第83話 帰宅
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
王都へ着いたユウト達は、早速我が家に帰ることにした。
精霊銀や鉱石など、迷宮で手に入れた物の件でドバンと相談したい気持ちもあったのだが、皆疲労が溜まっていたので、まずは旅の疲れを取りたかった。
「帰ってきたな……」
身に不釣合いな気がする大きな館が視界に入ると、無意識にそう呟いた。考えてみれば、この館で暮らした期間は一週間も無いのだが、帰ってきてみるとここが自分の家だという安堵感があった。それは、館そのものに対して感じたのではなく、サーシャ達がここで待っているからなのだろう。それはエリス達も同じで、自分の家に帰ってきたというホッとした表情をしていた。
「皆、元気にしてるでしょうか?」
「サーシャさんも居るし、心配ないわ。ふふっ、会うのが楽しみね」
ソフィアは久しぶりに弟妹に会うのが楽しみで仕方が無いらしい。王都に居た間――というか、カール達と会ってからずっとだが、ソフィアは初めて出来た弟妹にべったりだった。旅の間その弟妹に触れ合えなかったソフィアのストレスはかなりのものだろう。ついでに、その反動もかなりのものだろう。
この後、そんなソフィアの手によってカール達がどんな目に遭うか、目に浮かぶ。ソフィアからの過剰なスキンシップを喜ぶエイミィは兎も角、恥ずかしがるカールとテリーにとっては凄惨なものになるはずだ。
だが、分かっていても止めようが無いので、諦めて受け入れさせよう。と、弟達を見捨てる算段をつけているうちに、館に着いた。荷物を降ろしてから、馬を厩舎に連れて行く。
――こいつらも疲れてるだろうし、後でマッサージでもしてやろう。
ユウト達が迷宮に居る間は麓の村で休ませていたとはいえ、王都とウェントーリ大山脈との間は結構な距離がある。南側のルートは基本的に平野だが、荷物や人間を乗せて長旅をしているのだから疲労は大きいはずだ。労いの気持ちを込めて背を撫でてやると、気持ちよかったのか鼻を鳴らしていた。
それが気に入らなかったのか、シルがいつもよりも強く頭を擦り付けてきたので、指で頭を撫でてやりながら館に戻る。中に入ると、居間のほうから、微かに話し声が届いた。
――あれ……?
耳に届いた声に首を傾げる。サーシャやカール達の声に混じって男の声がしたからだ。ランドやカインなら来ていてもおかしくないが、そのどちらとも違う、ユウトの聞いた事の無い声だ。
居間に向かい、扉を開いたユウトは、そこに居た存在に驚いて足を止めた。
「あら。お帰りなさいませ、ユウト様」
そんなユウトに最初に気付いたのは、お茶の準備をしているセリアだった。その声に反応して、居間に居た全員の視線がユウトに向いた。すると、エイミィが駆けて来て、ユウトの腰に抱きついた。
「ユウトお兄ちゃん、お帰りなさいっ!」
頭を撫でると、エイミィが腕を解いたので屈んで視線を合わせる。
「ただいま。元気にしてたか」
「うんっ! ……あれ?」
エイミィは元気に頷くと、今度は外套に隠れるようにユウトの首筋で丸まっていたシルと目が合った。互いにパチパチと何度か目をしばたたかせ、首を傾げる。そんな二人に、ユウトの口元が緩む。
「お兄ちゃん。この子――」
不思議そうにユウトを見たエイミィの頭に優しく手を乗せる。
「しっ。後でちゃんと紹介するからな」
そう言うと、エイミィは小さく頷いてユウトから離れると、後ろにいるエリス達におかえりなさいを言いに抱きつきに行った。エイミィの抱擁が終わるのを待っていたのか、エイミィが離れてからサーシャがユウトに優しく微笑みかけた。
「お帰りなさい。皆、無事でなによりです」
それを皮切りに、カールとテリー、それにアニーやネルも口々に「お帰りなさい」とユウト達を迎えてくれた。
「ただいま。院長先生達も元気そうで良かった。ところで――」
サーシャ達に笑いかけてから、視線を流す。
「お客さん、みたいですね」
視線の先には二人の男。一方はセインだが、もう一人は藍色の髪を刈り上げた初老の男で、どこかセインと似ている。ユウトが先程驚いたのは、その男の存在感の強さにだった。
