表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/110

第47話 雲隠れの準備

 「なぁ、お前達。休暇とかとらないか? ほら、旅行とか里帰りとか」

 「はぁ?」


 ユウトとギルツは同時に不審げな声を上げてジェイクを見る。

 二人は今ギルドの一室でジェイクと会っていた。

 娼婦の行方不明事件を解決してから、しばらくの間休養を取っていたユウトの体は概ね回復していた。そろそろ軽い依頼から慣らしていくかとギルドに依頼を見に来ていたところ、ジェイクに呼ばれた。そして開口一番が先程の言葉だった。

 一拍置いて、二人は顔を寄せ合ってヒソヒソと言葉を交わす。


 「どうしたんだ、あれ。とうとうボケたのか?」

 「いや、まさか。あ、でも外見と違って実年齢は結構いってるんだっけか……あり得るな」

 「俺が世話になった時にはもう随分年食ってたけど、それから四年くらい経ってるし……時間の流れは残酷だ」


 一通り好き勝手なことを言ってから、ギルツがジェイクを見て優しい顔をする。


 「ギルド長こそ、ゆっくりお休みになった方が宜しいかと思います」

 「全部聞こえてんだよ! 今更取り繕ったように言葉遣い直して生暖かい目を向けんな! それにまだボケてねぇ!」


 ジェイクがピクピクと頬を引きつらせて叫ぶ。

 すると今度はギルツの視線が呆れたようなものに変わった。身内しか居ないこともあって、言葉遣いも意識するのを止める。


 「じゃあ何なんだ。今の今まで俺達が休んでたのは知ってるだろうに。そもそも冒険者に休暇もくそもないだろ」

 「ちょっと面倒なことになっててな……」

 「ギルド長の面倒事と俺達にどういう関係があるんです?」

 「あー……はぁ。誤魔化しても仕方ねぇか。ユウト、お前騎士になる気はあるか?」

 「……質問の意味が分からないんですが」

 「そのまんまの意味だよ。アルシールの騎士になる気はあるのかと聞いてる」

 「はぁ……? 良く分かりませんが、俺は俺で理由があって冒険者をやっていますので、今のところ騎士になるつもりはありませんが」

 「そうか。なら良い」


 ユウトの返答を聞いて、ジェイクが安堵した様子を見せた。

 対照的にギルツはジェイクの態度に更に不信感を抱いた。ギルドの長であるジェイクが騎士云々の話をユウトに持ち出すこと自体が不自然だ。


 「で、今のはどういう意図の質問だ?」

 「前に近衛騎士から欠員が出たのはお前達も知っているだろう。最近、それの補充をすることになったらしいんだが――」

 「……まさか?」

 「そのまさかだ。ユウトが候補に挙がっているらしい」

 「ユウトは冒険者だぞ?」

 「そんなもんあっちだって知っているさ。初めてのことだが、規則上は問題ないそうだ」

 「だからって、お偉い騎士様が冒険者なんぞを取り込もうとするか普通……」


 頭が痛いとばかりに額に手をやったギルツがおおげさに首を横に振ると、「それで?」と続きを促す。


 「お前の言う通り、誰もがそう思う。そのせいで今は少しゴタゴタしてるようなんだが、ある程度落ち着いたら間違いなく話が行くだろう。――が、俺としてはそれじゃ都合が悪い。折角出て来た有望株を横から掻っ攫われてたまるか」

 「だから、しばらく王都から離れさせようってことか」

 「ああ。時間を稼げば、反発が強くなる。そうなればユウトを候補にって話も取り下げざるを得なくなる……はずだ」


 最後の方は自信を失いながら言う。

 冒険者を近衛騎士に推挙するという話が出たことで、やはり他の騎士や兵士が反発した。近衛騎士の決定という力技で押さえつけることも出来なくはないが、今後のことを考えるとそれは良い手では無い。

 シグルドを初めとする近衛騎士達は「あくまで本人と会ってから決める」とお茶を濁すことで落ち着かせようとしていたが、それもあまり効果は芳しくなかった。

 ただでさえそんな状況だ。当の本人が見つからず、顔を合わす機会が遅くなれば遅くなるほど、押さえ込んでおくのが難しくなる。いずれは話自体を取り下げざるを得なくなるだろう。ジェイクはそれを狙っていた。


