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 私がその人魚に出会ったのは嵐の日だった。

 私は漁師の仕事をしていて、運悪く嵐に襲われた。


 快晴で、風は穏やかで、嵐の予兆等まるでなかったのに、海は何か不機嫌になったかのようにうねり始めた。海の強大さの前に乗り込んだ船は砕け散り、私は意識を失った。


 私が目が覚めた時、そこは海の上だった。

 何かが私を叩いていた。すると私は嘔吐し、体内に溜まった海水を吐き出した。

 

 ようやく落ち着いた私の前には、美しい女がいた。

 ウェーブした水色のミドルの髪。夜の星空のように光輝く瞳。

 それが何よりも印象的だった。何より美しかった。


 しかしもっと私は驚くこととなった。

 その女は何も身に着けておらず、そして足は魚のヒレだった。


 思わず私は、それが人魚だということに思い至り、そして聞いた。


 「君は人魚なのか?」


 「それはなぁに?」


 人魚がそう答えた。質問の意味を心底不思議そうにしている様子で、人魚という単語の意味を知らない様子だった。私はその様子を見て、彼女は彼女の世界があると思い至り、そして無意味なことを聞いたと反省した。


 そして現実は容赦がない。


 海水の冷たさが私の体力を奪っていた。喉は乾き、太陽の照り付けが私を死の淵においやる。

 私は人魚へお願いして、岸まで送ってもらうようにお願いした。なぜか人魚は二つ返事で願いを聞き入れ、私を岸まで運んでくれた。それは力強く、彼女が人魚であることの証左であった。


 岸の傍まで寄ると、彼女は岸が嫌いだと言い、陸に上がらなかった。

 私はお礼を言おうとしたが、しかし彼女は私を送り届けてすぐに帰ってしまった。


 私はお礼を言い損ねた。


 ◇◇◇


 私はお礼を言いたくて、人魚を探し回った。

 助けてもらったあたりを探してみるが、見つからない。

 もう無理だろうか、そう諦めようとしたとき、歌声が聞こえてきた。


 とても美しい歌声だった。


 私は誘われるように、その歌声の方向へ小さな船を出した。

 彼女がいた。


 「もっと聴かせてくれないか?」


 私は助けてもらったお礼を言おうと思ったのに、口から出てきたのはそんなセリフだった。

 彼女の歌声は美しく、そしてもっと聴きたかった。


 海の上は孤独の世界。

 彼女の歌が響き渡るそこは、海の楽園だった。


 彼女は嬉しそうに笑って、歌を歌い続けた。

 私は彼女に見惚れてしまった。


 ◇◇◇


 私はそれから、暇を見つけては彼女の歌を聴きに行った。

 透き通るような彼女の歌は美しい。


 私だけがそのコンサートに招かれていた。 


 ふと海を見渡した時、周囲には誰もいなかった。

 海上で果たして彼女の歌を聴くものがいたのだろうか。


 彼女は一人で歌っていた。

 

 私がそのような事実に気が付いたとき、私は彼女の歌を聴かなければならないと思った。

 私は彼女の歌が好きだった。


 ある日私は、彼女に聞いた。この素晴らしい歌姫の名前を知りたかった。

 すると彼女は、誰にも呼ばれたことがないといった。


 私は、彼女の名前を私が呼ばなければならないと思った。

 

 だから私は彼女をミルキと呼んだ。

 真珠という、海の美しさの象徴がまさに相応しいと思ったから。


 ◇◇◇


 町の様子が騒がしい。漁仲間が狂ったかのように騒いでいた。

 その喧騒がきになった私は、漁仲間に尋ねた。何が起きたのかと。


 漁仲間は看板を指をさして、笑った。

 それは国からの正式な達しで、そこには何世代も贅沢ができるような大きな賞金が乗っていた。

 中身を確認して、私は肝が冷えた。


 人魚の捜索令だった。

 

 人魚の肝は、永遠の命が手に入るという噂だった。森に棲んでいるという魔女がそう言ったらしい。

 それを聞いた王は、漁師たちに莫大な懸賞金をかけて人魚を見つけてくるように言った。


 「海は俺たちの縄張りだ。人魚がいるなら見つけるのは俺たち、賞金を頂くのは俺たちだ! まぁいないだろうがな」


 漁師仲間はそう言って私の肩を叩いた。

 私は何とか取り繕って、苦笑いをした。


 私の使命が分かった。私はミルキを守らなければならない。

 見つかればミルキの命はない。


 それから私は、ミルキがいる海域へ漁師仲間が近寄らないように策を巡らせた。そこは私の漁場だったので、漁師仲間は近づかないように言い含めた。激しい嵐に襲われ私が船を喪失していることを、漁師仲間は知っていた。


 「あの海域は、急な天候の変化がある。私のようなベテランでも読み違えた。船を失いたくなければ近づかない方が良い」


 激しい嵐に突然襲われて船を失くした私の忠告を、漁師の誰もが聴いた。

 船は漁師の命で、おいそれと失う訳にはいかない。


 私は船を失くして漁には出られなくなったが、小舟は持っていた。

 今までは小舟を使いミルキに会いに行っていたが、それもやめることにした。

 後をつけられてはたまらない。


 それから私は、ミルキに送り届けてもらった岸に座るようになった。

 そうしていると人魚の声が聞こえたような気がしたからだ。


 果たしてその声が本当にミルキの歌声かはわからない。

 しかし私にはしっかりと聞こえていた。


 ◇◇◇


 それから十数年がたった。すっかり老いてしまった私だが、変わらず岸に座りミルキの歌声を聞いた。

 足腰も弱くなり、船の操作などとてもできなくなってしまった私はミルキへと会うための手段を失った。

 だが私は使命を果たしたという不思議な満足感を得ていた。王は変わらず人魚の肉を求めてお触れを出し続けていたが、しかし人魚は見つからなかった。

 

 そしていつものように座っていると、私の前にミルキが現れた。

 私は驚いて、そして海へ飛び込んだ。ミルキの姿を見られてはならない。

 船を用意する時間はない。


 「いつもの場所へ、連れて行ってくれないか」


 ◇◇◇


 ミルキは私の願いを聞き入れ、私を海へ連れて行った。

 ミルキへ歌をねだった。

 

 ミルキは、過去に聞いたものと変わらず、美しい歌を披露してくれた。

 その歌は私が求めていたもので、私はそれを得た。


 そして私はまもなく死ぬ。

 もう私の体は海に耐えれそうにない。厳しい海上で私の命に潮風が吹いた。

 私の寿命が尽きようとしていた。


 ミルキの歌を聴くために、生きながらえていた。

 ミルキの歌と共に、私の命が海に還る。


 そして最後の使命だ。それはミルキが見つからないようにすること。

 しかし自分が亡くなろうとしている今、歌好きなミルキが見つかるのは時間の問題だから。


 「すごく待たせてしまったんだね。でも大丈夫、君の傍にいるよ」


 私はそう言って、ミルキに希望を伝えた。ミルキはいつでも私の願いを聞き入れてくれて。

 そして今度もそうだった。


 「これからは君の傍にいるよ」


 海に沈みゆく体、不思議と冷たくはない。

 ミルキが私の傍にいる。

 後悔はない。


 私の体がドサリと水底に横たわった。

 彼女の歌が聞こえる。




 素敵な歌をありがとう、君はミルキ


 声が枯れるまで歌うわ、私はミルキ


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