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第71話 新たな武器


 翌日、ユウト達はアニー達が来るのを待って、全員揃って館を出た。

 まずはギルドでソフィアのギルドカードを受け取り、そのまま生活に必要なものを買うために大通りにある店を歩き回る。


 「なぁ……、一体何軒回るんだ……?」


 ギルツがそう聞いたのは、随分時間が過ぎた頃だった。

 買い物を始めたのはまだ昼には早すぎるくらいの時間だったが、今では減りすぎて腹が鳴りっぱなしだ。

 疲れきった顔を晒しているギルツの両手には、ずっしりとした重さを伝える大荷物が握られている。


 「俺に聞くな……」


 同じように疲れきった顔のユウトの手にも、やはり多くの荷物があった。

 荷物が多いのは仕方が無い。

 館には必要最小限の物しか無かったため、元々それなりの量を買うことになるだろうと予想はしていた。だが、女性の買い物が男にとっては異常に長いものだということを失念していた。

 特にユウトの金で買うという事情から、より安くて良い物をと店という店を見て回っているのだ。

 それはエリス達なりの配慮なのだろうが、ユウトとしては少しくらい高くても良いから早く終わらせてくれた方が正直ありがたかった。もっとも、エリス達は既にそんなことは考えて居ないだろう。配慮云々よりも買い物を楽しんでいるようにしか見えない。


 「ユウトにーちゃん。俺もう疲れたんだけど……」

 「荷物まで持っている俺にそれを言うか。どうにかしたいなら、あっちに言ってくれ」


 そう言って、店の中で賑やかに品定めをしている女性陣を見ると、目で追ったカールが渋い顔をして首を振る。


 「やだよ。っていうか、意味無いよ」

 「さっきそれとなく言ったけど、結局長引いてるもんね……」


 テリーも口には出さないが、疲れた表情を隠せていない。

 およそ不満を口にせず、あまり態度にも出さないテリーにも流石に長時間の買い物には堪えたらしい。

 強引に止めることも出来なくはないのだが、それはあまりしたくなかった。

 元々王都に住んでいたというサーシャは別としても、エリスとソフィア、エイミィは買い物らしい買い物をしたことが無い。品揃えの良い幾つもの店を見て回るなんて考えたことも無かっただろう。