――おそらく……いや、間違いなく近衛騎士の一人だ。
鎧の上からでもその肉体が鍛え抜かれていることは分かるし、男から感じる迫力はセイン以上だ。それに、アニーやネルがどこか緊張している。セインが居るからというのもあるのだろうが、それ以上に男に対して緊張しているように感じるのは気のせいではないだろう。
男は椅子から立ち上がると、ジッとユウトを見て、呟いた。
「君がユウト君か……」
「あの……?」
「失礼。私は近衛騎士の第一席、シグルドと言う。セインとカインの父親だ。以後よろしく頼む」
「はじめまして。ユウトです。セインさんとカインさんにはとてもお世話になりました」
差し出された手を握り、握手を交わす。ごつごつとした手だった。どれだけの年月、剣を振ってきたのか。まるで石か何かを握っているかのような硬さと厚みを感じる。
――この人が、最強の騎士か。
セインとカインの関係を聞いてから、ユウトも二人の家のことは少し聞いていた。近衛騎士を多く輩出してきた騎士の家系。シグルドはその現当主であり、当代一の騎士と名高い。他国からも恐れられている、名実共にアルシールの剣だった。今日は戦うためではないからか、セインもシグルドも精霊銀ではなく、普通の剣と鎧を身に着けていた。
「前々からセインに言われていたのだが、一度君に会ってみたかった。今日会えたのは予想外だったが……。なるほど、セインが推挙するはずだ。近衛騎士になる気は無いだろうか? その気があるなら、私からも推挙する」
その言葉に、アニー達が瞠目する。
推挙された近衛騎士候補は、現近衛騎士達全員の話し合いによって近衛騎士となるかどうかが決定される。しかし、実際には隊長格である第六席までの意見が重視され、その決定権もその六人が握っているようなものだった。その中でも、団長である第一席は特に強い発言力を持つ。既にセインが推挙している上、更にシグルドが推挙したとなれば、最早近衛騎士への登用は決まったようなものだ。
だが、ユウトは首を横に振った。
「いえ。お誘いは嬉しいのですが、お断りします」
「……理由を聞かせて貰えるか?」
「俺にはまだやるべきことがあります。近衛騎士になってしまえば、自由に動くことも出来ない。だからです」
「そのやるべきことがすんだ後ならば、どうか?」
「……その後、どうするかはまだ決めていません。だから、今のところは答えられません。すみません」
「そうか……」
頭を下げたユウトを、シグルドが残念そうに見る。
後ろでは、「ユウトにーちゃん、近衛騎士にならないのか?」とカールやテリーがエリス達に尋ねている。アニー達もユウトが断ったことに驚いていた。それほど、アルシールにおいては近衛騎士という存在が高い位置を占めているのだ。断ると分かりきっていたエリス達を除いて、唯一驚いていないのはセインだったが、残念がるどころか、むしろ喜んでいるように見えた。
すると、ずっと黙っていたセインがそれを肯定する言葉を口にした。
「だ、そうです父上。ですが、私はユウト君が騎士を嫌っていると思っていたので、むしろ今の話は喜ばしいくらいですよ」
そう、セインだけは今のユウトの言葉を前向きに受け止めていた。確かに、ユウトの言葉は単なる許否ではなく、保留に近い。今後の展開次第では、可能性は十分にあると考えていた。
「つきましては、まず騎士や兵の意識改革から始めましょう。有能ならばその出自や経歴など問題では無いでしょう」
「確かにな。特に、騎士達には少々自分達を特別視する傾向が強い。改めさせる良い機会か……」
セインとシグルドが軍の改革について話し合いを始めた。
熱中しているようだったのでしばらく放っておいたが、聞いてはいけないことまで口にし始めたので、「そういうのは部外者の居ないところで話して下さい」と伝えると、大人しく帰っていった。
その際、シグルドが「近いうち、エイシスが攻めて来る可能性がある。極力、王都に居てくれるよう頼む」と言い残していった。逃げろというのならば兎も角、居てくれというのはおかしな話だった。国同士の戦争に関して、冒険者は不介入が原則だ。