 「何もしてないのに雲隠れとか、なんだかなぁ……」


 げんなりしたユウトがぼやく。

 事情はどうあれ、形としては騎士に追われて王都から逃げ出すことになる。特に後ろめたいところは無いのだが、騎士に追われるというのはあまり気分の良いものではなかった。


 「まぁそんなわけだ。俺からの依頼ってことで、ある程度なら報酬も出せるぞ」

 「どれだけ必死なんだよ。特別扱いもいいところだ」

 「必死にもなるわ。ユウトが規格外なのはお前が一番良く知っているだろう」

 「……そうだな」


 ギルツの表情が翳る。

 ――確かにユウトは特別だ。だけど俺はそうじゃない。なら、俺は……。

 暗い感情が胸中を渦巻く。


 「ギルツ?」


 感情に飲まれかけ、俯いたままになっていたギルツがユウトの声で我に返る。


 「あ、あぁ……どうした?」

 「……いや。ボーっとしてたみたいだったから」

 「ちょっと、考え事だ」

 「……そうか」


 短く返事をしたユウトだが、しばらくギルツの様子を横目で観察する。

 ――時々、瞳に翳りが見えるんだよな。

 こういうギルツをここ最近見るようになった。

 普段は今までと変わらないのだが、ふとした時に表情を暗くして瞳が翳る。ユウトが聞いても今のように誤魔化すだけで、胸中を明かすことは無かった。何かしらの負の感情がギルツの中にあるのだろう。

 人間なのだからそういった感情を持っているのはおかしなことではないのだが、瞳にそれが表れているのはその感情が一時的とはいえ抑えきれないほど強くなっているからだ。

 少し無理にでも問いただすべきかと何度思ったかしれない。しかし、下手に聞き出そうとすると逆効果になる場合もある。

 特に今回は原因が自分にあるのではないかと、ユウトはぼんやりと考えていた。それが正しければ、原因となったユウト自身が問いただすと高確率で逆効果になる。それが怖かったため、ユウトはとりあえずは静観することに決めていた。

 その後、ジェイクと話を続けた結果、しばらくの間ユウトとギルツはジェイクからの依頼という名目で王都を離れることになった。




 王都を離れることは決まったが、離れるのならばその前に準備を整える必要がある。

 王都から村まではそれなりの日数がかかるため、そのための食料や必要な道具を買い込み、厩舎に預けてある馬を明朝受け取れるように手続きを行なう・

 風竜との戦いで損傷した武具は既に買い換えてあるが、ユウトにとっては最も大事な物が不足している。大体の準備が済むと、ユウトとギルツはドバンから白夜(ビャクヤ)を受け取るため、ドバンの店に向かった。


 「こんにちはー。ドバンさん、白夜を――」


 店内に入ったユウトが言葉を失う。


 「お、おぉぉぉ。ようやく来てくれたか」

 「ず、随分お疲れのようですね……」


 疲れた様子のドバンがユウトの顔を見た途端喜色を浮かばせた。不健康そうな大男が喜色を浮かばせた様子は正直見るに耐えないものだったが、そこはグッと堪えた。ドバンの目が本気すぎて、下手な対応をするとやばいと本能が告げたためだった。


 「ちょっとここで待ってろ! すぐ戻るからな!」

 「え、あの――」


 ドバンの言葉に戸惑うユウトを置き去りにして、どこかに出て行ってしまった。

 残されたのはユウトとギルツ、それに店内で刀を見ていた客だった。


 「店番……どうすんのさ?」




 ユウトが一応店番を務めていると、言葉通りドバンは数分程度で店に戻ってきた。


 「何故わざわざケーラさんを?」


 隣には――ドバンが引っ張ってきたので正確には後ろだが、ドバンの幼馴染であるケーラが居る。無理に連れてこられたせいか、少し不機嫌そうだった。もっとも、不機嫌と言っても拗ねてるような可愛げのあるものだったが、ドバンにとってはそうでもなかった。


