第76話 始祖竜
「こいつも……?」
ギルツが騎竜に疑わしげな視線を向けるが、ユウトはむしろ納得がいった。
盗賊の住処で会った時、この騎竜には言葉が通じていた。いくら騎竜が亜竜の中でも頭の良い種だと言っても、まだ子供の騎竜が普通に人の言葉を理解している方がおかしい。そのため、騎竜の中でも特に頭の良い個体なのだろうと思っていたのだが、正体が古代竜だというのならば、さもありなん。
「だけど、何で捕まってたんだ? 古代竜なんだろ?」
姿を変えてる間に本来の姿ほどの戦闘力が出せるのかは分からないが、無力だとは思えない。少なくともウェンディは人間の姿であっても強大な魔力を持ち魔術を使えるのだから、この騎竜も何かしらの身を守る手段くらいはあるだろうし、そもそも本来の姿に戻れば良いだけのはずだ。たかが人間の――しかも盗賊程度に捕まるわけが無い。
そこで、ユウトが一つの可能性に気付いた。
「もしかして、その時から俺を……?」
この騎竜とユウトを引き合わせるために敢えて盗賊に捕まらせ、助けさせたのか。そう考えたのだが――。
「あれはただの偶然っすよ?」
「えぇ……」
何を言ってるんだろうと言わんばかりの顔でウェンディに否定され、ユウトの口から間の抜けた声が漏れた。
「ウチらはある程度成長すると、勉強のために一度騎竜として人間の中に混じるっす。その際は能力のほとんどを母様に封じられるっすよ。下手に暴れたりしないようにっすね」
「こいつが喋らないのもそのせい?」
騎竜が擦り付けて来る頭を撫でると嬉しそうな鳴き声を漏らすが、依然として一言も発していない。それが能力を封じられた影響だと考えるのは自然なことだろう。だが、ウェンディは軽く首を横に振った。
「いえ、それは単にその子がまだ幼いってだけっす。言葉は分かるけど話すことが出来ないっす。というか、自分自身の意思で姿を変えられて、言葉も話せるようになって一人前なんすよ」
「ん? でもこいつは騎竜に変わってるんじゃ?」
「そうっす。山を下りる時に母様がやったんすよ。だから、自分でその変化を解くのが第一段階ってわけっす」
一種の成人――この場合は成竜というべきかもしれないが、そのための儀式や試練ということなのだろう。そう考えたユウトを肯定するようにウェンディが頷いた。
「この子は、その真っ最中に捕まったんすよ。ユウト君があの盗賊達を討伐したのも、あの場にこの子が居たのも、完全に偶然っす」
「なるほどな。でも、何で助けなかったんだ? 捕まっていたのを知らなかったわけでもないだろ?」
「母様は知っていたはずっす。でも、それも経験の一つっすから、基本何があっても放置するっすよ」
竜とはいえ幼い子を放置すると平然と言い切ったウェンディに、ソフィアとエリスが気分を害したように顔を顰めた。
「……随分厳しいのね」
「何があってもって、命が危なくてもですか……?」
「流石に殺されそうになったりすれば別っすよ。母様も母親っすからね、自分の子が殺されそうになれば助けるっす」
母親が子を見捨てるということが不快だったのだろう。その証拠に、ウェンディが否定すると、二人が安堵の表情を浮かべていた。
「もっとも、そういうケースは今まで無かったそうっすよ。群青色の騎竜なんて珍しいっすからね、殺すより売って金にした方が得っす」
「……なるほど」
あっけらかんとしたウェンディとは対照的に、ユウト達は複雑そうだ。
納得がいく理由なのだが、竜がそれほど人間の考えに通じているというのも、自分達を金で売り買いした方が得だと言ってのけるのも、人間側としては微妙な気分だった。
そこで会話が途切れると。
「キュッ」
「うぉ」
突如騎竜に横から体を押された。
なにやら抗議している風で、おそらくウェンディと話してばかりでつまらなかったのだろう。
そう判断して、機嫌を直して貰おうと頭を撫でると、手に頭を擦りつけて来た。ペット的な可愛さがあるのだが、これはこれで竜としてはどうなのか。
――まあ、ウェンディも何も言わないし、こいつも満足そうだから良いか。
むしろ、何となくエリスとソフィアの視線の方が冷たい気がするのは、きっと気のせいだ。
「それじゃ、母様のとこにいくっすよ。ほら、いつまでも甘えてないで、早く案内するっす」
「キュゥ」
残念そうに鳴いてユウトから離れた騎竜がウェンディの隣に並んで歩き始めると、ユウトとギルツがそれに続き、エリスとソフィアが最後尾に着いた。
