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第75話 ウェンディの正体


 王都を出てから一週間近くが経った。


 途中にある村や町に立ち寄りつつ、ユウト達はウェンディの指示通り東に向かっていたのだが、エリスを除く三人にとっては覚えのある道程だった。そのせいもあってか、ギルツは未だに目的地を語らないウェンディに業を煮やしていた。

 そして――。


 「なあ、いい加減どこに向かってるのか教えてくれても良いんじゃないか?」

 

 そう言い出したのは、馬を休ませるために休憩を取っていた時だった。


 「そうっすねぇ……」

 「……ユウト?」


 言い渋るウェンディに見切りをつけたのかギルツがユウトに向く。

 ――俺の方を見られてもなぁ……。

 ユウトが口にしないのも、一応はウェンディに配慮してだ。当の本人に言うつもりが無いのなら、ユウトが言ってしまうわけにもいかない。どうしたものかと考えていると、結論を出したウェンディがあっけらかんと答えた。


 「まあ、そろそろ言っても構わないはずっす。今の目的地はあの村っすよ」

 「あの村……?」


 疑問符を浮かべた表情でソフィアが聞き返す。

 「そうっす!」とウェンディは答えた気になっているようだが、ユウトを除く全員が「どの村?」という顔になっている。


 「ウェントーリ大山脈の麓近くにあった村じゃないか? 俺達も世話になった」


 なので、名前が無いと不便だよな、などと思いつつユウトが補足する。

 それでギルツとソフィアは納得した様子を見せたが、逆にエリスは不安げな表情を浮かべた。


 「風竜が棲むという山……」

 「心配?」

 「……はい。少し」


 ユウト達が以前山に行った時のことは、エリスに話してあった。

 最上位の魔物とされている竜が近くに群れで棲みついていると聞いて怖がる者は少なくないし、ユウトが死に掛けたというのもあって、不安が残るのだろう。

 ――うん、これが普通の反応だ。まぁでも、心配は無いだろうな。

 何せ、こちらにはウェンディが居る。風竜と戦うという事態になることだけは無い筈だ。――とはいえ、それをエリスに言っても不思議そうな顔をされるだけだ。気休めにもならないかもと思いながら「皆居るから大丈夫」と伝えると、それでも安心したようだった。

 それから、ウェンディにそっと目を向けると、視線に気付いてサムズアップする。そして、唐突にこんなことを言い出した。


 「ところで、始祖竜という言葉をご存知っすか?」

 「そりゃあ、聞いたことくらいはあるが」

 「ええ。エルフにも伝わっているわ」


 戸惑いがちにギルツとソフィアが答える。

 何を聞きたいのか、若しくは言わせたいのかは分からないが、何か意味があるのだろう。そう判断したユウトはエリスに視線を向ける。


 「多分、エリスが一番詳しいと思う」

 「そういえば、サーシャさんが元シスターだったな」


 始祖竜については教会の教典に記されている。多少のことなら教会に縁の無い者でも知っているが、やはり一番詳しいのは教会関係者だと考えて間違いない。。

 水を向けられたエリスは、正確に思い出すためか少し考えてから口を開いた。


 「――始祖竜というのは、世界を創造した神が一番最初に生み出した生命とされている四体の竜のことです。それぞれ火、水、風、地を司っており、今もどこかでその安定を保っていると言われています。そのため、教会では始祖竜は神の遣いだと言う人も居るそうです」

 「私が知っているのも大体同じよ」


 始祖竜に関しては人間もエルフも伝わっている内容は大して変わらない。創造神に生み出された竜で、世界の安定を保っている存在だという点は全く同じだ。

 この世界で地震や大雨などの天災の類が起きないのは、始祖竜が存在しているからだと言われている。ユウトの感覚からいえば眉唾物なのだが、実際に天災の類が起こったという記録は残っていない。ずっと昔のことは記録すら無いため分からないが、古い記録が残っているエルフでも同じように伝わっているところからすれば、おそらくは事実なのだろう。

 エリスの答えに満足したのか、ウェンディは仄かに笑うと更に質問を重ねた。


 「では、古代竜は?」

 「古代竜? 老竜じゃなくてか?」

 「それらは全くの別物っす。一緒にしないで欲しいっす!」

 「お、おう。すまん……?」


 急に怒り出したウェンディの勢いに押されてギルツが咄嗟に謝るが、腑に落ちないという顔をしている。

 ユウトも古代竜については聞いたことが無い。ソフィアはどうなのだろうと思って見ると、視線に気付いて首を横に振った。しかし、エリスは知っていたようで、すかさず答え始めた。


