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第65話 命を繋ぐ

 エリスがユウトの治療を始めてから半日程経った頃、ソフィアがサーシャ達を連れて戻ってきた。

 ガロに避難しようとしていたサーシャ達にソフィアが追いついた時、既に道のりの半分以上を消化していた。ソフィアがそこまで行って、戻ってきたことを考えると、半日というのは早いくらいだ。

 しかし、その間の時間はエリスにとっては途方もなく長かった。

 いくら治癒術をかけても一向に良くならず、今にも息を引き取りそうなユウトを治療し続ける心労は凄まじいものだった。

 それはサーシャが顔を見せた時、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたことで良く分かる。

 今、部屋の中ではエリスが治療を継続している横で、サーシャがユウトの傷を見ていた。

 他の村人を護衛する必要のあるランド達はまだ戻っていないが、エリスに指名されたケイトや子供達はサーシャと一緒に戻ってきている。しかし、ユウトの状態が分かるまではとサーシャが他の面子には立ち入らないように言い含めてあった。

 ソフィアの様子から相当酷い怪我だと察したサーシャが、子供達がショックを受けるのを危惧したためだ。ショックを受けただけなら良いが、騒いで治療の邪魔になることを嫌った。

 そのため、ユウトの側にはサーシャを含め、エリスとソフィア、それにギルツの四人しか居なかった。


 「これは……」


 一通りユウトの傷を見たサーシャが小さく声を漏らす。


 「院長先生。ユウトさんは……っ」


 縋るような表情で聞いたエリスに、サーシャがゆっくりと首を振る。


 「無理……だわ。傷が深すぎる。……正直、こうして維持出来ていることすら不思議なくらい」


 治癒術の回復力は使用する魔力量とイメージの鮮明さに比例する。もっとも、イメージはあくまで効率を良くするだけで、効果自体は魔力によってしか上がらない。

 今ここで治癒術を使える者のうち、一番魔力が高いのはエリスだ。しかし、そのエリスの魔力量でも焼け石に水にしかなっていない。

 ――もし、無尽蔵に近い魔力の持ち主が居れば。だけど……。

 仮に――本当に仮にだが、無尽蔵に近い魔力の持ち主が膨大な魔力で治癒術を使えば、あるい治療が叶うかもしれない。

 しかし、それだけの魔力量の持ち主は存在し得ない。人間が有することの出来る魔力量とは桁どころか単位が一つ二つ違うのだ。人としては異常な魔力を持つユウトやスバルであっても、足りない程に。

 それほどまでにユウトの傷は深かった。


 「そん、な……」 


 エリスが呆然と呟いた。

 それと殆ど同時に、ガタンと何かが壁にぶつかる音が鳴る。


 「……嘘、だろ? お前がこんな簡単に……」


 ギルツは壁に体を預け、手で顔を覆っていた。

 顎を上げ、何かを叫びだしそうになるのを歯を食いしばって押し留める。


 「|今度はお前が俺を置いていくつもりなのか《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》……っ!?」


 搾り出された小さな声は、強い痛みと後悔が含まれていた。

 ギルツは肩を落とし、脱力する。支える壁がなければそのまま倒れてしまいそうな程に覇気が無い。

 その隣では、ソフィアが座り込んで瞳に涙を溜めている。


 「嘘よね。また、誰かの悪戯で……。だって、私は貴方と……。だか、ら……っ」


 今にも泣きそうな震えた声だった。

 こんな光景を見るのは二度目だ。あの時は顔に布を被せただけの、ただの悪戯だった。しかし、今度は誰かの悪戯ではない。真っ赤に染まった傷口を押さえる布や、土気色したユウトの顔がそれを物語っている。

