第48話 孤児院では今・・・
アルシールの王都から遠く南西に位置し、エイシスとの国境近くにある村。
その外れにある孤児院の庭先で、朝から元気な声が響いていた。
「たぁぁぁぁっ!」
上段から気合を入れた一撃を振り下ろす。
カンッと軽い音を響かせて、振り下ろされた木剣が横薙ぎに払われる。
「気合を乗せるのは良いが、前のめりになりすぎだ。体が泳いで力が分散してるぞ」
「はいっ!」
少年の返事に赤毛の男が満足そうな顔をする。
木剣を弾かれて体勢を崩していた少年が剣を構えなおして、再び男に向かう。
「やぁっ! たぁっ!」
二度鋭く振られた木剣は男が僅かに体を反らしたことで空を切る。
「今のは良いぞ。ちゃんと力が乗っている」
「はぁぁぁぁっ!」
三度振られた木剣は男を捉えるが、男は木剣でそれを受けた。
今度は弾かれることなく、互いの木剣がギリギリと押し合う。
すると、男が一瞬力を抜く。
「わっ」
急に押さえるものが無くなって、少年がつんのめる。前に伸びた腕を男が取り、クルリと回転させて腰から地面に投げ落とした。
「いてっ!」
「時にはこういう駆け引きもあるからな。あんまり攻め一辺倒じゃ駄目だぞ、カール」
「はーい。ランド先生」
諭すように言うランドに大きな声でカールが返事をする。
ランドが地面に座り込むような体勢になったカールに手を差し伸べる。カールはその手を取って立ち上がると、急に不満そうな顔をする。
「ちぇ。良い感じだと思ったのに」
「最後の方は悪くなかったぜ。だけど、お前は少し攻撃に集中しすぎるきらいがあるな。動きが直線的だ」
「うーん。気をつけているつもりなんだけどなぁ」
「その辺りはテリーの方が出来てる。良く見て参考にしておけよ。カイン、テリー。良いぜ」
ランドが孤児院の方を向くと、準備万端の様子でテリーとカインが待っていた。
ランド達と場所を代わると、向かい合ったテリーとカインが手にしていた槍を構える。槍と言っても、正確には槍を模して穂先と石突が判別できるように両端の造りを変えているだけの木の棒だが。
「始めるぞ」
「はい!」
テリーが槍を構えたまま前に出る。
間合いの中にカインが入るや否や、テリーは鋭い突きを放つ。
「はぁっ!」
しかし、カインは体を揺らしてテリーの突きを避ける。二度、三度と突きを繰り返すが、カインは危なげなくそれを避けながら、テリーの動きをじっくり観察するる。
繰り返される突きにリズムが単調になったのを察して、槍の引き際に合わせてカインが前に出ようと意気込んだ。
「せいっ!」
それを読んだかのようにテリーが引きかけた槍を薙ぐ。大きく振られた槍を避けるため、カインが後ろに飛び退いた。
「相変わらず良い読みだ。敢えてリズムを単調にして相手に慣らさせ、突然変えるという手も悪くない」
テリーを知っているカインだからこそ事前に察していたが、初見ならば引っかかる者は多いだろう。
カインに褒められてテリーも嬉しそうな表情を見せると、カインがそれを叱責する。
「気を抜くな。まだ始まったばかりだぞ」
「はい!」
今度はカインが攻め手に回る。
何合にも渡って槍を合わせる。テリーも善戦するが、それを僅かに上回る形でカインが少しずつテリーを押していく。その内テリーは防戦一方になり、カインの攻撃を捌くのが精一杯になる。
そうして、テリーの息が切れ始めたところで、カインが槍を下げた。
「ここまでだ。テリー、お前は少し思い切りが足りないな。何度かあった隙に気付きながら、攻めるのを躊躇っただろう」
「はい……、返されるイメージしか湧かなくて」
「それはそれで良いことなんだが、場合によってはそれでも行く必要がある。今は訓練中だ。次は挑戦してみろ」
「分かりました。ありがとうございます」
テリーが頭を下げると、ランドとカールが二人に近寄って来る。
「お疲れさん。何と言うか、テリーとカールの中間が一番良いんだがなぁ」
「まぁ、そうだが。二人一緒で丁度良いとも言える」
「確かに」
そう言ってランドが笑う。
カールとテリーはランドとカインからそれぞれ剣と槍の指導を受けていた。
始めたのはユウトが村を去った後だ。
半年ほど前、孤児院は魔物に襲われた。その時は、間一髪でユウトが魔物を討伐したことで事なきを得たが、そのユウトが旅立ってしまった。カールとテリーはユウトと家族を守ると約束したが、今の二人は子供で何の力も無い。
家族を守るためには戦う力が必要だ。その力を手に入れるため、二人は村に残った冒険者であり、ユウトの師でもある二人に教えを請うことにした。