 「全ての竜や亜竜は始祖竜の子孫だと言われていますが、子孫が居るのなら人間でいうところの子供や孫も居る筈。そういう考えの下で、まさに始祖竜の子供に当たる竜を古代竜と呼んでいるんです。神に生み出された始祖竜も、その子である古代竜も、一般的に知られている竜とは比べ物にならないほどの力と知性を持っていると考えられています」

 「その言い方だと、古代竜についても……?」

 「確認されていません。多くの人は単なる言い伝えや想像の域を出ないと思っているはずです」

 「そのようっすね。でも、そうっす。古代竜は老竜みたいな単なる蜥蜴とは違うんすよ!」

 「老竜を蜥蜴呼ばわりか……」


 力強く言い切ったウェンディに、ギルツがげっそりした顔を向ける。

 人間にとって老竜は、それこそまさに天災のようなものだ。出会ったら死亡確定どころか、町が一つ吹き飛んでもおかしくない。そういう存在を蜥蜴呼ばわりするこの女は何様だという気分だ。

 だが、ウェンディからすればそれも当然なのかもしれない。

 ――比べ物にならないほどの力と知性か。道理で怒るはずだ。

 ユウトだって、人間と類人猿を一緒くたにされれば気分が悪い。

 それはそれとして、今の話でウェンディの正体も、その母親のことも想像がついた。ウェンディが尋常でない魔力を持っているのも、その母親に何もかもを見通しているかのようなところがあるのも、ありえそうだと今なら納得できる。

 ――だけど、そんな存在が俺に何の用だ?

