘がそのくらいで驚いてどうする。
「まさかこんなに値段がするなんて、、」
店を出た途端にミネルヴァはため息をついた。商人の娘ではあるものの、前線で商売をしているわけではないので物価に疎い面がある。
「でもお兄様、このような物を買っていただき本当にありがとうございました。一生大切にします。」
「ああ、そうしてくれ。」
ミネルヴァは自分の髪飾りを仕舞うと、甘えるようにアークに言った。
「お兄様、付けてください。」
アークはミネルヴァの後ろに回り、長い髪をまとめて優しく飾りを付ける。再び正面に向き直ったミネルヴァは首を傾けて束ねられた髪を前に出した。
「綺麗だよ、ミネルヴァ。」
「お兄様、、、」
ミネルヴァはうっとりとアークを見つめてくる。改めて見てみると兄としてのひいき目を除いても王国でトップクラスの美少女ではないだろうか。アークが褒めるとミネルヴァはあまりに照れるものだから、彼女をまるで口説いているような気分になってしまい、兄なのに少しどぎまぎしてしまう。
やはり都にミネルヴァを連れてきてよかった。
幸せそうな妹を見て兄としてもとても嬉しかった。
その瞬間、ミネルヴァ顔色が変わった。紅潮していた顔が血の気が引いたように真っ青になる。そして、アークに向かって飛びかかった。
あまりにも突然の出来事にアークが反応できないでいると、ミネルヴァはアークの横をすり抜けて背中を見せて逃げようとした少年を押し倒した。
「捕まえました。覚悟しなさい。」
冷徹になったミネルヴァの声が響いた。




