レオの最期
「この部屋は、、、縦に29歩横に18歩ね。」
「はいよ。」
アークはミカンダからタドント夫妻を呼び寄せた。
夫妻は測量と地図作成の能力を持つ。今はミカンダ領内の計測を行ってもらっている最中であったが、それを中断させて呼んだ。王宮を自由に闊歩できるのはめったにない。このチャンスに王宮の測量をしてもらうのだ。もちろん極秘であり、表面上は荒れ果てた王宮の掃除のためにウォーデン家から派遣された使用人ということになっている。
アークはそんなタドント夫妻の仕事ぶりを見学した後にぶらぶらと王宮内を見て回っていると、後ろから懐かしい声で呼び止められた。
「アーク=ウォーデン様!」
「、、、マリー様ですか?」
懐かしい顔。以前は無垢な少女のような可愛らしい顔をしていたが、少し大人びたような雰囲気になっている。単に疲れ切っているだけかもしれないが。
マリーは嬉しそうに頬を赤らめながら近寄ってきた。
「ええ。アーク様ご無事で何より。レオ兄さまに連れていかれたとの情報を聞いてからどれほど心配したか。」
「あ、、ありがとうございます。」
マリーとの関わりはハバロフ招集の夜での一件だけであり、それ以外では全く関わりがなかったのに。そんなに心配してくれたのか。まあ、アークも人のこと言えないが。
「マリー様もレオに、、レオ殿下に王都が占領されたときは大丈夫かと案じておりました。」
「まあ。そうだったのですね。」
マリー嬉しそうにニコニコと笑っている。
「神官長を始め、教会の方々に助けられて生き延びることができました。」
「そうでしたか。で、レオ殿下とは何の話を?」
「え?」
「お会いになったのでしょう?この先には彼が軟禁されている執務室しかありませんから。」
「え、ええ。少し様子を見に行って参りました。レオお兄様とは小さい頃からあまり話をしてこなかったので、たいして深い話もせずに、気まずいまま終わってしまいましたが。で、では私はこれで、、、」
マリーはそこまで言うと何かを思い出したのか、少し顔を赤らめながら足早に去ってしまった。
アークはマリーとのせっかくの再会というのにあっという間に行ってしまったことに寂しい気持ちを抱えた。深いところまで突っ込んだ質問をしてしまったからかと少し反省をしながら、マリーが完全にいなくなったことを確認して王宮の視察を続けた。
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アークの前では「兄と深い話をしなかった」とは言ったものの、予想外にも結構深く話した。
はじめ、マリーはレオの元を訪れることに憂鬱だった。以前、王都の大火を止めようとしたマリーに対して、レオはさんざんにひどい言葉を浴びせてきた。それ以来の対面であった。
「妹よ。教会勢力と深い関係になっているようだが、修道女になるのか?」
おどおどしているマリーに気を使っているのか、レオは穏やかな口調で話しかける。
「今のところ出家をするつもりはありませんが、この王国の混乱が続くようなことがあれば、神に私の身を捧げます。」
「そうか。まあ、お前のような人間はこのまま皇族の一員にいても利用されるだけだから、それもいいかもしれないな。それより、好きな男はできたか?」
あまりにも予想外の質問が来てマリーはびっくりする。
「はい?ななななんでそんなことを??」
「いや、別に深い意味はないが。本格的に修道女としての人生を歩むのなら、そのようなことも一切捨てなければならない。今のうちに好きな男に抱いてもらえよ。」
「だっ、だっ、抱いてもらっ、、!」
これでもレオはオブラートに包んだつもりであったが、マリーにとっては結構刺激が強い言葉である。マリーは顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かした。
「好きな男に乗られる時の快感といったら言葉にできないほどらしいぞ。お前も貴族のおっさんとの婚約が解消されたんだから新しい男にだな、、」
「もう、もうわかりましたから!」
必死にレオの口を黙らせた後、ふと心配になる。レオは自分の言っていることが遮られるのを何よりも忌避しているからだ。恥ずかしさのあまり思わず黙らせてしまったが、怒鳴りつけられるかもしれない。
「おお、そうか。」
しかし、レオは穏やかだった。
何から何まで今までとは別人のようだ。これが王国中で大虐殺を行った人間と同一人物なのだろうか。自分のことを馬鹿だと蔑んだ人間と同一人物なのだろうか。
やりたいことを全部やった満足そうな顔だ。「このくらいが潮時か」との本心があふれ出している。肉を食らいつくした獣はきっとこんな顔をするのだろう。
「お前と兄妹らしい会話をしたのはこれが初めてかもしれないな。」
「これが兄妹の会話なのですか、、」
男との性関係の話題をする兄妹なんているのかどうか知らないが。
でもマリーもレオの言いたいことが分かる。幼少期からどこかレオに対して恐ろしさを感じていたため、これまでろくに会話をしてこなかった。
どうせならば今までの穴が開いた関係を埋めるようにたくさんの話をしたいと思った。しかし、レオとの最後の会話は穏やかなままだった、ということにしたい気持ちもあった。
「それではレオお兄様。」
マリーは席を立った。恐れていた、怖がっていた兄との最後の会話がこんなに穏やかでもう満足だった。これ以上を望むと何か罰が当たりそうな。
「おう。幸せになれよ妹よ。それから。いつかのあの時はすまなかった。」
扉に足を進めていたマリーは驚いて足を止める。まさか謝られるとは思わなかった。今まで化け物のように思っていた兄も実は人間だったのだ。もっと早くこんな一面を見られていたならば、二人の関係性も少し違ったものになったかもしれない。
「、、、もう昔のことですよ。お兄様。」
マリーは振り返らずに言った。