ランド達が居るのだから、無理に二人が強くなる必要は無い。しかし、だからと言って何もしないでいることは出来なかった。
その中には、兄のようになりたいという憧憬も含まれており、将来冒険者になりたいという願望もあった。
最初はまだ子供だからとランド達に断られたのだが、そんなことで諦めるほど軽い決意では無い。
何度と無く頼み込んだ上に、最終的に子供だからという理由を逆手に取った。
冒険者の死亡率は低くないが、その死者の多くは冒険者になりたての若手が多く、ベテランになるほど死亡率は下がる。それは、ベテランほど身の丈にあった依頼を受け、場合によっては依頼を放棄してでも身の安全を取ることが出来るからだ。それに対して、若手ほど無茶をする傾向が強く、その上根拠の無い自信を持ち合わせているため、事前の準備や情報収集を怠ることが多い。
ベテランになれるのは、そういう失敗を経ても生き残った者、そもそも失敗しなかった者、そして最初からそういうことを弁えている者だけだ。失敗を経ても生き残れるか、そもそも失敗しないかは運によるところが大きい。しかし、最後の一つは努力次第で実現することが出来る。
そして、努力を始めるのは早い方が良い。
子供だからやらないのではなく、子供だからこそ今のうちから始めておけば、後々生存率が上がるのではないか。
それはまさに正論で、覆せるだけの反論をランド達は持っていなかった。
二人はまだ幼いため、ユウトがやったような本格的な鍛錬は出来ないが、無理の無い程度に二人を鍛える事にした。
それから約半年、カールもテリーも子供とは思えない実力を身につけていた。その原因は、やはり兄の存在と魔物と直に向き合った時の経験だ。
二人はユウトが鍛錬をしている姿をずっと見ていた。たった二ヶ月程度でランドと対等に戦えるほど強くなった兄の凄さは、自分たちが鍛錬をするようになって良く分かるようになった。そんな兄に追いつこうとしているため、カール達が自分達に求める物は多く、それに見合うだけの努力を怠らなかった。
加えて、二人は魔物に襲われたことで、その恐ろしさを肌で感じることが出来た。
そのため、若い冒険者にありがちな魔物を侮るということが無い。怖さを知っているからこそ、それと戦うという意味を言葉以上に体で理解していた。それが更に鍛錬に対する真剣さと具体的なイメージが伴うことによる効果の向上に繋がっていた。
無論、影響を受けたのはカールとテリーだけでは無い。
「“アイシクル”」
可愛い声と綺麗な声が同時に同じ言葉を口にする。
二人の声の主の足元には小さな氷柱が二つ生み出されていた。
「ん。魔術は成功したね。エイミィの方は目標より少し小さいね。エリスは流石、ぴったりだね」
そう言ってケイトが微笑む。
「失敗しちゃった……」
「そう気を落とさないでエイミィ。魔力制御は慣れだもの。すぐに出来るようになるわ」
落ち込むエイミィをエリスが優しく励ます。
エリスとエイミィがやっているのは魔力制御の訓練の一つだ。魔術は使用する魔力の量によって同じ魔術でもその規模や威力が変わる。“アイシクル”の場合、氷柱の数や大きさがそうだ。
それを先に設定し、その設定にどれだけ近づけるかで、自身のイメージと使用する魔力量のコントロールの正確さを調べることが出来る。
更にこれを繰り返すことで、自分の中にある程度の物差しを作っておくことが出来る。これくらいの魔術を使うときは、これくらいの魔力を使う、という感覚を身につけておくということだ。
魔力は有限だ。無駄な浪費は抑えておかなければ、並みの魔力量ではすぐに枯渇する。幸運にも二人は並ではないが、それでも無駄は無い方が良い。
二人が魔術の訓練を始めたのもカールやテリーと同時期からだが、その動機は少し異なる。
エイミィは二人の兄が心配であり、同時に置いていかれるのが怖かった。そのため運動がそれほど得意ではないエイミィは、二人よりも優れた魔力量を活かすために、ケイトから攻撃系の魔術を、エリスからは治癒術を教わることにした。
エリスはいつかユウトについて行くためだ。エリスは治癒術についてはサーシャから手ほどきを受けていたが他の魔術についてはからっきしだ。そのため自分の身くらいは守れるようにと考えた。幸い治癒術の経験から魔力の制御には慣れていたため、魔術を修めるのはそう難しいことではなかった。
元々魔力量に優れた二人は、今では一端の魔術師を名乗れる位には魔術を使えるようになっていた。
「両方とも終わったようね。朝はこれで終了、続きは昼過ぎね」
そう言ってアンが区切りを付ける。