背後から、「あの騎竜もいずれウェンディさんみたいに女性になるんでしょうか?」とか、「まさか竜がライバルになったりしないわよね?」等と聞こえた気がしたが、それも気のせいだと思いたい。
騎竜が合流してから結構な時間を歩いたところで、ずっと“探査”で周囲を気にしていたソフィアが呟いた。
「前と同じ――いえ、それ以上に魔物が近づいてこないわね」
「そう、ですね。やはりウェンディさん達が居るからでしょうか?」
そう言ったエリスの視線は前を歩くウェンディと騎竜に向けられている。
以前、ここに来たときもそうだったが、“探査”の範囲ギリギリくらいまで魔物が引いていて、その内側にはぽっかりと魔物が居ない空間が出来ている。前よりも“探査”の範囲が広がっていることを考えると、その引き具合は度を増していると言えるだろう。
すると、視線に気付いたウェンディが振り返る。
「そうっすよ。ウチ達に怯えてるっす」
「……前に来たときも同じような状況だったんだが、それは何故なんだ?」
「あれはユウト君っすね」
「俺……?」
「正確には、ユウト君自身じゃなくて、ユウト君の体に残った竜の残り香というか、気配みたいなものっす。この子と別れる時に、体を擦りつけられなかったっすか?」
「ああ。そういえば」
「この子なりのユウト君への恩返しってとこじゃないっすかね。竜の気配が分かるほどの強い魔物なら怯えて襲ってこなくなるっすから」
確かに、別れ際に頭を擦りつけられた。てっきり別れを惜しんでいるだけだと思っていたのだが、ユウトの身を守ろうとしてくれていたらしい。
「その気配が残って、ここの魔物はそれに怯えてたっすよ」
「だけど、あの時から随分経ってたはずなんだけど……。今も残ってるのか?」
「今は全く。まあ、さっきのでまたついてるっすけど……。前の時も極僅かにって程度だったっす。実際、ここ以外では普通に魔物が襲ってきてたっすよね?」
「……確かに」
この騎竜に出会ってから前回ウェントーリ大山脈に来るまでの間、何度となく魔物と遭遇したし、戦いもした。ずっと残っていたなら、それらの魔物も逃げていたはずだ。
「ここの魔物はウチらの気配に敏感っすから、ほんの僅かな気配にも気付いたっすよ」
「納得だ。そういや、一回様子のおかしな魔物が襲ってきたが、あれは?」
「あれはウチがやったっす。直接魔物の前に姿を現して威圧したら、必死になって逃げ出したっす」
「おいっ!?」
からからと笑うウェンディにユウトとギルツが同時に声を上げる。
「実力を量る為に必要だったっすよ。良く分からずにやって、一撃で殺しちゃったら困るっすから」
――平然と恐ろしいことを言ってくれるな……。
当たり前のように言ったウェンディの言葉が真実であるという事実を改めて気付かされ、冷や汗が流れた。
ウェンディがそう言うだけの実力差が実際にあるのだ。当時も明らかに手加減されていたし、今ここでウェンディが本気で敵に回れば、間違いなく全滅する。ウェンディがそんなことをするとは思っていないが、意識させられるとやはり緊張する。
「そう怖がらなくても大丈夫っすよ。ウチらと戦うことはもう無いはずっすから」
そんなユウトの心情に気付いたのか、どこか子供をあやすような口調だった。そのおかげ――かどうかは分からないが、気分は落ち着いた。それどころか、逆に――。
「何だろう。同じ古代竜のはずなのに相手がウェンディだと思うと、むしろ残念な気分になってくる……」
「あー、酷いっす。敬意が足りないっすよ、敬意が」
子供のように怒り出したウェンディから、全員がそっと視線を逸らした。そう思ったのはユウトだけでは無かったようだ。
直後、風が流れて。
「そんな様子で敬意などと言っても説得力がありませんよ」
突如、耳に声が届いた。
ウェンディと騎竜を除く全員が一斉に周囲を探る。今の声はここに居る誰の物でもない。それに声の届き方がおかしかった。まるで耳元で声を発したように聞こえた。しかし、当然すぐ近くには誰も居ない。
緊張感を持ち始めたユウト達に、ウェンディが暢気に声をかける。
「大丈夫っすよ。今のが母様っす」
「今の声が……? だが……」
ギルツが訝しげな表情を浮かべる。
周囲を見ても、ユウト達以外には誰も居ない。地上は勿論、上空にも。一体どこに居るのか分からなかった。
「近くには居ないっすよ。母様はまだ先っす」
「先? なら今のはどうやって……?」