国が冒険者を戦力として雇ったり、依頼と称して他国の内情を探らせるスパイに使うなどをした場合、ギルドはその国から撤退することになっている。魔物の駆除のほとんどを冒険者に頼らざるを得ない国にとって、ギルドが無くなるのはまさに死活問題だ。逆に、冒険者から自主的に協力することも禁止されており、破った場合は冒険者としての権利を剥奪され、今後冒険者として生きられなくなる。
そのため、王都に居たとしてもユウト達には何も出来ないのだ。そんなことは騎士であるシグルドが知らないはずも無いのだが。――結局、何が言いたかったのかは分からなかった。
セインとシグルドが帰ると、家族の団欒を邪魔したくなかったのだろう、「戻ったばかりで積もる話もあるでしょうから」とアニー達三人娘も館を後にした。ユウト達は改めて互いの無事を喜び、今は旅の間何があったかを話していた。
「そう……。始祖竜様が実在していたなんて、教会の人間が知ったら驚くでしょうね。私もお会いしてみたかったわ」
ウェルの――始祖竜の話をすると、サーシャが残念そうに言った。サーシャも元は教会の人間だ。一部では神の遣いとまで言われる始祖竜に対する感情は、ユウトにも計り知れないところがあるのだろう。
「それはちょっと難しいだろうけど、そこはシルで我慢ということで」
「我慢なんてとんでもないわ。失礼かもしれないけれど、とっても可愛らしくて、会えて本当に嬉しいもの」
目元を緩めたサーシャがユウトの背後に目を向ける。
そこでは、子供達と戯れているシルがエイミィに抱かれていた。動いている点を除けば、ぬいぐるみか何かにしか見えない。すると、視線に気付いたシルが翼を動かした。動きたがっていると察したエイミィが手を離すと、ふよふよと飛んで、ユウトの肩に乗った。
「キュイッ!」
一鳴きして、クイッと長い首を倒して頭を下げた。挨拶のつもりだろう。それに気付いたサーシャも頭を下げた。
「はじめまして古代竜様。私はサーシャと申します」
「キュキュイ」
シルがいやいやするように首を横に振る。何が言いたいのか分からずサーシャが戸惑ったようにユウトを見たので、シルの頭を撫でてやりながら代弁する。
「多分、古代竜様って呼び方と、畏まられるのが嫌なんじゃないかと」
「キュッ」
その通りだと頷いた。ウェルやウェンディもそうだが、崇められたりするのはあまり好きではないらしい。全ての風竜がそうなのか、シルたちだけなのかは分からないが。
「……わかったわ。よろしくね、シル」
シルはふわりと浮かび上がると、今度はサーシャの肩に乗り、その頬に頭を擦りつけた。
「シルちゃん。私もっ」
いつの間にか近くに来ていたエイミィがシルに手を伸ばしてねだると、シルはユウトを一瞥してから再び浮かび上がり、ユウト達から離れるようにゆっくりと飛んでいった。それに誘われるように、エイミィもシルを追って行く。話の邪魔にならないようにと気をきかせてくれたのだろう。ユウト達から離れたところで、手が届かない程度の高さで飛び回るシルを捕まえようと子供達が追いかけっこをしている。
「始祖竜様や古代竜様がとても高い知能をお持ちだという話は聞いていたけれど、あんなに人懐っこいなんて思わなかったわ」
そんな微笑ましい様子を見て、そう感じたのだろう。だが――。
「サーシャさん、それは違うわ」
「だな。シルがカール達と遊んでやったり、俺達やサーシャさんに心を許しているのは、ユウトの仲間や家族だからだろう」
ソフィアとギルツがはっきりと否定した。サーシャが驚いたようにエリスを見たが、エリスも二人の意見に同意した。
シルだけでなくウェルやウェンディも、その興味は基本的にユウトにだけ向いている。元々選ばれたのはユウトだけなのだから当然と言えば当然だが、あくまでエリス達はユウトの仲間でしかなく、サーシャ達もユウトの家族でしかないのだ。実際、誰にも言ってはならないと言われているウェル達のことも、ユウトの家族だからという理由でサーシャ達にだけは話しても良いと許可を貰っている。ユウト以外はどうでも良いとまでは思っていないだろうが、おまけ程度でしかないのは間違いない。それを、人間に寛容だと勘違いするのは危険だった。