 ソフィアはそれ以上言葉を口にすることが出来ずに、涙を流し始める。

 しかし、そんな中、エリスは一人諦めきれずに治癒術をかけ続ける。、


 「ようやく……、|ようやくまた会えたのに《・・・・・・・・・・・》。こんなの……っ」


 ――エリス……。

 信じ難い結果に三人が自失し、動揺している中でサーシャは一人冷静だった。

 こういう別れは既に何度も味わっている。何より年長者として、取り乱すわけにはいかないという責任感があった。

 ――これ以上はユウトを苦しめるだけよ。止めなさい。

 そう思いながら。しかし、口に出すことは出来なかった。

 認めたくないのはサーシャも同じだったからだ。

 悲しくないわけがない。ユウトは息子同然で、それを失おうとしているのだ。

 だが、効果の見込めない治療を続けていても、ユウトの苦しみを長引かせるだけだ。

 それが分かっているサーシャは必死に心を押し殺し、エリスを止めようとする。


 「エリス。もう――」

 「やあやあ、皆さん。元気っすか?」


 突如大きな音を立てて扉が開くと、群青色の髪をした女が雰囲気をぶち壊しにする陽気な声で挨拶をしながら入ってきた。 

 思いがけない闖入者に全員が言葉を失う。


 「って、そういや刺されてたっすね。元気なわけないっす」


 突然入って来た女は静まり返っているギルツ達の様子を見て、カラカラと笑う。

 しばし呆然としていたギルツだったが、我に変えると空気を読まない女に荒っぽい声をあげる。


 「何なんだ、あんたはっ。とっとと出て――っ!?」


 叩き出してやるつもりで詰め寄ろうとして――寸前で姿を見失った。

 女を見失ったギルツが驚きながら、その姿を探す。


 「これはまた、随分派手にやられたっすねぇ」


 背後から聞こえた声に振り向くと、女はユウトの脇で傷口を覗き込んでいた。


 「母様が妙に急かしたのは、こういうことっすか。というか、良くこれで生きて――」


 すると女の顔がスッと引き締まる。

 同時に瞳が猫のように細くなると、女の放つ迫力が増した。


 「なるほど。そりゃそうっすね。死んで困るのは貴方(・・)っすから」

 

 そう呟くと、再び陽気な表情に戻った。


 「ま、今回に限っては結果オーライっす」

 「貴方は一体……?」


 女の妙な言動に、エリスの口から無意識に誰何の言葉が漏れる。

 女はそれに笑顔で応える。


 「それはおいおい話すっすよ。今はユウト君を治さないと、このままだと流石に危ないっす」

 「治すって……でも」


 それが出来れば苦労はしない。

 エリスの表情はそう語っていた。しかし、女は平然と話を進める。


 「大丈夫っすよ。でも、一応協力して欲しいっす。ユウト君を助けたいっすよね?」

 「は……はいっ!」


 女が何者なのか。本当に助けられるのか。疑問は尽きない。

 しかし、今はそれを疑うよりも、大丈夫と言った女の言葉を信じたかった。最早何も出来ることが無いエリス達は、その言葉に縋るしかなかった。


 「よろしくっす」


 そんな心情を察しながら、女は明るい表情でそう言った。




 それから一時間ほどで、ユウトの治療は終わった。

 ユウトの容態がそれ以上悪化しないようエリスが維持し、その間に女がユウトの傷を塞いだ。直接剣を差し込まれた箇所にその痕が残ってしまっているが、それも微々たるものだ。