 初めての買い物を楽しんでいるエリス達に、娘達との買い物を楽しむサーシャ。

 そんな四人に横槍を入れるのはユウト達には難しかった。


 「……この後、少しはお前達も楽しめそうなところに行くから我慢しなさい」


 それは、自分に言い聞かせたものでもあった。

 まだまだ終わりそうにない女性陣の買い物の様子を視界に捉えながら。ユウトは溜め息を吐いた。




 「で、何でそんな疲れきった顔をしてるんだ? お前は」


 女性陣の買い物が終わった後、ユウト達はドバンの店に来ていた。

 ケーラも居るのに珍しく店に出ていたドバンは、中に入ってきたユウトの生気の無い目を見て、開口一番そう聞いた。

 しばらく振りに来たと思ったら、その相手が死んだ魚の目をしていたドバンの心境はどのようなものだろう。少なくとも愉快では無いのは確かだ。


 「えぇ、まぁ……。ちょっと女性陣のパワーに圧倒されまして……」

 「ああ。なるほどな」


 ユウト達が手にしている荷物で、何があったか察したドバンの視線が同情の篭ったものに変わる。

 そして、感情が消えて遠い目をする。


 「俺もケーラに引きずり回されたことがあってな……」

 「そうでしたか……。大変でしたね」

 「お前もな……」

 「その無意味な同情のし合いをいつまで続けるんだ?」


 互いに同情的な目を向け合う二人をギルツが止めると、ようやく正気に戻った。


 「そ、そうだな。……それにしても、今日は随分大所帯だな」


 前に来たときはユウトとギルツの二人だけだったが、今回はアニー達護衛も含めれば十二人だ。ドバンが驚くのも無理は無い。


 「色々あって、家族ごとこっちに越してきたので、挨拶も兼ねて」

 「家族ってのは、世話になった孤児院のか。どんな色々があったのやら……」


 ドバンの視線は店の外に控えている三人の兵士に向く。

 別に構わないと言ったのだが、外で待っていると三人は店内には入らなかった。ドバンには悪いが、店はそれほど大きくないので、それに配慮したのかもしれない。しかし――。


 「なぁ……。店の前で兵士に仁王立ちされてると客が余計寄り付かなくなるんだが……」


 その物々しい雰囲気は店に来た客が踵を返すくらいには営業の妨げになっている。

 今も一人の若い冒険者風の男がアニー達を見てギョッとした後、そそくさと帰っていった。


 「営業妨害で国に訴え出るべきなのか、これは」


 半ば本気じみた声音のドバンに謝罪し、とりあえずアニー達には店内に入るように言い含めた。

 その後、アニー達は店内で刀を見て貰うことにして、ユウト達は鍛冶場に移動した。そこで王都を出た後起こったことを説明し、初対面の者がそれぞれ挨拶を交わした。

 その中でも、ドバンとケーラが驚いたのは、やはりソフィアの存在だった。


 「エルフねぇ。御伽噺の類だとばかり思っていたんだが」

 「うん。でも、話通り凄い美人さんだねぇ。エリスちゃんもすっごい可愛いし、ユウト君は果報者だね」


 しみじみと言うドバンとは対照的に、ケーラはニコニコと笑顔を浮かべている。


 「いや、ケーラさん? そこで何故、俺が出てきますか」


 名指しをされたユウトが咄嗟に否定すると。


 「え、だって……二人ともユウト君の恋人さんでしょ?」


 ――またかっ!?

