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第84話 ジェイクの手回し


 精霊銀を持ち帰ったと伝えたドバンの反応は凄まじいものだった。


 「精霊銀だとっ!? どれだっ! 早く見せてみろっ!」

 「ちょっ、落ち着いてくだっ――むさ苦しい顔近づけんなっ」


 詰め寄ってくるドバンの顔を手で押し返しながら、精霊銀を取り出そうともう一方の手で荷物を探る。ユウトの言葉遣いが荒くなってる辺り、ドバンの勢いの強さが窺える。


 「おぉっ! これが精霊銀かっ!? この大きさのインゴットとは思えないほど軽いなっ! 触れた限りでは強度は分からないが、この美しさといい噂通りじゃないかっ!」

 

 精霊銀を手渡すと、今にも頬ずりでも始めそうなくらいの異常なテンションになっていた。その光景に、希少な金属とはいえ、いくらなんでもこの反応は異常だろうとユウトは半ば呆れていたが、ドバンの反応は鍛冶師としてはそうおかしなものでは無い。ドバンに限らず、鍛冶師という者の多くはより良い武器を作ることに命を懸けていると言っても良い。近衛騎士の武具としてその性能の高さが知られていながら、最早入手不可能と言われていた精霊銀はそんな鍛冶師達にとって喉から手が出るほど欲しい物だ。当然、ドバンも精霊銀で刀を打つことが出来たらと考えたことは一度や二度では無い。


 「ご機嫌のところ申し訳ないですが、そろそろ正気に戻って下さい。話が進みませんよ」

 「お、おぉ。そうだな。つい……」


 ユウトに言われてようやく落ち着きを見せたドバンが、恥ずかしそうに頬を掻く。精霊銀の実物を目の当たりにして興奮していたせいだとはいえ、醜態を晒したという自覚はあるのだろう。


 「ゴホン。で、これはどうしたんだ?」


 それは至極真っ当な疑問だ。精霊銀は魔力を取り込んだことで変質した銀であると言われており、その性質上自然発生はしない、人工物だと考えられている。その精霊銀を持ってきたということは、ユウトかユウトの知り合いがその精製法を見つけ出したということになる。少なくとも、何も知らない者からすれば、そう考えるのが当然だった。ドバンにしても精製法自体は聞けないにしても、発見した人物を紹介して貰えないか、というくらいの気持ちはあった。


 「すみませんが、答えられません。それと、手に入れられたのは偶然のようなものなので、これ以上手に入れるというのも無理です」


 しかし、ユウトは首を横に振った。ドバンの気持ちはユウトにも想像がついたものの、迷宮に関してはウェルとの約束で話せない。そもそも話したところで同じ方法によって精霊銀を手に入れることは不可能だ。そういう意味では、どちらにしてもドバンの期待には応えられなかった。


 「……そうか」


 にべも無いユウトの返事に、ドバンは残念そうに溜め息を吐いただけだった。何とかして聞き出したいという衝動も少なからずあったのだが、ユウトを見てその気は一切無くなった。目は口ほどに物を言うとはいうが、ユウトの目には、この件に関しては何も聞いても答えないという強い意思が感じられたからだ。

 それに、残念なことばかりという訳でもない。


 「それで相談というのは、この精霊銀で刀を作れないか、ということです」


 待ってましたと ドバンが歓喜の笑みを浮かべた。


 「そう来ると思ってたぞ。正直、扱った事が無いので何とも言えんが――」

 「出来ませんか?」


 自信なさ気なことを言い出したドバンを挑発するように薄く笑う。ドバンは一瞬だけキョトンとした顔をして、すぐに獰猛な笑みに変わった。その喧嘩、買ってやると言わんばかりの表情だ。


 「馬鹿野郎。出来るに決まってるだろうが」

 「では、お願いします」

 「任された。とはいえ、多少時間はかかるぞ」

 「ええ。それは理解しています」


 精霊銀の精製法が知られていないということは、その扱いについても知られていないということだ。その上、鋼と精霊銀では当然ながら勝手が違う。鋼で刀を打つように精霊銀でも打てると考えるのは安易に過ぎるだろう。要するに、何もかもが手探りで行なわなければならないということだ。ドバンが優れた刀鍛冶だとしても、すぐに作れというのは無理な話だった。


 「なら良い。だが、時間をかける分、必ず最高の一振りを打ってやる」

 「期待しています。それと、これなんですが」


 やる気に満ちたドバンの表情を見て、ユウトは満足そうに頷くと、今度は迷宮で手に入れた鉱石を幾つか取り出した。迷宮内を跋扈していたリビングアーマーが落とした、例の魔素を帯びた鉱石だ。ドバンはそれを手にとると、ジッと観察してから感触を確かめたりと暫く弄った後に、視線を上げた。