どうしてだかわからない。しずくが一粒、静かに彼女の頬を伝った。
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兄妹の中では一番最後、貴族たちを引き連れて現れたのは王都に戻ってきたばかりのルイであった。
ルイはレオが手錠などなく自由な格好をしていることに少し驚いていたが、周囲の視線もあるのだろう、虚勢を張っているようにどうどうと振舞う。
「ふん、哀れな格好して。ざまあみろだな。」
「だれだお前?」
いつものようにルイの名前が分からないレオであったが、ルイはよほど機嫌がいいのか勝ち誇った顔で仁王立ちになる。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺はルイ1世。馬鹿な兄が起こした王国中を巻き込む戦乱に終止符を打ち、再び王国を統一した王だ。」
「ああ。誰かと思えば弟じゃねえか。いつも大軍の後ろに隠れていたので顔を忘れてしまっていたぞ。」
煽り合いではレオに勝てない。
自分の挑発に対して倍以上に煽り返されたルイは一瞬顔を真っ赤にするが、必死に感情を抑えながら落ち着いて会話を始める。
「どうだ?さんざん馬鹿にしていた弟に負けた心境は。」
「別に何ともない。そこそこ楽しめたからな。」
「まあ、お前の命は俺の手の中にあるのだが、床に頭を付けて命乞いをすれば命だけは助けてやらんでもないぞ。」
周囲の貴族たちが本気で言っているのかという目をしてルイを見る。確かにルイの自尊心を満たすことの引換えにレオの命を助けるなんて貴族にとっては百害あって一利なしだろう。
だが、レオはルイの小さな自尊心を心底馬鹿にするような表情をする。
「は?必要ない。そこそこ楽しめたと言っているだろうが。未練など特にねえよ。ほら、さっさと処刑しろ。」
「やれやれ強情だな。せっかく国王の俺が温情をかけてやろうとしているというのに。」
ルイの言葉にレオが反応する。
「ん?ちょっと待て。お前が王なんか?」
「さっきそう言っただろう。」
一瞬の沈黙があった。
そして、、、
「ひゃひゃ」
「ひゃはははははははは!!!!!!あはははははははははは!!!」
レオの大きな笑い声が部屋全体に響く。あまりにも大きな笑いなものだから、部屋の外の衛兵が何事かと覗き込んできた。
レオの止まらない笑い声に対して、ルイの顔はみるみるうちに真っ赤になる。なぜ笑っているのか分からないが、自分を馬鹿にしていることは嫌でも分かる。
「何がおかしい、、、何がおかしいんだっ!!」
ルイの怒鳴り声に対して、レオは笑いすぎて出てきた涙を大げさに拭いながら答える。
「だってお前、、お前が国王なんてっ。ははははは!俺はてっきり、てっきりっ、、くくく、、カサブランカが国王になるもんだとばかり思っていたのに。」
貴族たちは青ざめる。恐ろしすぎてルイの顔を見ることができない。
ライバルである姉のカサブランカの方が玉座が似合っているなんて、ルイが最も聞きたくない言葉だろう。
レオはそのことも分かっているのか、怒りに震えて何も言えないルイに追い打ちをかける。
「お前が国王だとお?ははは!こいつは傑作だ。すまんすまんそんなにおっかない顔をするなよ。お前が国王なんて今の今まで頭の片隅にもなかったんだ。だってそうだろう?お前とカサブランカが並んでいてお前に任せたいと思うやつがどこにいる。どうせ取り巻きの貴族たちに食い物にされるだけだぞ。」
「黙れっ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええええええええ」
ルイの怒声が部屋に響いた。あまりに怒っているからか、声は裏返り、喉が裂けそうな声になっている。
「今すぐこいつを処刑しろ!」
「い、今ですか!?」
「ああ今だ!今この俺の目の前でレオの首をはねろっ!」
「し、しかしカサブランカ殿下やマリー殿下に黙って独断で処刑してしまうのは後々トラブルの原因に、、、」
貴族たちは必死にルイをなだめようとするがルイの怒りはますます激しくなる。
何でも言い返してくるレオではなく、下手に出てくる貴族に対して怒りをぶつけるところが実にルイらしい。
「うるさい!いいか、僕は国王だぞ!この国で一番偉いんだぞ!!どうしてそんなことを考えないといけない。姉や妹だって僕の行動に文句を言う権限はないんだ!僕がやりたいようにやる。それが国王だろう違うかっ!」
そして貴族がカサブランカの名前を出したところが非常にまずかった。さらに怒りに燃料が投下される。いつの間にか一人称も俺から僕に戻っていた。
「まさか、お前たちは僕よりカサブランカの方が国王に向いているとでも言いたいのかあああ!!そうか、そういうことか。だからカサブランカに黙って処刑するなといっているんだな!?お前は反逆者だ!国王の僕に逆らった反逆者だーーー!」
「とんでもございません。国王はルイ様おひとりでございます。」
周りの貴族が一斉に平伏した。
子供のように癇癪を起しているルイをなだめるのは言葉では無理だ。土下座しかない。
この様子を見て楽しそうなのがレオである。
「おおー国王陛下がご乱心だ。」
「からかうな!レオ、今すぐにお前を殺してやる。おい騎士たち!さっさと殺せ!殺せえええええええ!!!」
「ご乱心、ご乱心。」
この軽口がレオの最後の言葉となった。
ルイの独断で即刻にレオは処刑された。王国を荒らしまわった怪物の最期としてはあまりにあっけなく、拍子抜けするものだった。
アークはレオを公開処刑にして住民の不満や貴族たちの恨みを一身に背負って死んでもらうつもりだったのだが、密室であっさりと殺されてしまった。人々のサンドバッグになってもらおうとする考えはレオにはお見通しだったのかもしれない。
アークに逮捕されてから2週間後、王都に移送されてきてから1週間後、ルイが王都に来てから半日後だった。