 ユウト的にはデリケートな筈の話題を昨日に続いて突きつけられ、戦慄する。

 ユウトが言葉を探していると、二人がニッコリ笑って答えた。


 「いいえ。まだ(・・)恋人ではありません」

 「まだ(・・)違うわね」


 その意外な反応に、ユウトだけでなく他の者も驚いた。

 慌てるわけでも、照れるわけでも無く。恋人であることを否定しつつ、好意があることは示唆している。

 それは今まで二人が見せた事の無い対応だった。

 しかし、そんなことは知らないケーラはおっとりとした口調で二人を激励する。


 「そうなんだぁ。手強そうだけど頑張ってね」

 「はい」

 「ええ」


 そんなエリスとソフィアを見ていたサーシャは、二人が強い決意をしていることを察した。


 ――あの時の二人と、良く似た目をしているわね。

 王都を去る時の二人――エリスの両親も今のエリス達のような目をしていた。

 何があろうと想い続けるという決意だ。

 そのことが嬉しく、しかし、その結末を思うと悲しい気持ちにもなる。だが、すぐその思いを振り払う。

 ――いえ、あの時とは違うわ。この子達には 私達が居るもの。

 サーシャは勿論、カール達やギルツも二人の想いを知っており、応援している。だから、決して以前のようにはならないし、させたりしない。

 そんなサーシャの胸の内を余所に、ユウト達は未だに驚きから回復していなかった。


 「なんか、エリス姉もソフィア姉も雰囲気が変わったね……」

 「うん……」


 上の空で返事をしたユウトは、半分口を開けたまま固まっている。


 「ユウトにーちゃん。アホっぽいよ」


 その様子を辛辣に指摘したカールの言葉はユウトの耳には届かなかった。


 「で、ユウト。……ユウト? おい!」


 しばらく呆けたままだったユウトは、ドバンに何度か呼ばれてようやく我に返る。


 「え? あ、はい」


 ユウトが慌てたように返事をすると、ドバンが溜め息を吐いた。


 「事情は分かったが、今日来たのは顔見せだけか?」

 「いえ。しばらくしたらまた王都を離れるので、白夜(ビャクヤ)の様子を見て貰いたいのと、研ぎをお願いしに」

 「……わざわざ様子を見て欲しいってことは、使ったのか?」

 「ほんの数秒程度ですが」

 「そうか……、その前に。ケーラ」


 ドバンが呼ぶと、エリス達と話していたケーラが顔を向けた。


 「何? お兄さん」

 「そっちの子達を連れて店の中でも見せてやってくれ。刀は珍しいだろうからな」

 「うん。分かった。皆、行こうか?」


 ケーラに連れられて、カール達とサーシャが鍛冶場を出た。

 ドバンが子供達を連れて行かせたのは別に邪魔だったからというわけではない。良く分からない話を聞かされるよりは、刀を見ている方がまだマシだろうと考えたからだ。

 実際、カールとテリーはユウトが使っているのと同じ武器を見られると聞いて嬉々としていたし、エイミィとサーシャも美術品のような刀には多少の興味を示していた。


 「あんたらは良いのか?」


 ドバンが聞くと、その視線の先、エリスとソフィアが揃って頷く。


 「はい。刀のことは分かりませんが……」

 「私達もユウトのパーティーだもの」

 「なるほどな。そっちの……ウェンディ、だったか。あんたは良いのか?」

 「ウチのことなら気にしなくて良いっすよ。適当にふらふらしてるっすから」


 ウェンディはユウト達から少し離れたところに居るが、先程からずっとその場を動かず、視線も固定されたままだった。


 「……下手に触ったりしないなら構わんが。それが気になるのか?」

 「えぇ。とても気になるっすね」


 そう言いながら、ずっと見ているのは白光(ビャッコウ)だ。

 白光は鞘に納められ、鍛冶場の壁に飾られている。

 中は当然折れたままで既に死んだ刀だが、今もそのまま残してあった。


 「白光って言ってな。刀身は折れてるが、俺がユウトに渡した最初の刀なんで、記念に取ってあるんだ」

 「そうだったっすか。この刀、凄い切れ味だった(・・・・・・・・)っすよ」


 それはウェンディの賛辞の言葉だったが、呟くような小さな声はドバンには届かなかった。

 ドバンはユウトから白夜を受け取ると、その状態を確かめ始める。そして――。


 「結論から言えば、目に見える劣化の兆候は見つからなかった。要するに現状は問題なしってことだ」

 「そうですか」


 ユウトが安堵したように息を吐いた。

 スバルとの戦闘時、ユウトは全力に近い“強化”を使った。スバルの顔を見たことで動揺してすぐに切れてしまったが、使ったという事実に変わりは無い。

 そのため、白光のように劣化している可能性を憂慮していた。


 「あくまで現状はだ。この先も使い続けていれば、すぐにでも折れるぞ」


 ユウトが安堵したのを悟ったドバンが釘を刺す。

 万が一にも、使っても大丈夫などと思われては困るのだ。

 白光はそれまでの戦闘で劣化がかなり進んでいたところに、“強化”が及んだことで止めを差してしまった。しかし、白夜は村に向かう際にドバンから受け取ったばかりで、あの時点では殆ど新品同然だった。

 そのため今はまだ劣化していないし、白光を使っていた期間を考えてもすぐに限界に達するようなことはないだろうが、いつそうならないとも限らない。


 「はい。分かっているつもりです」

 「なら良い。研ぎは任せておけ、新品同然にしておいてやる」

 「お願いします」

 「そういえば、槍はどうした?」


 今までは刀と一緒に槍も持ち込んでいたが、今回はユウトが槍を持っていないことに気がついた。


 「柄を真っ二つに斬られまして……」


 スバルの奇襲を防いだために二つに斬り捨てられた槍を思い浮かべる。共に風竜戦を乗り越えた槍だったのだが、呆気ない最後だった。


 「お前はちょくちょく武器を破壊するな」

 「したくてしてるわけじゃないんですけどね……」


 ドバンの溜め息交じりの言葉に、ユウトが苦い顔をする。

 当然壊そうと思ってやっているわけではなく、必死に戦った結果そうなっているだけだ。なので、好きで壊しているかのような言われようは不本意だったが、結果的に見れば否定できないのも事実だった。


 「それなら、新しいのを買うのか?」

 「いえ……。ちょっと迷っているんです。使い勝手は悪くないんですけど、普通の槍じゃ高出力の“強化”に耐えられないですし」

 「ん、ああ……。市販の槍じゃ余程高価なのじゃなきゃ無理だろうな」


 槍の柄は木製だ。

 無論、そう簡単に折れないよう頑丈な木を使っているが、あまりに強い衝撃を与えれば折れてしまう。高出力の“強化”は当然膂力も跳ね上がるため、普通に使うだけでも柄が壊れかねないのだ。

