表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/110

第35話 風竜襲来

 現在確認されている竜は四種。それぞれが群れを成しており、種族ごとに支配している地が異なる。ウェントーリ大山脈を支配しているのは風を司る竜だ。

 風竜の特徴は、全体的に鋭い印象の群青色をした体躯と、大きな翼にある。飛行に適したその特徴的な形状は、飛行能力という点で他の追随を許さない。同じ竜の中では火竜も空を飛ぶことができるが、飛行能力に関しては同じ竜であっても風竜は火竜を遥かに上回る。

 また、竜の特徴として良く挙がるのが竜の息吹―ーブレスだ。

 ブレスにはそれぞれの種族の特徴が現れる。火竜であれば火属性、水竜であれば水属性、土竜であれば土属性のブレスだ。そして、風竜のブレスは、竜巻のように渦を巻き周囲を抉り取るような暴風を放つ。




 ユウトは背後に現れた何か(・・)の気配に背筋がゾッと震えた。


 「横に跳べっ!」


 猛烈な悪寒を感じたユウトが突然叫ぶような声をあげる。

 その声に咄嗟に反応できたのはギルツだけだった。突然のことで硬直したように動けなかったソフィアは運よくユウトの近くにいたために、ユウトが押し倒すようにして射線上から離れることが出来た。

 二人が横に跳んだ直後、元居た場所を中心にして風のブレスが通過する。吹き荒ぶ暴風を受け、地面に倒れ込んだ三人が身動きも取れずにその場でジッと風が止むのを待つ。

 数秒の後に風が収まると、そこには暴風に抉られてズタズタになった地面があった。

 そして――ブレスを放った張本人が悠然と地面に降り立った。

 それ(・・)は四本の足で地面に立ち、一見すれば蜥蜴のように見えなくも無いがその姿は蜥蜴よりも遥かに頑強で力強く見える。背には大きな一対の翼とその半分くらいの大きさの翼がもう一対。体は群青色の鱗に包まれ、計四枚の翼を広げたその大きさは、ゆうに二十メートルを超えていた。


 「風、竜……」


 体を起こしたギルツは、風竜が降り立つのを呆然と見ながら呟いた。

 ウェントーリ大山脈の支配者たる風の竜。その力の強大さは、今のブレス一発だけで十分に理解できた。

 もし、ユウトが気付かず声をあげなければ、無防備にブレスの直撃を受けた三人は暴風に巻き込まれ、引き裂かれて肉塊になっていただろう。もっとも、ユウトも風竜に気付いていたわけではない。ここに居ては死ぬ、という自身に訪れる明確な死を察知したユウトの本能が、咄嗟に体を動かしただけだ。

 だがその結果、死を免れることができた。

 同じようにユウトとソフィアも、地面に降り立ち泰然とした佇まいを見せる風竜をただ見つめていた。


 「……っ!? ギルツ! ソフィア! 立て!」


 何の行動も起こさずに呆然としていた自分に気付き、声をあげる。

 竜を前にして、馬鹿みたいにボーっとしている余裕などあるわけが無い。

 ユウトの声に二人も反応し、すぐに立ち上がって武器を構える。

 風竜はそれを待っていたかのように、三人が武器を構えてからようやくゆるゆると動き出した。

 ――舐めているのか? なら付け入る隙はあるはずだ。

 その様子を見ていたユウトが微かな希望を持った。――が、それは大きな間違いだった。

 

 「――――!」


 咆哮。

 どんな声だったのかすら分からない、ただ竜の口から発されたそれを聞いた途端に体が硬直し、思考が恐怖に塗り潰された。

 生物の頂点たる竜の咆哮はあらゆる生物に本能的な恐怖を与える。

 動けなくなったユウト達を見て、風竜がつまらなそうに鼻を鳴らす。

 ゆっくりと一歩ずつ、その見た目通りの重い足音を立てながら、ユウト達に近づいていく。動くことが出来ないユウト達は、少しずつ近づいてくる風竜の姿が大きくなっていくのをただ眺めていた。

 ――動け、動け、動けっ! このままじゃ死ぬ。嫌だ、死にたくない。動けっ!