 「何なんだ、こりゃ? 鉱石のようだが見たことも無い物だし、魔素を帯びてるな」

 「これも出所は言えないんですが、何かに使えませんかね?」

 「お前達はどこぞで鉱山でも見つけたのか……? まぁ、それは良いか。何に使えるかだが、それは調べてみないと分からんな」


 当然と言えば当然だが、金属というのはそれぞれ性質が異なる。どんな風に使えるかは、その性質次第だ。ユウトの持ち込んだ鉱石はドバンが知らない物であり、その含有している金属も未知の物である可能性が高い。その性質も分からないのだから、まずは調べる必要があった。そんなある種面倒な物ではあったが、ドバンの声は弾んでいた。何にせよ、未知の金属なのだ。ドバンが強く興味を引かれたのは間違いなかった。

 それを察したユウトが、苦笑しながら告げる。


 「ついでみたいなものなので、使い道はお任せします」

 「良いのか?」

 「はい。そもそも何かに使えるかどうかも分からないですし」

 「そういうことなら受け取っておく。出来れば、お前達の役に立ちそうな物に使えれば良いんだが……」


 そう呟いたドバンは、もう自分の世界に没頭し始めていた。

 何やらブツブツと口にしているが、専門的な内容らしく、ユウトには理解出来なかった。そんなドバンの様子に苦笑し、ユウトは白夜と飛刀を目の届くところにそっと置いて、鍛冶場を後にした。一応出る前に一声かけたが、「んー、あぁ」と聞いているのかいないのか分からない曖昧な返事が返って来ただけだった。




 ユウト達はドバンの店を後にすると、ジェイクに会いにギルドに向かった。

 暫くの間王都を離れていて依頼も受けていないため、とりあえず元気にしているとの報告とあわよくば何かしらエイシスの情報を聞けないかと期待してのことだ。

 

 「すみません。そこから先は職員以外の方には立ち入りをご遠慮頂いておりまして……」


 ジェイクの執務室があるギルドの奥に進もうとしたユウト達に声をかけてきたのは、随分と若いギルドの職員だった。本来ギルド長であるジェイクに会おうとすれば、事前に約束を取り付け、受付でその旨を伝えて通して貰う必要がある。しかし、ユウト達はジェイクからいつでも来いと言われており、執務室まで自由に行くことが許されている。実際、今まで何度かジェイクに会いに来た際には素通り出来た。だが、不運にもその若い職員は最近受付嬢として採用されたばかりであり、そのことを知らなかった。


 「あぁ、いえ。俺達はギルド長に会いに来たのですが」


 またユウトも、自由に出入り出来る事が当たり前過ぎて、その職員が知らないとは考え付かなかった。そのため、端的に目的を話したのだが、逆効果だった。


 「……本日はギルド長に面会予定の方はいらっしゃらないはずなのですが。お約束がおありですか?」


 ジェイクに面会する予定の者が居ないことを知っていたその職員からすれば、嘘を言っているように映ったのだろう。職員のユウト達に向ける視線が、どこか不審者を見るようなものに変わる。ユウトもその視線の含むものに気付いたが、話が通じない原因が分からずにどうしたものかと言葉を躊躇った。そのせいで、更に不信感を募らせはじめたところで、別の声がかけられた。


 「ユウトさん? そんなところで一体どうしたんですか?」


 声の主は同じく受付嬢であるルゥだ。ギルツが若手の頃からの付き合いがある職員であり、その関係でユウトともそれなりに顔なじみの相手だった。


 「ルゥさん。その――」

 「先輩。その方達が、勝手に奥に入ろうとしていたので止めたんです」


 事情を説明しようとしたユウトを遮って、若い職員が自慢げに胸を張る。彼女からすれば怪しげな奴等を捕まえてやったくらいのつもりなのだろうが、返ってきたのは呆れたようなルゥの溜め息だった。