「母様は風を司る始祖竜っす。これくらいは当然っすよ」
――そういえば、声が届く前に風が吹いたな。……風に乗せて声を運べるのか。風を司るってのは伊達じゃないってことか。
風系の魔術を得意としていたり空を飛べるというだけでなく、風そのものを自在に操ることができるのだろう。そうなると、天災の類が起きないのは始祖竜が居るからだという話が真実味を帯びてくる。それぞれの始祖竜が火・水・風・地を制御しているなら、確かに天災の類は起きない筈だ。
「驚かしてしまったようですね。待ち侘びていたもので、つい声をかけてしまいました。――案内役を任せたはずのどこかの娘が、人間の町に浮かれていた間もずっと待っていたので」
「あ、やばいっす」
怒気を漂わせた声に、ウェンディが逃げ出す体勢を取る。
「ウェンディ。逃げたら――分かっていますね?」
しかし、すかさず釘を刺された。
「……はいっす」
そして、ウェンディが諦めの表情を浮かべた。
それを見ていたユウト達が哀れむような視線を向ける。ウェンディの母親がどれほど恐ろしいのかは分からないが、あのウェンディが途方に暮れているのだから相当だろう。それに、少なくとも逃げようが逃げまいが、怒られるのは確実だ。
一体どんな目に遭うのかと僅かに興味をそそられるが、見ないほうが精神衛生上良い気もする。
「そのまま真っ直ぐ進めば洞窟があります。そこの馬鹿娘は放って、先に進んで下さい」
ユウト達がそんなことを考えていると、あっさりと娘を切り捨てた母親が先を促してくる。
当のウェンディは母親が余程怖いのか、未だ途方に暮れたまま「お仕置き確定っすか……。いっそ逃げ――いや、逃げたらお仕置きマシマシに……」とぶつぶつ呟いている。
――まあ、危ないということも無いし、呼んだ本人がそう言うなら構わないか。
ギルツ達も同じことを思ったのか、ユウトを見て頷いた。
「じゃあ、案内頼むな」
ウェンディを放置すると決めたユウトは、もう一方の案内役に声をかける。
「キュィ!」
任せろとばかりに鳴いた騎竜がトタトタと歩き出し、四人はその後に続いて再び先に進み始めた。
それから数時間程が経った頃、ウェンディの母親が言っていた通り、洞窟が見えた。そのまま薄暗い洞窟に足を踏み入れ、数十分程度歩いたところで、洞窟を抜けた。
光に満ちていたその先には――。
「ここ、は……」
ユウト達は揃って目を瞠った。
とてつもなく広い空間だった。周囲は絶壁のような岩山に囲まれているが、上は開けており、直接陽が差し込んでいる。。
そこはウェントーリ大山脈の中心部、高い山々に囲まれた谷のような場所だ。そこに、百近い風竜が居る。そのほとんどは竜形態のウェンディと同じくらいの大きさだが、数体だけは明らかにそれよりも大きい。
ここに居る竜は、三種類居る。一つは老竜。もう一つはウェンディと同じ古代竜。そして、最後の一つが始祖竜だ。どの竜がどれに当たるのか、それは見比べれば容易に分かる。それぞれが持つ風格や存在感が明らかに違う。
特に、先頭に座している竜。その竜はウェンディよりも遥かに大きく、ここに居る風竜の中で最も大きい。この竜は別格だ。明らかに他の竜とは一線を画している。どこか神秘さを感じさせるその姿は、風格や存在感において、他の竜の比では無い。
――間違いない。この竜が始祖竜だ。
そう確信した。同時に、始祖竜を神の遣いだと評した者に諸手を挙げて賛成したい気分になった。
次元が違う。ユウト達からすれば古代竜すら生き物としての格が違うと感じるのに、その古代竜とも格が違う。最早同じ世界に存在する生き物とは思えない程に。
「そう怯えないで下さい。良く来ましたね。貴方を待っていましたよ、ユウト」
見た目に反して優しい声だった。
その声で、ようやく緊張で強張った体から僅かに力が抜けた。
「貴方が……」
「ええ。人間達が始祖竜と呼ぶ存在です」
「どうお呼びすれば?」
「私達に名を付ける習慣はありません。お好きなように」
「好きにと言われても……」
そもそも名前が無いのでは呼びようが無い。顔を見合わせたユウト達全員の表情に困惑が表れていた。そうしていると、ギルツが良いことを思いついたとばかりに言った。
「ウェンディのおふくろさん、とか?」
名前が無いなら、立場で。と考えたのは至極自然なことだろう。だが、当の本人はお気に召さなかった。
「……その呼ばれ方は不快ですね」
――好きに呼べと言った側からっ!?