 自分でも何を考えているか分からないほど混乱した頭の中で、動かなければ死んでしまうと叫び続ける。


 「あ、あぁ……あぁぁぁぁっ――!」


 その末に、口から漏れ出したユウトの咆哮。

 だが、これが竜の恐怖を払い除けた。

 竜の咆哮が及ぼす効果にはタネがある。それは魔力だ。

 竜の魔力が込められた咆哮は、空気振動と同時にその魔力を伝えている。咆哮を受けた対象は全身に浴びた竜の魔力により本能を刺激され、強者たる竜を恐れて恐慌状態に陥る。

 しかし、魔力によって生じた効果であるが故に、それを上回る魔力によってその効果を打ち消すことが出来る。

 恐慌状態に陥り、死を逃れようと必死になったことで、ユウトは無意識に“強化”を強めた。それによって体内を巡る魔力が増えて竜の咆哮の効果を打ち消した。

 加えて――


 「“フレイムランス”」

 「おぉぉぉぉっ!」


 ソフィアとギルツも竜の咆哮の効果から逃れていた。

 ユウトの口から漏れた咆哮、これにも竜と同じく魔力が込められていた。本人にその意図は無かったが、竜の咆哮の効果を断ち切ろうとしたために、それと同じことを自然と行なっていた。その結果、ユウトの咆哮がギルツ達に及ぼしていた竜の咆哮の効果を相殺した。

 二人は仕返しとばかりに、無防備に近づいてきていた風竜に攻撃を加える。――しかし、そのどちらもが群青色の竜鱗を前にしては無意味だった。


 「なっ……」


 そう漏らしたのはギルツだ。

 走りこんで体重を乗せた戦斧による渾身の一撃。それを避けることも防ぐこともせず、ただ受けただけ。だが、ギルツの一撃は竜鱗に容易く弾かれた。その竜鱗に傷をつけることすら出来ずにだ。

 それと同時にソフィアも唇を噛んだ。

 咄嗟だったため、それほど多く魔力を込めたわけではない。しかし、炎の槍は鱗を貫くどころか焦げ目一つ付けることなく、竜鱗に阻まれ霧散した。

 この短い時間、ほんの僅かな攻防は、互いの実力差を認識させるには十分過ぎた。

 だが、空を飛べる風竜を相手に、引くことは不可能だ。ユウト達に許されたのは戦うか、無抵抗で死ぬかの二択しかない。そして、大人しく殺されてやる気は微塵も無い。

 それぞれが覚悟を決めて、武器を構え直した。


 


 ――おかしい。

 風竜とすれ違いざまに槍を薙いだユウトが心の中で呟いた。やはりと言うべきか、槍は竜鱗に弾かれ、それを予想していたユウトはその反動で風竜から距離を取った。

 ユウトの見立てでは、数分もすれば運が良くて誰かが重傷、悪ければ全滅だった。悲観的な見立てではあるが、客観的に見た実力差がそれだけあるのだから仕方が無い。

 だが、戦闘が始まってから既に数分経つが、現状死者どころか負傷者も出ていない。それだけ見れば良い勝負をしているかのようだが、実際は全く異なる。

 ユウト達は何度も風竜に攻撃を加えたが、その全てが硬い竜鱗に阻まれて傷を負わせることが出来ずに終わっていた。それに対し、風竜の攻撃は一撃まともに受けただけでも動けなくなるだろう。

 どれだけ攻撃を受けても傷を負わない風竜と、一撃食らえばそれでほぼ終わりのユウト達ではそもそも勝負にならない。それでもこうして勝負が成立しているように見えるのは、風竜が本気で殺しにかかってきていないからだ。遊んでいるのかと思いもしたが、そういった様子は一切無く、まるで実力を測っているような戦い方に疑問を覚えていた。

 それだけでは無い。 


 「少しはこっちを、向きやがれっ!」


 横から風竜に向かっていったギルツが斧を振り下ろす。それを鬱陶しげに尻尾で払い除けると、風竜は再びユウトに向かう。

 

 「こいつっ!」


 斧を打ち払われ、弾き飛ばされたギルツが苛立った声をあげ、忌々しそうに風竜を睨む。

 戦闘が始まってからずっとこんな調子だった。

 風竜はユウトに対してだけは自分から積極的に攻撃を加えるが、ギルツとソフィアに対しては向かってきた場合にそれを軽く払い除けるだけで、それ以上は何もしようとしなかった。