エリス達は孤児院の家事をする必要があり、ランド達は村の周辺の警戒をする必要がある。ずっと訓練をしているわけにもいかないため、訓練は朝と昼過ぎの二回に分けている。
朝はランドとカインがカールとテリーに武芸の指導を、ケイトがエリスとエイミィに魔術の指導を行ない、昼過ぎにはケイトがカールとテリーに魔術の指導を、アンがエリスとエイミィに身を守るための杖術の指導を行なうことになっていた。
「それでは、朝食にしましょう」
その声に応じたように、ゾロゾロと連れ立って孤児院の中に入る。
訓練のお礼としては安すぎるくらいだが、ランド達は朝と昼は大体孤児院でご馳走になっていた。
食事中、ケイトが思い出したようにエリスに聞く。
「あ、そういえばエリス。今日はどうするの?」
「そうですね。今日はあまり仕事も無いので、お願いして良いですか?」
「勿論。エリスが居てくれると助かるよ。何ならパーティーに入らない?」
おどけたようにケイトがエリスを誘う。
エリスは少し前からランド達が定期的に行なっている村の近くの見回りに時々ついて行く様になった。いつかのために少しでも経験を積んでおきたかったからだ。
前にコマンダーウルフが襲ってきてから、時折村の近くに魔物が出るようになった。そのため幸か不幸かエリスの希望通り、ランド達について何度か魔物と戦う経験を積むことができた。
実力的にエリスはまだランド達に及ばないが、治癒術が使えるという意味は大きい。
通常魔物と戦えば大なり小なり傷を負い、傷を負えば動きが悪くなり、更に傷を負いやすくなるという悪循環が生じる。しかし、治癒術があれば、その悪循環を断ち切ることが出来る。更にそのことが心理的な余裕となって、怪我を恐れず戦うことが出来る。
治癒術の使い手が居ることは、その者自身の実力以上にパーティーに与える影響が大きい。そのため治癒術の使い手を欲しがるパーティーは多かった。、折角だからとケイトもエリスから治癒術の指導を受けて練習しているが、魔術に慣れたケイトでも治癒術では今のところエリスには遠く及ばなかった。
そのこともあって、ケイトの勧誘は態度に反してかなり本気だった。
「ありがとうございます。でも遠慮しておきます」
しかし、エリスはにべも無い。
「振られちゃった」
「何度目よ。分かりきったことを聞かないの」
残念そうだが、どこか楽しそうなケイトにアンが溜め息混じりに注意する。
このやり取りは既に何度もしており、その度にエリスに断られていた。エリスの目的が別のところにあるのは、ここに居る誰もが知っている。それでも誘うのを止めないのは本当に惜しいと思っているからであり、断られても楽しそうなのはエリスの意思が変わっていないことが嬉しくもあるからだ。
「エリス。行くのは良いですが、気をつけてね」
「はい。院長先生」
心配そうなサーシャに、エリスは笑顔で答えた。
朝食をとった後、エリスを含めたランド達五人は村を出た。
村が“探査”の範囲にギリギリ入る程度に離れてから、村の周りをグルリと一周する。
その間ケイトとエリスは“探査”を使って周辺に魔物が居ないかを確かめ、見つけた場合はそれを排除する。これを昼前と夕方に行なうのがランド達の日課だった。
ほぼ一周し終わったが、今日は村の近くに魔物は居なかった。この見回りでは時々魔物が出ることもあるが、何も無い事の方が多い。そういう意味では、今回特筆すべき出来事は無かった。
しかし――
「どうしたランド?」
ランドの様子がおかしいことにカインが気付いた。
イライラしているようなソワソワしているような、何にせよいつものランドらしくない様子だった。
「どうにもピリピリとする。嫌な予感がするぜ」
「……“探査”に反応は無いんだな?」
「うん。私達の“探査”じゃ信じられない?」
「そんなことは無い。ただの確認だ」
カインの言葉通り、この場にケイトとエリスの“探査”を信じていない者は居ない。しかし、ランドの勘は鋭く、今までにもその勘に救われたことがあるカインとしては無視するわけにはいかなかった。
ランドが嫌な予感がすると口にした場合、その予感は大抵当たる。もっとも、その中身まではその時になってみないと分からないのだが。
「とりあえず注意しながら戻るぞ。それと戻ったら村人全員に村から出ないように伝える」
「念のため、すぐに逃げ出せる用意もして貰った方が良いんじゃない?」
「……そうだな。違ったら違ったで笑い話で済む。よし、戻るぞ」
「エリス。いつも以上に“探査”に気を配るよ」
「分かりました」
村に戻ったランド達はすぐに村人達に注意を喚起して回ったが、その日は結局何も起きなかった。