 ウェンディやその母親の正体についての疑問は解消したが、今度は別の意味で疑問が深まることになった。




 その疑問は解消されることなく、更に一週間経った頃、ユウト達はウェントーリ大山脈の麓近くにある村を再度訪れることになった。

 ユウト達が来ることが分かっていたのか、入り口近くで村長が出迎えた。


 「思ったよりも早い再訪問になったようじゃな」


 村長はユウト達を見て好々爺然とした笑みを浮かべ、続けてウェンディを見ると頭を下げた。


 「お帰りなさいませ」

 「今帰ったっすよ」


 村長の態度に全員が驚いた。

 二人が知り合いだったこともそうだが、一応は村で一番偉いはずの村長が頭を下げたことにもだ。しかし、ユウトに限っては、更にもう一つ理由があった。


 「村長さん、もしかして貴方もウェンディと同じ……?」


 まさかと思いつつユウトが尋ねると、村長が笑って否定する。


 「いやいや。わしも、ここに住む者達も、少年らと同じ(・・)じゃよ」

 「そう……ですか。でも、ウェンディのことは知っていたんですね」

 「すまんのぅ。わしにも事情があるのじゃよ」


 村長の眉が申し訳無さそうに下がった。

 前にユウトを助けてくれた女性の――ウェンディのことを尋ねた時、村長は知らないという体を貫いていた。だが、実際は知っていながら、黙っていたのだ。


 「まあ、そうでしょうね……」


 もっとも、ウェンディの正体を思えば、軽々しく言うことは出来ないということは理解できるし、おそらくウェンディからも口止めされていたのだろう。

 ユウトが一人納得していると、村長がウェンディに向いた。 


 「ところで……、ウェンディ様とお呼びすれば?」

 「っす。これからはそう呼んで欲しいっす」

 「承知しました。わしらとしましても、助かります」

 「そういうもんっすか?」

 「ええ。呼ぶ名が無いというのは不便なものでして」


 ――やっぱり偽名……。いや、そもそも名前が無いから、偽名とは言わないのか。

 予想はしていたが、二人の会話でウェンディと名乗ったのが完全にアドリブだったことが確実になった。おそらくウェントーリからもじったのだろう。

 そこまで察したわけではないが、流石におかしいと感じたギルツ達が困惑した顔をしている。


 「……この村は、ウェンディと何か関係があるのか?」

 「そうじゃのう……。わしらはウェンディ様やそのお母上様に保護して頂いている、と言えば近いかのう」

 「ウェンディはこの辺りの領主の娘とか――いや、それは無いな」


 ギルツは村長の言葉を聞いて思いついた可能性を即座に否定した。


 「酷いっす!?」


 そんなギルツの言い草に、ウェンディがショックを受けたように声をあげる。

 確かにどう見ても貴族の娘には見えないが、一考の余地も無く切り捨てられて、ウェンディも不満げだ。


 「ほっほっほ。仲が良いようで何よりじゃ」

 「あー、うん。まあ、そうですね」


 暢気に笑っている村長に対し、ユウトは微妙そうな顔をする。付き合いやすいのは助かるが、改めて考えると威厳とかそういった物が微塵も感じられないのはどうなのだろうか。

 ――というか、今さっき恭しく頭を下げていたのに、その態度は良いのか。

 身代わりの早い村長を呆れた目で見ると、視線に気付いているだろうに、平然としている。以前ギルツが食えない爺さんだと評していたが、同感だった。


 「素性はともかく、ならウェンディの母親はここに居るのか?」

 「ここには居ないっすよ?」

 「……ここが目的地だったんじゃ?」

 「ちゃんと今の(・・)って言ったじゃないっすか」


 ギルツは何か言いたそうな顔をして――言っても仕方が無いと諦めた。喉まででかかった言葉を大きなため息に変えて吐き出すと、腹を括った。


 「……で、次どこに行くんだ?」

 「安心して欲しいっす。もうそんなに遠くまで行かないっすよ」

 「この近くなんですか?」

 「そっすよ。何せ、もう見えてるっすから」


 ウェンディは愉快そうに笑うが、ギルツ達は意味が分からず戸惑っている。村以外でここから見えるのは、広がる平野と点在する森、それとそびえ立つ大山脈くらいだ。()が住んでいられるような場所は無いのだから当然だろう。

 ユウトは答えを教えるつもりで、大山脈に視線を向ける。


 「……え?」


 いち早くユウトの視線に気付き、その意味を理解したソフィアが声を漏らした。その声に続いて、エリスとギルツも気付いた。


 「ウェントーリ大山脈……?」

 「正解っす」


 驚愕の表情を浮かべた三人に、悪戯が成功したとばかりにウェンディが微笑んだ。


 


 その日は村で一泊し、翌日の朝にウェントーリ大山脈へ向かった。そして、その麓に着くと、ギルツが露骨に顔を歪ませた。


 「まさか、またここに来ることになるとはな……」

 「同感ね。あんまり良い思い出が無いもの」


 同意を示したソフィアの表情も暗い。

 結果としては、全員が無事で始原の花を持ち帰るという目的も達成出来たが、ユウトを含めた三人にとって、ここは苦い思い出がほとんどだ。出来ることなら二度と近づきたくないくらいに。


 「それにしても、ここに母親が居るってどう考えても普通じゃないわよね」

 「普通じゃないんだろうさ。……で、結局ウェンディは何だ(・・)?」


 ギルツが睨むような視線をユウトに向ける。

 その視線は問うようなものでは無く、黙っていたことを責めているものだ。ギルツにも察しがついたのだろう。


 「……本人に直接聞いたほうが良いんじゃないか?」

 「答える気があるのかねぇ。……ウェンディ」


 声をかけられて、前を歩くウェンディが振り返る。


 「ん? どうしたっすか?」

 「お前は、人間か?」

 「勿論、違うっすよ」


 胸を張るウェンディに、ギルツが溜め息を漏らす。


 「堂々と答えたな、おい……」


 少しは言い渋るかと思いきや、事も無げに答えられた。しかも、結構重要なことを言ったはずなのだが、どうにも緊張感が無い。驚いているエリスやソフィアとの温度差が酷いことになっている。


 「いい加減隠す意味も無いっすからね」

 「人間じゃないって、どういうことですか……?」

 「言葉通りっすよ。ウチは人間じゃないっす」

 「エルフ……って訳じゃないわよね。なら……」

 「風竜っすよ。もっと言えば、以前ここでユウト君達と戦った風竜がウチっす」

 「あの時の……!? でも、どう見ても竜には……」


 エリスとソフィアはまだ信じられないようだった。

 今のウェンディの姿はどこから見ても人間だ。この姿を見て、正体が竜だと考えられる者はそう居ない。

 ユウトがすぐに気付けたのは、ユウトにとってファンタジーなこの世界で姿を変えられる存在が居るのは想定の範囲内――というか、むしろ居て当然という印象があったのが大きい。逆に、この世界の者にとって竜は竜、人は人であって、姿を変えるという考えに至らないのだ。そういう意味では、随分ヒントを出されたとはいえ気付けたギルツの方が少数派だろう。