そのことをエリスが説明すると、サーシャは神妙な様子で「分かりました」と答えた。
その後、話は変わって、「暫くゆっくり出来るの?」とサーシャが聞いた。
サーシャは、ユウトの目的も、そのためにウェルの元を訪れていたことも知っている。いつまでもここに居られないことを分かっているからこその質問だった。
「多分。明日、ドバンさんに武器をお願いするつもりなので、それが出来上がり次第ということになると思う」
「あぁ、そうだユウト。俺は朝から鍛錬したいから、ドバンとこはお前達だけで行ってくれ」
「ギルド長のところにも行くけど良いのか?」
「わざわざ顔を合わせなきゃならん理由も無いしな。お前が行けば十分だろう」
「まあ、それもそうか」
ドバンの店へは、主にユウトの白夜と飛刀の点検。それと精霊銀に関する相談だが、その使い道は話し合って決めてある。また、ジェイクに関しても、ユウトが顔を出せばギルツが壮健であることは伝わるので、ギルツが行かなければならない理由は何も無かった。
「それに――」
ニィッとギルツが笑みを浮かべる。
「俺達が居ない間、鍛錬をサボってなかったか確かめておかないとな」
ギルツの言葉が届いたのか、カールとテリーがビクリと肩を跳ねさせた。
「……そうか。何と言うか、ほどほどにな」
「おう」
絶対に分かってないな、と思いながらぷるぷる震えているカールとテリーに哀れみの視線を送る。
カール達の指導は、当初ユウトが行なっていたのだが、途中からは概ねギルツが代わっていた。ギルツは魔力という才能に欠けていたため、まさに鍛錬を重ねた結果今の実力を付けた努力家だ。加えて、ユウト達の中では最も冒険者としての経験が長く、多い。そのため、指導者としてはギルツの方が優れていたのだ。
もっとも、その指導の仕方は、まさに鬼。勿論、カール達がまだ子供だという点には配慮しているが、限界ギリギリのラインを見極めた上でそこをほんの少しだけ超えさせるという、ある種神業のような指導をしていた。おかげで、直接指導した期間はまだ短いにもかかわらず、カール達の実力はかなり伸びている。――本人達は割と本気で泣きが入っていたが。
「ついでに、アニー達も鍛えなおしてやる」
犠牲者が増えたみたいだが、ここはスルーしておくことにする。
「エリスとソフィアはどうする?」
「私達は一緒に行きます」
「魔術の鍛錬をするにも魔力量に限度があるから、一日中は出来ないもの」
ユウトが聞くと、間髪入れずに答えが返って来た。
「……あくまで、ドバンさんのところに行くだけだぞ?」
「ええ。分かってるわ」
「勿論です」
一応念を押したが、二人は嬉しそうにそう答えるだけだった。たとえ短かろうと二人にとっては紛れも無いデートなのだから、嬉しいことに変わりはない。そう思ってくれているのが分かるので、ユウトも笑顔で頷いた。
翌日、ユウト達はドバンの店に向かった。中には冒険者らしい者達が何人か居り、並べられた刀を見ていた。相変わらず、大繁盛とは言い難いが、それなりに客が入っているようだった。
「あ、ユウト君だ。エリスちゃんとソフィアちゃんも、久しぶりだねぇ」
店内に入ったユウト達を見つけたケーラが手を振る。
「お久しぶりです。ドバンさんは奥ですか?」
ケーラの元に向かうエリスとソフィアに続いたユウトが聞くと、「そうだよ」と頷いたので、一言断りを入れてから奥に入らせて貰った。エリスとソフィアはなにやらケーラと話があるらしいので、ユウトだけだ。
奥に進み、鍛冶場にさしかかると、中でドバンが作業をしているのが見えた。
「ドバンさん。こんにちは」
「ん? おう、ユウトか。戻ったんだな」
「はい。昨日戻ってきました。それで――」
「白夜と飛刀だな?」
「それもなんですが、他にちょっと相談が」
不思議そうな顔をしたドバンに、ユウトが内心で笑みを浮かべる。
――さて、どんな反応をするかな?
これから見せる物にドバンがどんな顔をするかと思うと、表情を保つのに一苦労だった。