全員の心の声が一致した瞬間だった。
ユウト達に竜の表情をきちんと判別することはできないが、それでも間違いなく不快なのだと分かる雰囲気を漂わせている。
――そこまでウェンディ主体の呼ばれ方が嫌なのか……?
そんなことを思っていると、始祖竜の表情が緩んだ。
「そうですね。ウェルと呼んで下さい。それと、畏まる必要はありませんよ」
「いや、しかし……」
強大な始祖竜を前に畏まるなというのも無茶な注文だ。そもそも意図してやっているのではなく、無意識に近い。戸惑っていると、上空から聞き覚えのある声が響いた。
「そのままじゃ無理っすよ。母様の顔怖いんすから」
見覚えのある――と言っても、正直あまり見分けもつかないが、風竜が降りてきた。追いついてきたウェンディだ。
「……確かに、この姿では無理もありませんか」
娘の意見に納得したのか、ため息交じりにそう言うと、付け加えたように死刑宣告をする。
「――お仕置き三割り増しです」
「そんな無慈悲なっ!?」
悲鳴をあげたウェンディを無視して、ウェルが姿を変える。
顔が怖いと言われたのを怒っているのだろう。意外とデリケートだった。
それはそれとして、人の形をとったウェルは、ウェンディと同じ群青色の瞳と髪をしていた。外見的な年は二十代後半といったところか、ウェンディにどこか似ているが、元々あった神秘的な雰囲気が残っている。
しかし、人型に姿を変えたおかげか、存在感の大きさが多少薄れた。ユウト達の表情が少し和らいだのを見て、ウェルが微笑んだ。
「これなら、少しは楽でしょう。さて、何か私に聞きたいことがあるのではありませんか? 特に、貴方には」
そう言ってユウトを見た。視線を受けたユウトは一歩前に進み出る。
「何故、俺をここに呼んだんですか?」
「私達は強い人間を探しています。力だけでなく心も。今回はあなた方がそうだったということです」
最初から聞かれるのが分かっていたかのように、ウェルの答えは淀みない。
「何故、そんなことを?」
「それは教えられません」
「強い人間を呼んで、どうしたいんです?」
「更なる力を。と言っても、あくまで切っ掛けを与えるだけですが」
「対価は?」
「特に何も」
次々と出される疑問に、ウェルが淡々と答える。
ユウトは探るような目でジッと見ていたが、その表情や態度に違和感は無い。神代の時代から生きる始祖竜が相手では自信は無いが、嘘を吐いていたり裏があるようには見えない。だが、その目的や理由が不鮮明だ。
しばらく考えた後、ユウトは大きく息を吐いた。
――目的がいまいち分からないな。話したくないのか、それとも話せない理由があるのか。何にせよ、これ以上は無意味か。なら……。
拳を強く握り締める。
ユウトにとってはここからが本題だ。ウェルが知っていると聞いたからこそ、わざわざここまで来たのだから。
「スバルを助ける方法を教えて下さい」
そう言うと、ウェルは待っていましたとばかりに微笑を浮かべた。




