第77話 救う術は・・・
「それが、貴方が一番聞きたかったことですね」
一拍置いて、ウェルが再び口を開く。
「スバルにかけられている精神支配は、術者を倒せばその効果は失われます。――通常ならば」
喜色を滲ませたユウトだったが、ウェルが最後に付け加えた一言で、その表情が即座に怪訝なものに変わった。
「通常なら?」
「はい。ですが、スバルに限ってはそう簡単な話ではないのです。元々、精神支配は魔力が高い者相手では効果が薄く、スバルほどの魔力があれば本来ならかかるはずがありません」
「だけど、実際にはかかっています。それは何故なんです?」
「貴方とスバルがこちらの世界に来た原因と関係しているのですが、ヴァルド達はスバルを――魔力の高い者をその手駒とするためにこちらに呼び寄せました。その際、精神支配の術式を召喚の陣に組み込んだのでしょう。この――」
「ちょ、ちょっと待って!」
ソフィアが戸惑った様子で声をあげた。ウェルは話を途中で遮られたことに気分を害した様子も無く、ソフィアに視線を向ける。
「どうしました?」
「召喚の陣とか、精神支配とか。そんな魔術聞いたことも無いのだけれど……」
おそるおそる口にする。ウェルが当然のような顔をしているので、自分が無知なだけなのではないかと感じてしまったのだ。今こうして目の前に始祖竜が居るという時点で、常識的に見れば信じられない状況だ。そのこともあって、自身の常識に自信が無くなりつつあった。だが、これに関してソフィアに間違いはなく、ウェルがそれを肯定する。
「それはそうでしょう。これらは魔力を使用するという点は同じですが、魔術とは異なる技術です。そして、その危険性から、人間やエルフの間では語り継がれていません。最初に生み出した者が遺すのを避けましたから。しかし、その存在に気付き、使用できるようになる者が現れるのは時間の問題でした」
「そんなことが出来るなんて……」
考えたことも無い、という顔だ。この世界において、基本的に魔力を用いる技術は魔術と魔道具くらいだ。といっても、単にそれらが既に生み出された技術だというだけで、それ以外には無いというわけではない。しかし、生みの親である大魔導師が偉大過ぎたということでもあるのだろうが、誰もがその遺された範囲でしか利用方法を考えなかった。
「人やエルフは今ある技術に満足し、その先を考えようとしなかった。あなた方が考えている以上に、魔力というのは万物に影響力を持っているのですよ」
痛いところを突かれたとソフィアの表情が歪む。言葉こそ違うが、言っている内容はヴァルドと同じだ。教えられたことをただ単に信じただけで、それ以外、それ以上を自分の頭で考えようとしなかった。
その事実を認めるのは辛くもあるが、生きている内にこうして二度も自らの怠慢を突きつけられる機会を得られたのは、幸運だと考えるべきだ。なぜなら、今ならまだ間に合うのだから。
もっと色々なことに目を向け、多くのことを考えようと密かに決意を固めるソフィアを余所に、ウェルは「――話を戻しましょう」と、再びユウトの方を向いた。
「精神操作の術式を召喚の陣に組み込むという手法は本来の使い方ではないのですが、このやり方だと内側から精神操作をかけるようなものなので、対象の魔力による影響を受け難いのです。勿論、全く影響が無いわけではありませんが、魔力の使い方どころか、その存在すら知らない異世界人では、対抗するのは不可能と言って良いでしょう」
そこまで言ったところで、初めてウェルがユウトの様子がおかしいことに気が付いた。
ユウトは俯いたまま、拳を握り締めている。誰も気付いていなかったが、ソフィアがウェルの話を遮った辺りからずっとこうだった。そんなユウトの内側では、煮えたぎった怒りが渦巻いていた。そして――。
「ふざけるなよ……」
ぽつりと呟いた。
我慢できずに漏らしたその声は、やけに冷たく、静かだった。いっそ怒りなど無いかのように。しかし、だからこそ余計にその怒りがただならないものだということを表していた。
――手駒が欲しい? そんな自分勝手な理由で、昴をあんな風にしたのかっ……!?