 そのため、ユウトも槍を使うときは高出力の“強化”を避けていた。

 今までは槍のリーチや刀との違いが活きる場面もあったが、“強化”の精度が上がってきている今では、その利点はあまり意味をなしていない。

 正直なところ、その分“強化”の出力を上げたほうが手っ取り早いのだ。

 むしろ、刀を抜くためには槍を捨てなければならないため、予備の武器を自ら捨てるというマイナス面の方が大きくなっていた。


 「予備の武器ね……。ちょっと待ってろ」


 ドバンは少し考えた後、そう言って部屋の隅に向かう。ゴソゴソと何かを探し――。


 「あったあった。これだ」


 そう言って戻ってくると、机の上に広げる。


 「脇差に……ナイフですか?」

 「脇差なんて知ってるのか」

 「え、えぇ。まあ」


 驚いた様子のドバンに、曖昧な笑みで答えを濁した。

 ユウトが持つ脇差の知識は元の世界の物だ。咄嗟に口を突いて出ただけだったが、この世界に刀があるように、脇差も存在していた。


 「こっちには脇差なんて殆ど入って来て無いはずだが、良く知ってたな」

 「ちょっと、小耳に挟みまして……」


 ドバンになら元の世界のことを話しても良い気もしたが、長くなるので今はやめておくことにした。いずれ、スバルを取り戻した後にでも、紹介がてら話をするのが良いだろう。

 そう決めると、多少の罪悪感と共に頭の隅にどかした。


 「で、これが?」

 「ああ。ちょっと試しに作ったんだが、予備の武器としては適役かと思ってな」

 「脇差はまあ分かりますけど、ナイフは?」

 「ナイフというか投擲用の刃物なんだが、ヤマトじゃこういった投擲用の武器を一括りに飛刀なんて呼んでる。お前は魔術が使えないし、槍を使わないなら、余計にリーチの長さがネックになると思ってな。半ば使い捨てになるが、お前の“強化”があれば飛距離も威力も十分見込めるし、悪くないはずだ」


 ――なるほど。クナイみたいなもんか。

 短剣のように使ったり投げたりと、忍者が良く使うあれだ。

 投擲武器の類は基本的に使い捨てであることと、距離によって威力が減衰するため有効射程の短さが欠点になる。

 距離による威力の減衰はユウトであっても変わらないが、“強化”のことを考えると有効射程は格段に長くなるし、あくまでいざというときの隠し武器として使うのであれば、数もそれほど問題にはならない。

 体が硬い高ランクの魔物相手には効果は薄いだろうが、人間相手ならば十分意味がある。


 「なるほど……。でも俺、投擲武器なんて使ったことありませんよ」

 「そこはそれ、練習あるのみ」

 「ですよねー」


 どこか他人事のドバンに、ユウトがそっと肩を落とす。

 すると、ギルツが何を言っているんだという顔をした。


 「投擲武器じゃないが、お前もポンポン投げてたじゃないか。槍を」

 「ユウト、お前……」


 確かに槍を投げるという攻撃方法はあるし、そのための槍も存在するが、普通の槍の使い方では無い。

 だからすぐに壊すんだという批難の篭ったドバンの視線から逃れるように、ユウトが目を逸らした。


 「まぁ良い。それなら余計に好都合じゃないか。練習は必要だろうが、槍を投げるよりは使い勝手が良いだろうよ」

 「ですね。とりあえずやるだけやってみます」

 「あ、ちょっと待て」


 脇差と飛刀を手にしようとしたユウトをドバンが止める。


 「飛刀は練習用に持っていって良いが、脇差は置いてけ」

 「え?」

 「それは試作だと言っただろ。お前が使うなら、お前用に合わせたのを作る。数日くらいなら待てるだろ?」


 ドバンがもっと良い物を作ってやると言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。


 「はい。お願いします」


 それを頼もしく思いながら、ユウトも笑みを返した。

 その後、脇差一本に飛刀が五本、それと白夜の受け取りを三日後に決め、ユウト達はドバンの店を後にした。


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