 流しすぎた血も補われ、土気色をしていたユウトの顔も今は生気を取り戻している。


 「信じられない……」


 呟いたのはサーシャだ。

 それは、傷が治ったことがか。それとも、女の存在がか。

 サーシャの目からは、ユウトの傷はどう見ても治るような物ではなかった。しかし、女は真実無尽蔵とも思える魔力で治癒を行ない、ほぼ完治させた。

 この場に居る全員にとって、そのいずれもが信じ難いことであった。

 だが、それもほんの僅かな時間だった。

 ユウトの寝息が安らいだことで、驚愕や疑問は全て感謝に塗り変わった。

 それはサーシャだけでなく、その場に居る全員がそうだった。


 「これで大丈夫っすね。数日は起きないと思うっすけど、減った体力や魔力を回復させるためだから安心するっす」

 「あの……」

 「どうしたっすか?」


 居住まいを正したエリスに女が首を傾げる。

 すると、エリスが深々と頭を下げた。


 「ありがとうございました。貴方が居なければユウトさんを助けられませんでした」


 女がそんなエリスにキョトンとしていると、ギルツ達も次々と頭を下げる。


 「ありがとう。さっきは声を荒げて済まなかった」 

 「本当にありがとう。もう少しでユウトを失うところだったわ」

 「私達の家族の命を救って頂き、本当にありがとうございます」


 全員から順々に礼を述べられ、女が急に焦りだす。


 「い、いや。気にすることないっすよ。ウチもユウト君に死なれちゃ困るからやっただけっす」

 「それでも、助けて貰ったことに変わりはありません」

 「あぁ、もう。わかったっすから、顔をあげて欲しいっす。こういうのは慣れてないから気恥ずかしいっす」


 ずっと頭を下げたままのエリスに困り果て、肩を掴んで強引に顔を上げさせる。


 「もう礼は良いっすから。ユウト君の看病してあげるっすよ」

 「はい……っ」


 それを最後に、その場は解散となった。

 エリスとソフィアはユウトの看病のために、それにギルツはまたヴァルドが襲って来ることを警戒して、ユウトの側に残ることにした。

 サーシャはそんなエリス達にユウトを任せ、心配しているであろう子供達やランド達に無事を知らせに戻った。

 そして、群青色の髪をした女はユウトが目を覚ます頃に戻ると言って、何処かに姿を消していた。




 それから数日後。

 ユウトが目を覚まさぬうちに女は姿を見せた。まだ目を覚ましていないことを伝えると。


 「そろそろ起きるはずっすから、待たせて貰うっすよ」


 そう言って、部屋の中に陣取った。

 ユウトを助けてくれた女を拒絶する理由はエリス達には無く、そのまま女を迎え入れた。

 女が来てからしばらく経ってもユウトが目を覚ます様子が無かったこともあり、ギルツが気になっていたことを聞いた。


 「あんたは一体何者で、何の目的があってユウトを助けてくれたんだ?」


 唐突なギルツの質問に、女が視線を向ける。その視線は、答えなければならないのかと逆に問われているようにギルツには感じられた。


 「いや、無理に聞きだす気は無いんだ。ユウトを助けてくれたあんたを疑うつもりも無い。単に気になっただけだ」


 その言葉に納得したのか、女が少し考える。


 「答えても構わないと思うっすけど、その許可が出てないから一応秘密ってことにしておくっす」

 「許可……?」

 「そうっす。ウチの母様の許可っすね」

 「母親に言われてなのか?」

 「っす。ウチの母様は怖いっすから、逆らえないんすよ」


 カラカラと笑いながら答えると、すぐにしまったという顔になる。


 「あ、今の内緒っすよ」

 「ああ……」


 どうにも掴みどころの無い女にギルツが戸惑う。

 一方、横で聞いていたソフィアがあることに気が付いた。


 「貴方、もしかしてウェントーリ大山脈でユウトを助けたって言う人……?」


 ユウトを助けたという女は深い青の髪と瞳をしていたらしい。女の外見はそれと一致する。何より。

 ――こんな特殊な話し方する人、そうは居ないわよね……。

 あの時の村長の物真似が似ているかどうかはさておき、癖のある話し方は同じだ。

 ユウトを治療したときはそちらに夢中で思い至らなかったが、落ち着いて考えると特徴が全て一致している。


 「おぉ、良く覚えていたっすね。その通りっすよ」

 「そう……。なら、ユウトを助けて貰うのは二度目ってことね。貴方には感謝しても仕切れないわ」


 そう言って微笑みかけると、女がバツの悪そうな顔をする。


 「あー……、あれは数に入れる必要は無いっすよ。自業自得というか、何と言うか。そんな感じっすから……」

 「そう、なの? 良く分からないけど。そういえば、聞いたときも疑問だったのだけれど、どうやってユウトを連れて山を下りたの?」

 「それはもう、飛んで(・・・)

 「跳んで(・・・)?」


 自信満々に答えた女に、ソフィアが首を傾げる。

 両者の間には致命的な齟齬があったが、気付いた者は居なかった。


 「でも、良くここが分かりましたね」


 ユウトがこの村に居るということは、そう簡単に知ることが出来るようなものではない。別に隠しているというわけではなく、そもそもユウトがわざわざ行き先を誰かに伝えでもしない限り、それを知る手段が無いのだ。

 事実、エリスもユウトが村を出ている間、手紙で近況を知らされた以外には、どこに居るのかを正確には知らずに居た。

 アルシール国内に限っても、その中でユウトが居る場所を探り当てるのは至難の業だ。


 「教えて貰ったっす」

 「どなたにですか?」

 「母様っすね。ウチの母様は何でも知ってるっすよ?」

 「貴方のお母様というのは一体……?」

 「それは会ってのお楽しみっす」

 「秘密ばっかりだな……」

 「信用できなくなってきたっすか?」


 ぼやいたギルツに、女が意地の悪い笑みを浮かべる。


 「いや。騙したりするつもりなら、もっとそれらしい嘘を吐くだろ。あんたの話は謎すぎて、逆に疑いようが無い」

 「アハハハ。それもそうっすね」


 女の態度は良くも悪くも裏が無い。それがエリス達の感想だった。

 そのため、少なくともユウトを騙そうとか罠にかけようとすることは無いだろうと確信していた。


 「なんにしても、ユウトさんが目を覚ましてからということですね」

 「そういうことっすね」

 「……ん、うぅ」


 返事をするような唸り声に、全員の視線が一斉にユウトに向かう。

 その先では、ユウトが寝苦しそうにしている。


 「……くっ、はは」

 「ふふ……」


 ギルツ達が堪えきれなくなったように笑い声を漏らす。その瞳は僅かに濡れていた。

 ユウトが刺された後、女に傷を治して貰ってからもユウトは静かに眠ったままだった。

 心臓は鼓動を続けていたし、息もしているのだから生きているのは間違いなかった。それでも、全く反応の無いユウトが、もう目を覚まさないのではないかという不安がどこかにあった。

 しかし、気の抜けるユウトの唸り声に安堵したのと同時に、過剰に心配していた自分達が馬鹿みたいに思えた。

 三人が声を殺して笑っていると、ユウトの瞼がゆるゆると上がり始めた。


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