直後、周囲の古代竜がユウトを警戒し始め、地面に横たえていた体を起こした。妙な動きをしたら、即座に攻撃すると言わんばかりに。それというのも、ユウトから殺気が漏れ出したせいだ。ギルツ達がそのことに気付いた時には既に遅く、ユウトの放つ殺気と古代竜の醸し出す緊迫感に身動きが取れなくなっていた。
ウェルはそんな中で古代竜達に手の平を向けて動かないようにと指示を出すと、そのままユウトに歩み寄り、頬を撫でた。
「そのように怒りに我を忘れていては、相対した時に足元を掬われますよ」
「……っ」
その冷たい手の感触にユウトが我に返ると、漏れ出していた殺気が霧散した。それと同時に古代竜が警戒を解き、ギルツ達は安堵の溜め息を吐いた。
「……すみません。みっともないところを」
ユウトは感情を抑えられなかったことを恥じて頭を下げると、ウェルはゆっくりと首を横に振り、優しく微笑んだ。
「友人のことを思って怒ったのですから、みっともなくなんてありませんよ」
「……どうも」
ユウトが真正面から向けられるウェルの視線から逃れるように目を逸らした。
その頬が少し赤くなっていたのは、我を忘れていた自分を恥じていたからだ。断じてウェルに至近距離で笑顔を向けられて照れたわけではない。だから背中に視線を突き刺すのは止めて欲しい。
「その、話を続けて下さい」
「ええ。――スバルに精神支配が効いているのはそのためですが、同時に深く食い込み過ぎているのです」
「深くってどういうことなんだ?」
ユウトがまだ冷静になりきれてはいないだろうと判断したギルツが代わりに聞く。
「深くというのはあくまで比喩ですが、スバルの精神への影響が強すぎるということです」
「それが……?」
迂遠な言い回しに、先を促す。しかし、続くウェルの言葉に全員が絶句することになった。
「下手に術者を倒してしまうと、支配の消失と同時にスバルの精神まで破壊してしまう虞があるのです」
精神が壊れた人間がどんな風になるのか、ユウトにも具体的に想像できるわけではない。だが、少なくともユウトの知っているスバルでは無くなってしまう事くらいは容易に想像がついた。
「……他に、方法は無いんですか?」
ようやく搾り出せた声は震えていた。
もしウェルが「無い」と言えば、それは本当に無いのだ。始祖竜たる存在の言葉だ、故意に嘘を吐いていない限り、その言葉に間違いは無い。だからこそ、ウェルの答えが怖かった。
しかし、ユウトにとっては嬉しいことに、ウェルの答えはその心配とは逆のものだった。
「――あります」
「本当ですかっ!?」
「……ただ、それは非常に困難だと思いますよ」
「構いません。可能性があるのなら、それで十分です」
ユウトの瞳に力が戻った。それを見て、ユウトの決意の強さを感じたウェルが表情を緩めた。
「そうですか。もう一つの方法は、術者が自身の意思で術を解くことです」
「そんな……」
すぐに困惑した声をあげたのはエリスだった。
利用するつもりで精神支配をかけたのだから、それを自分から解くことは考えられない。それこそ、利用価値が無くなったか、そうせざるを得ない状況になりでもしない限りは。ウェルが非常に困難だと言ったのも頷ける。
だが、ユウトにはそれで十分だった。
――光明は見えた。
幾ら難しいといっても、可能性はゼロでは無いのだ。
ヴァルドを追い詰めて、術を解かせれば良い。拷問だろうが何だろうが、手段を問わなければやりようもある。これだけ好き放題やってくれた相手だ、遠慮する理由はないし、そんな必要も無い。
ユウトがそんな容赦の無い考えを抱いていることに気付いたエリスとソフィアが心配そうにしていたが、それは無視した。これだけは、例え誰に何を言われようとも譲る気は無かった。もっとも、二人が危惧していたのは、手段そのものよりも、それによってユウト自身に良くない変化が起きるのかではないかということだ。そしてそれは、ウェルも同じだった。
「ユウト。怒りや恨みを持つことやそれを晴らすことを否定はしませんが、それを愉しんではいけませんよ。そうなってしまえば、貴方はまた――いえ、貴方を大事に思う者達が悲しみます」
二人と同じ危惧を抱いたウェルがそう釘を刺した。
今のユウトからはどこか不安定さが感じられる。先程ヴァルドに対して怒りを露わにした直後だからかもしれないが、ヴァルドに対する復讐心というか、敵意のようなものが少し強くなりすぎているのだろう。強い決意は、ともすれば強い思い込みに変わり、一歩間違えば目的と手段を間違えてしまう。ユウトがすべきなのはスバルを助けることであって、ヴァルドを痛めつけることではないのだから。
「――はい。心に留めておきます」
ユウト自身その自覚はあったため、素直に頷いた。
今後取るべき方針は決まった。だが、それには大きすぎる障害がある。それを提示したのはギルツだった。
「だが、どうするんだ? 解かせる手段は今は置いておくとしても、それ以前にあの二人を無力化する必要がある。……正直それは難しいぞ」
その言葉に前回の敗戦を思い出して、全員が表情を曇らせた。
ギルツ達はヴァルド一人に抑えられたどころか、遊ばれていた。ユウトはスバルを一時押してはいたが、あれは奇襲のようなものだ。手の内がばれている以上、おそらく二度目は通じない。更に今回は、二人を殺さずに無力化しなければならない。単に殺すよりも遥かに難易度が高くなる。