 「はぁ……。申し訳ありません。教育が行き届いておらず……」

 「いえ、まぁ。はは……」


 頭を下げたルゥに苦笑を返すと、一人良く分かっていない職員が「えっ? えっ?」と戸惑いの声をあげていた。


 「どうぞ。ギルド長ならいつも通り執務室にいらっしゃいます」

 「ありがとうございます」


 通って良いと促されたユウトは一言礼を言って奥に進んだ。背後で叱るような声が聞こえたが、彼女の名誉のためにも振り返って見るような真似はしないでおいた。

 奥へ通されたユウト達は執務室のドアを叩き、「入れ」という声を聞いてからドアを開けた。


 「よう。丁度良い時に来てくれたな。そのうち呼びに行かせようかと思ってたところなんだ」

 「俺達に何か……?」

 「まあな。その前に、お前達こそ何か用があって来たんじゃないのか?」

 「用という程では。ここ暫く依頼も受けてなかったので、一応生きてますよとご報告に」

 「どこかに行っていたらしいな。エイシスに狙われてるってのに、随分余裕そうじゃないか。なぁ?」


 ユウトの背後に控えるようにしているエリスとソフィアに視線を向けたが、二人は苦笑いを浮かべただけだった。確かにユウトは狙われており、そんな状態で外に出たのは不用意と言う他なく、ジェイクの皮肉も頷ける。だが、竜種――しかも、古代竜や始祖竜が常に近くにいたことを思えば、むしろそれ以上に安全な場所は無いと言って良いだろう。


 「あちらは俺が死んでると思ってるでしょうから。それで、ギルド長の用というのは?」


 下手なことを言わないようにさらりと流し、ジェイクに話すよう促す。その反応に手ごたえの無さを感じたジェイクは肩を竦めると、口を開いた。


 「お前達には当分の間王都に留まって欲しい」

 「それ、シグルドさんにも言われたけど、どういうこと?」


 ソフィアの口からシグルドの名が出たのが意外だったジェイクは一瞬驚き、すぐに納得した顔になった。


 「そういえばユウトに一度会いたいとか言っていたな。聞いているなら話が早い」

 「いえ。確かに聞いてるといえば聞いてるんですが、俺達冒険者が居たところで意味はありませんよね?」


 国同士の戦争においてギルドや冒険者は不介入が原則だ。破った場合には当然罰則もある。それを分かった上で戦争に参加しようという冒険者は居ないとまでは言わないが、極少数だろう。ユウトとしても、スバルを取り戻す以上に戦争に介入するつもりは無かった。


 「普通ならな。……お前達はヴァルドと直接顔を合わせているから話を省くが、エイシス王を含め、その上層部はほとんどヴァルドの手の内に落ちている。要するに言いなりってわけだ。どうやって、なのかは判然としないがな」

 「精神支配か……」

 「知っているのか?」

 「ヴァルドは精神支配――洗脳のようなことが出来るみたいです」

 「なるほど。更に信憑性が増したな。……で、今回の戦争はそのヴァルドが仕組んだものだ。その上、奴は魔物を操っている。それらに関して各国のギルド長と話し合った結果、今回の侵攻はエイシスではなく、ヴァルド個人によるものと判断された」

 「それって、エイシス軍が侵攻してきても国家間の戦争としては扱わず、不介入の原則も適用しないということでしょうか?」


 エリスがまとめると、ジェイクが深く頷いた。

 これはギルド側としてもかなり踏み込んだ結論だった。今回は特殊な事例とはいえ、一度例外を作ってしまうと、その後は例外を作ることに対する心理的な抑制が弱くなる。そうなれば国家間の戦争に不介入という原則が形骸化するおそれがある。しかし、その危険性を考慮しても尚、今回は踏み切る必要があった。

 それは、ヴァルドが魔物を操っているからだ。そう容易く魔物を操ることが出来る者が現れるわけでは無いだろうが、これを許せば魔物を戦争に利用できることになってしまう。そうなれば、戦火が拡大するのは火を見るより明らかだった。魔物から民間人を護る役割を持つギルドとしても、そのような未来は看過出来ない。


 「故に、ヴァルドが攻めて来た場合、ギルドからの依頼として冒険者各員に魔物の討伐を要請することになった」

 「あくまで魔物だけ、ということですか?」

 「ああ。エイシス兵に関しては、ギルドから依頼を出すことは流石に出来ん。その辺りは自己責任だ。仮に攻撃しても罰則は無いがな」




 その後、幾つか言葉を交わしてからユウト達はジェイクに別れを告げ、ギルドを後にした。ギルドを出る前に、ユウト達を止めた新人受付嬢に謝罪される一幕もあったが、別段怒っていたわけでもないので謝罪を受け入れた。

 館に戻ったユウト達は、全員で話し合った結果、当分の間は王都で待ちに徹することになった。ドバンに頼んだ刀の完成が未定なのと、エイシスが侵攻してくるのであればスバルも戦力として投入される可能性が高いため、下手に動くと行き違いになるおそれがあるからだ。

 それからは、時折王都近くでの依頼を受けつつ、その大半を庭での鍛錬に費やしながら日々を過ごしていた。


 そして、丁度二十日が過ぎた日の夜――王都中に響き渡るほどの轟音と共に、王都が揺れた。


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