 「な、ほら。ちゃんと紹介するから、いい加減機嫌直せって」


 ドバンがそう言って必死に謝る。

 それを見て、ケーラが不機嫌そうな理由をユウト達が理解した。

 すっかり忘れていたが、前回店に来た時にケーラはユウト達を後で紹介してくれと言い、ドバンはそれを了承していた。しかし、現在までにその機会は設けられていない。

 その結果、ケーラが臍を曲げて仕事をボイコットし始めた。

 これが普通の従業員なら首にでもしてしまえば済む話なのだろうが、ドバンには店番を任せられて、尚且つ気軽に接することが出来る相手はケーラくらいしか居なかった。誰かを雇うということも考えたが、元々偏屈だと噂されているだけあってドバンはそれほど人付き合いが上手い訳ではない。ユウトやギルツが例外なだけだ。

 結局、今の今までケーラの機嫌を直すことも出来ずに、一人で店番と刀の研究を平行していたため、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていた。

 大体の事情を察したユウト達が申し訳無さそうな顔でドバンを見る。

 約束したのはドバンだが、その場に居ながら忘れていたユウト達も同罪だ。


 「お久しぶりです、ケーラさん。改めて御挨拶を――」

 「つーん」


 助け舟を出そうとしたユウトだが、ケーラがそっぽを向く。


 「あの、ケーラさん?」

 「つーん」


 ――これは手強い……っ。

 聞く耳持たずといった様子だ。

 少々子供っぽ過ぎる態度だが、若いというより幼くも見えるケーラがすると可愛げがある。しかし、話をまともに聞こうともしない態度を貫かれると堪ったものではない。

 ギルツも何度か話かけたが、やはり反応は同じだった。

 その後も、二人が何とかケーラの機嫌を直そうと試みたが、ケーラに取り合う様子は無く、とうとうドバンが音をあげた。


 「分かった……、今度埋め合わせするから機嫌直してくれ……」

 「埋め合わせって?」


 ドバンが諦めたように言うと、初めてケーラがまともに反応を返した。


 「……何か一つ言うことを聞く」

 「本当?」

 「俺の出来る範囲でだぞ」

 「うん。それなら良いよ」


 そう言うと、ケーラが機嫌良さそうに笑う。

 機嫌を直したケーラが「何にしようかなぁ」と喜んでいる横で、ドバンが絶望した表情を浮かべている。

 ユウトとギルツは白けた目でその様子を見ていた。

 ――あぁ、これが痴話喧嘩か。確かに犬も食わないな……。

 ユウトとギルツは顔を見合わせて、同時に深い溜め息をついた。




 「というわけで、改めて挨拶を――って何でお前達が疲れた顔してるんだ?」

 「さてな……」

 「どうしてでしょうね……」


 幾分やさぐれたように二人が返事をすると、良く分かっていないドバンが不思議そうな顔をした。

 しかし、すぐに考えるのを放棄する。


 「まぁいいか。ケーラ」

 「うん。改めまして、お兄さんの幼馴染でケーラです。ユウト君のことはお兄さんから一杯聞いてるよ」

 「ユウトです。よろしくお願いします」

 「俺はギルツだ。よろしく頼むぜ」

 「よろしくねぇ。お兄さんは友達少ないから、仲良くしてあげてね」

 「大きなお世話だ」


 おっとりした口調のケーラにドバンが鋭く悪態をつく。ケーラも慣れたもので、全く気にした様子も無くニコニコしている。

 すると、ケーラがジッとユウトを見た。


 「ね、ユウト君」

 「はい?」


 ユウトが返事をすると、ケーラの両手がユウトの手を包み込んだ。驚いてケーラの顔を見ると、穏やかな笑顔を浮かべていたが瞳は真剣そのものだった。


 「ありがとう。お兄さんを助けてくれて」

 「え、いや、別に助けたことは――」


 「無い」と言おうとして、首を横に振ったケーラに制される。


 「助けてくれたよ。ユウト君も知ってるでしょ? お兄さんがずっと苦しんでいたの。ユウト君と出会ってからまた鍛冶をするようになって、とても生き生きしてる」


 自分のことを言われてドバンが恥ずかしそうに頬をかく。しかし、ケーラを止めようとはしなかった。

 ドバン自身もユウトと会ったおかげで再び夢を叶えようという気になったのだと自覚し、感謝もしていた。気恥ずかしくて、自分から言うつもりは無かったが、ケーラが言うのを敢えて止めようとは思わなかった。