しかし、翌日にランドの勘は当たることになる。
昼を過ぎる少し前、カインの勘を気にかけていたケイトの“探査”がそれらを捉えた。ケイトは慌ててランド達にそれを伝えに向かった。
「大変! 凄い数の魔物がこっちに向かってるよ!」
「ちっ、嫌な予感が当たりやがったか」
「俺達で対処できる数か?」
「全部を倒すのは無理だと思う。確実に数十体は居るよ」
「……まずは村人を逃がすぞ。カインは村長のところ、アンは孤児院側から、ケイトと俺は逆側の家から逃げるように伝えるぞ」
「一斉に伝えると混乱する。一軒一軒確実に、だが迅速にだ」
「えぇ、分かってるわ」
「うん。大丈夫」
頷きあって、全員が一斉に動き出す。
しばらくすると、村人達の避難が始まる。その間にも魔物の群れは徐々に近づいて来る。
村人達に避難の勧告が終わったランド達は、再び集まっていた。
「魔物が来る前にここを離れることは出来るだろうが、そのまま追って来ればガロに着く前に追いつかれる可能性が高い」
「時間稼ぎをするしかねぇか」
「命がけになるねぇ」
「仕方ないわ。ここには随分お世話になったし……、友人も、可愛い弟子の家族も居るんだから」
笑い合いながら覚悟を決める。そこに二人の小さな男の子が走り寄る。その顔には決意が見てとれた。
何を言うつもりなのかは、ランド達には一目瞭然だった。
「俺達も戦うよ!」
「馬鹿を言うな。訓練をしたとはいえ、お前達はまだ子供だ。それに……木剣で何と戦う気だ?」
「ぅ……」
用意していた拒否の言葉を淀みなく伝える。カール達は子供としては強いが、魔物と戦うには力不足だ。しかもカール達には訓練で使っている木剣や槍もどきしかない。そもそも戦うことなど出来るわけが無かった。
「お前達は他の人達と避難して、途中魔物が出たら守ってやれ。ここからガロの間ならせいぜいEランクの魔物だろう。お前達とエイミィの魔術でも何とか相手が出来るはずだ」
「……うん」
「私は皆さんと残ります」
しょんぼりした様子でカールが頷いたところで、遅れて来たエリスがそう言った。一緒に来ていたエイミィとサーシャが同時にエリスの顔を見る。
「ケイトさんには及びませんが魔術は使えますし、何より時間を稼ぐのなら治癒術が必要じゃありませんか?」
「それはそうですが……」
カインが言葉に窮する。
エリスの言っていることは間違っていないが、カイン達にとってはエリスも守るべき対象だ。危険の少ない見回り程度なら良いが、今回はそれとは比べ物にならないほどの危険が付きまとう。おいそれと頷くわけにはいかなかった。
すると、困っているカインに代わってサーシャがエリスに声をかけた。
「エリス。死んでしまうかもしれないのよ?」
「院長先生……分かっています。でも、彼ならきっとこうしたと思うんです。自分に出来ることがあるならって」
「そう……。カインさん、お邪魔でないのならエリスを連れて行ってあげて下さい。この子にはもう自分で生き方を決めることができるはずですから」
エリスの強い決意を感じて、サーシャが引き下がる。そして、どうなってもエリスの自己責任だからと、カインにそう告げた。エリスもその覚悟は出来ている。
いつかユウトについて行くと決め、ケイトやアンの指導を受けることにしたときから、死の危険があることは理解し、覚悟も決めていた。冒険者であるユウトと共に居るためには、その覚悟が必要だった。
エリスに引き下がる気が無く、サーシャも止める気が無いと分かったカインが仕方ないという顔をする。
「分かりました。確かにエリスさんが居てくれると俺達は助かりますから」
「エリスのこと、お願いします。貴方方も無事に戻ってきて下さいね」
「えぇ、勿論です」
「エリスは私と一緒に後衛ね。アン達がちゃんと守ってくれるから安心だよ」
「よろしくお願いします、皆さん」
「よろしくね、エリス。治癒術が使える仲間が居ると心強いわ」
カイン達はエリスを歓迎した。
治癒術が使える冒険者は少ない。
その知識を教会がほぼ占有しているせいもあって治癒術が使える者自体がそう多くないのだが、その上仕事に事欠かないため、冒険者になる者が極端に少ないのだ。
そういう意味では、エリスはかなり珍しいケースの一つだ。
エリスはサーシャの手ほどきを子供の頃から受けており、しかも魔力量も並ではないため治癒術の使い手としてはかなり優れている。
これから対処しきれるかどうか分からない数の魔物を相手にしなければならない。ランド達にとっては思いがけない嬉しい戦力の増強となった。