「ええ。今のあなた方ではあの二人を殺さずに無力化するのは難しいでしょう。――だからこそ、ここに呼んだのですよ。私が貴方を呼んだ理由は忘れていませんね?」
「更なる力……?」
「そうです」
怪訝そうな顔で答えたユウトに、よく出来ましたと言わんばかりに頷いた。
「そうは言っても、あくまでヒントを与えるだけです。それを活かせるかどうかはあなた方次第――いえ、正確にはユウトとエリス、それにソフィアですね」
「何故、俺だけ……?」
一人除外されたギルツが思い詰めた表情を浮かべた。ギルツがどのようなことを気にしているかをも知っているウェルは、ゆっくりと首を振る。
「そうではありません。私が伝えられるのはあくまで魔力に関してです。ですから、私からは貴方に何も教えられないのです」
ギルツにはほとんど魔力が無く、魔術は勿論、“探査”等の魔力を使う技術も使用できない。だからといって、人間の武芸に関して教えることも出来ない。そのため、ギルツに関してはウェルに教えられることが無いのだ。だが、ウェルの言葉には先があった。
「ただ――」
「ただ?」
「貴方の選択は、きっと間違いではない、とだけ」
その言葉にギルツは驚き、しかしすぐに心強い後押しを受けたと更に決意を固めることになった。このとき、ユウト達は二人の会話に不思議そうな顔をしながらも、ギルツに聞くことは無かった。もっとも、聞いていたからといって、何かが変わったということも無いのだが。
「さて……。ヒントを与えるとは言いましたが、実のところ、あなた方は既にそれと同質の物を何度と無く目にし、経験しています。その一つがウェンディです」
一斉に、ウェンディに視線が向く。いつの間にか人化していたウェンディは照れたように頭をかいているが、別に照れるような視線を向けたわけではない。
「この子が放ったブレスは風竜特有の物ですが、あれの威力はどうでしたか?」
「どうって……」
「壮絶だったわね……」
「理不尽なくらいにな……」
実際に受けた二人は遠い目をしている。あの一撃でソフィアは気絶し、ギルツは武具をほとんど全て破壊されて事実上の戦闘不能になった。その威力はソフィアの言葉通り、壮絶の一言だ。ブレスが走った後の周囲の有様を考えれば、その威力も察することが出来るだろう。、
「あれは使用した魔力という点ではあなた方が使う一般的な魔術と大差ありませんし、魔術で同様のものを再現することも可能です」
「嘘……っ!?」
ソフィアがその事実に愕然とする。
あのブレスに使用された魔力が一般的な魔術と同等だと言うが、ソフィアがあの威力を魔術で再現しようとすれば全魔力を使用しても難しい。加えて、あの規模の魔術の存在なんて聞いたことが無かった。
「魔術を生み出した者のことは知っていますね?」
「大魔導師様、ですよね……?」
答えたエリスもどこか自信無さ気だ。色々なことがありすぎて、実はこれも間違っているのではないかと不安だった。
「ええ。今のあなた方は彼の遺した物を使っていると考えているようですが、彼の魔術と比べるとあなた方のは魔術とも呼べない代物です。威力、汎用性、魔力効率すら。そのあらゆる面で大きく劣っています。その違いは個人の才覚ではなく、もっと根本的な部分にあります」
「それは……?」
「魔力についての理解不足と、想像力の欠如です」
断言するウェルに、ユウトが眉を顰める。
――想像力の欠如……?
魔力についての理解不足というのは分からなくも無いが、想像力がどう関係するのかが理解出来なかった。
「それって――」
「これ以上は自分で考えて下さい」
詳しく聞こうとユウトが口を開くと、すかさずウェルがそれを止めた。教師が生徒を諭すような口調にユウトが口を噤むと、ウェルは一言だけ助言を付け足した。
「この中では、異世界から来た貴方が一番気付く可能性が高いと思います」
「異世界から……」
――この世界には無い知識を持っているからか? それとも……?
考え始めたユウトをウェルは好ましいものを見るような目で見ていたが、すぐに気を取り直す。
「ユウト。力のある人間を呼ぶという理由とは別に、貴方個人にはお礼があります」
「……礼?」
思考から戻ったユウトが、首を傾げた。ウェルに礼をされるようなことをした覚えがないからだ。
「ええ。あの子を――助けて貰いました」
視線の先には群青色の騎竜。ずっと黙って話を聞いていたようだが、視線を向けられた本人? も意味が分からず首を傾げている。いや、あれは逆に話を聞いていなかっただけかもしれない。
それは兎も角――。
「助けたと言っても、実際は余計な手出しをしただけなのでは?」
この騎竜が盗賊に捕まっていたのも、それをウェル達が助けなかったのも、全て試練の一環だ。それと知らなかったとはいえ、ユウトのしたことはウェル達から見れば余計なお世話に他ならない。文句を言われる筋合いも無いが、礼をされるのも筋違いな気がする。
「確かに。ですが、親としては善意で娘を助けて頂いたのですから、礼くらいはさせて下さい。それに、これは私としても益がありますから」
「益?」
「はい。この子を連れて行って欲しいのです」
「――は?」
その予想外の言葉に、ユウトの口から呆けた声が漏れた。