 しかし、ケーラの次の言葉はドバンの予想を上回る。


 「お兄さん、ユウト君のことすっごい嬉しそうに話してたよ。俺が今までしてきたことは、全てあいつと出会った時のために――」

 「ちょっ、待てケーラ! 何言おうとしてやがる!」


 穏やかな雰囲気の中、それをぶち壊したドバンが真っ赤になってケーラの発言を阻む。


 「えー? だからお兄さんが前に言ってたことを――」

 「もう良い! 分かったから止めろ!」


 しばらくの間、尚も言おうとするケーラを拝み倒すことで、ようやく言うのを諦めさせた。


 「酒に酔ってたんだ……、言わなくて良い事まで言っちまって……。何で俺はあんなに飲んだんだ」


 ドバンが過去の自分の行動を省みて、肩を落とす。

 ――あぁ。この人、無自覚で人の弱みを握るタイプだ。

 ドバンがケーラに微妙な苦手意識を持っている様子に納得がいった。

 今も落ち込んでいるドバンをケーラが首を傾げて見ている。

 ケーラにその意図は無いようだが、ドバンの弱みを握って、それをチラつかせているのだからやってることは脅迫に近い。これを自覚してやっていて、しかも周りにそうと気付かせていないのなら相当の悪女だ。

 ――まぁ、流石にそれは無いか。じゃなきゃ、ドバンさんが側に置かないだろうし。何にせよ、ドバンさんは一生ケーラさんに頭が上がらないんだろうな。

 同じ男として同情しそうになったが、なんだかんだ言ってもケーラのことを気に入っている様子なので、やはり同情の余地は無い。

 そんなことを内心思っていたユウトが、自分をジッと見ているギルツに気が付いた。その視線はどこか冷ややかだ。


 「ん? 何だギルツ」

 「いや。何となく、お前が言うなと思って」

 「どういう意味だ?」

 「さぁな。……いずれ嬢ちゃんズの尻に敷かれてしまえ」

 「今ボソッと不穏なこと言わなかったか!?」


 今度はユウトとギルツが騒ぎ始める。

 肩を落としたドバンとそれを不思議そうに見ているケーラ、その脇で口喧嘩をするユウトとギルツ。

 今、部屋の中に誰かが入ってきても何が起こっているのか分からないであろう混沌とした光景がしばらくの間続いた。

 一騒ぎした後、全員が落ち着いたところで本題に入った。

 ユウトが近衛騎士の候補に挙がっていること、それを嫌ってしばらくの間王都から離れることをドバンに話した。


 「それで、白夜を受け取りに来たってことか。だが、依頼を受けるわけじゃないんだろ?」

 「えぇ。ですが、何か起こった時に武器が無いと困りますから。念のためです」

 「まぁ、それもそうか。ちなみにどこに行くんだ?」

 「王都から南西にある小さな村に里帰りしようと思ってます」

 「お前を拾ってくれたっていう孤児院か。ギルツも行くのか?」

 「ああ。俺は勘当同然で家を出てるから里帰りって訳にはいかないし、他に行くところも特に無いからな」

 「そうか。そういうことなら構わない」


 そう言うと、脇に置いてあった白夜をユウトに手渡した。

 受け取ったユウトはどこか安心したような笑顔を見せる。


 「ありがとうございます」

 「分かってると思うが、無茶するなよ。白光(ビャッコウ)よりは頑丈だが、お前の全力には耐えられないからな」

 「はい。分かってます」

 「なら良い。王都に戻ったらまた顔を出せよ」


 ドバンから白夜を受け取った次の日、ユウトとギルツは王都を出た。

 ――久しぶりに皆の顔が見れるんだ。

 孤児院で暮らした頃のことを思い出し、穏やかな表情を浮かべる。

 ユウトは逸る気持ちを抑えながら、村へ向かって馬を進ませ始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