 「古代竜は姿を変えることが出来るんすよ。ただの蜥蜴とは違うっす、ただの蜥蜴とはっ」

 「分かったから、二度言うな」

 「大事なことっす!」


 余程老竜と古代竜を同一視されたのが気になっているらしい。

 ウェンディとして老竜と古代竜はその能力以上に別次元の存在だと主張したいのだ。事実、同じ始祖竜の子孫とはいえ、どれほど長く生きた老竜もウェンディ程の知性や能力を持つことは無い。特に知性に関しては、老竜はどこまでいっても獣と同じであって、ウェンディのように対話することは叶わない。その辺りが、老竜をただの蜥蜴と言い切る理由なのだろう。


 「……なんというか、色々言いたいこともあるはずなのだけど、言葉が出ないわ」

 「ユウトさんが来てから、ありえない経験ばかりしている気がします……」

 「あれ。なんか俺が悪いみたいになってる……?」

 「それ多分、私のことも入ってるわよね……」


 エリスの言葉で、ユウトとソフィアが同時に複雑な表情を浮かべる。

 確かにエルフといい古代竜といい、突飛なことばかりが起こっているのは事実だが、切っ掛け自体はあっちから勝手にやって来ていると主張したい。とはいえ、結果的にユウト自身から首を突っ込むことになっているため、反論したいけど反論しきれないといった具合だった。一方のソフィアは、エルフとして古代竜と同じありえない存在として扱われるのが心外だった。


 「まあ、それはどうでも良いんだが――」

 「良くないっ!」

 「……それで、いつまでここに居るんだ?」


 声を揃えて噛み付いてきたユウトとソフィアを一瞥してから、無視することに決めたギルツがウェンディに聞く。


 「もうすぐ案内役が来るはずっすけど」

 「案内役はウェンディじゃないのか?」

 「ここからの、ってことっす。まぁ、当然ウチも行き先は知ってるから必要無いんすけど、本人がどうしてもって言うもんすから」

 「どうしても?」

 「っす。少しでも早く会いたいみたいっす。ウチも後で知ったんすけど、前回は飛び出さないように抑えるのに苦労したそうっすよ」


 やれやれとウェンディが肩を竦める一方、ギルツが頭の上に疑問符を浮かべていると。


 「キュィィッ!」


 トタタタタッと軽快な音をさせながら、鳴き声が近づいてきた。


 「あれは……」


 声のする方を見ると、小さな群青色の騎竜が土埃をあげる勢いで猛然とこちらに向かって来ている。どこかで見た騎竜だなぁと思っていると。


 「って、狙いは俺かっ!?」


 足を止める様子も無く、ユウト目掛けて突っ込んできた。殺気や敵意の類を感じなかったこともあって、警戒していなかったユウトは避けることも出来ず、腹部に直撃を受けた。


 「痛ぇ……」


 そのまま後方に倒れたユウトは空を仰いで呟く。

 正直、痛いというほど痛くは無いのだが、咄嗟に口を突いて出るのは反射の一種なのだろうか。などと考えていると、頬をぺろりと舐められる。そちらに顔を向けると、どこか申し訳なさそうな表情をした騎竜が居た。


 「……もしかして、あの時の騎竜か?」

 「キュィ!」


 ユウトが尋ねると、群青色の騎竜は嬉しそうに声を上げた。その反応で、間違いないと確信した。

 以前、ギルツとゼスの護衛依頼を受けた際に、マドラの近くに住み着いた盗賊の一団が居た。マドラでその討伐依頼を受けたユウトとギルツは、ロアやメイアと共にその盗賊の住処に行き、盗賊達を一掃した。そこで捕まっていたのが、この騎竜だ。ユウトは助けたこの騎竜を逃がし、その後どうなったのかは知らなかったが。


 「こんなところに居たのか……」

 「こんなところとは失礼っすね。その子が案内役っす」

 「……ってことは?」

 「想像通りっすよ。その子もウチと同じ、古代竜っす」


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