 前衛として壁役となるはずが、壁役として機能出来ないどころか眼中に無いとばかりに無視され続けるギルツは腸が煮えくり返る思いだった。

 だがそんなことはお構い無しに、風竜はユウトだけを狙い続ける。

 風を纏った風竜がユウトを狙って突進する。

 風竜の横に回るように進行方向から逃れようとするユウトを風竜が追う。風竜が纏っている、引き込むような強烈な風に体を引かれながら転がるように突進を避けた。


 「無事か、ユウト?」

 「ああ。今のところはな」


 立ち上がりながら、近づいてきたギルツに答えて風竜を睨む。丁度こちらを振り向くように体勢を変えた風竜と目が合った。すると風竜の長く裂けた口が微かに釣りあがった。

 ――笑った……?

 気のせいかも知れないが、ユウトには確かにそう見えた。

 距離を取ったまま、こちらの様子を窺っている風竜は動く気配が無い。


 「好きに作戦を練れってことか……?」

 「ちっ。余裕綽々だな。クソったれめ。……とはいえ、その余裕のおかげで今こうして生きてるんだけどな」

 「……やっぱりどう考えても手を抜いてるよな」

 「じゃなきゃとっくに全滅だろうさ。あれは、ほぼ間違いなく老竜だ」

 「……嫌な現実だ。夢なら一刻も早く覚めて欲しい」


 うんざりした表情を浮かべたユウトに、ギルツが同意したように頷いた。

 冗談じみた言い方だが、心の底から漏れた本心だ。

 竜は年を経るごとに強くなる。幼年期の竜を幼竜と呼び、姿形は竜そのものだが体は小さくその力も弱い。大人になると成竜と呼ばれ、大きさも力もまさに竜と呼ぶに相応しいものを備えるようになる。

 だが、本当に恐ろしいのはその先、成竜が更に年を経て老竜と呼ばれる域に至ったとき、それは最強の生物足り得る存在となる。単独で町を――あるいは国すらも壊滅させるほどの力を持った化け物だ。

 老竜と呼ばれる程に成熟するには数百年の年月を必要とする。そのため、その個体数は成竜に比べて圧倒的に少ないのだが、そんな中で老竜と遭遇するなんて引き(・・)が良すぎるにも程がある。


 「そういや、どこぞの冒険者様が竜を倒してSランクになったんじゃなかったか?」

 「あぁ、勇者(ブレイバー)か。倒したってもありゃ成竜だ。しかもその時戦った冒険者は十数人居て、勇者が唯一生き残ったってだけで別に単独で竜を倒した、なんて英雄譚みたいな話じゃねぇぞ」

 「……唯一の希望を打ち砕くなよ」

 「仮に勇者がやれたからって自分も出来ると思うほど楽観的じゃないだろ、お前」

 「まぁそうなんだけどな」


 それでも、老竜を倒したという前例があれば、不可能ではないのだと自分に言い聞かせる根拠になる。例え、目の前の風竜に現状一切の攻撃が効いていなかったとしてもだ。

 本来なら十数人で竜を倒し、生き残ったというだけで称賛されてしかるべき偉業であり、だからこそ勇者(ブレイバー)という名がついている。しかし、現状のユウト達にとってその程度の偉業では全く足りない。

 敵の強さも人数も、ユウト達の方が圧倒的に不利なのだ。この状態で目の前にいる風竜を倒して生き残れる奴が居るなら出て来い、と叫びたくなる気分だった。


 「っと、少しゆっくりしすぎたな」

 「みたいだな。その割りに何の策も浮かんでないんだけど……」


 ユウト達の様子を窺っていた風竜が待ちきれなくなったのか、ウズウズし始めているのが見てとれた。

 ――あちらさんとしてはじゃれてるようなもんなのかねぇ……

 小動物が構って欲しがっているような、あまりに外見と不釣合いな様子にユウトが溜め息を漏らす。


 「とりあえず、あっちはまだ本気で殺そうって気は無いらしい。良い手が思いつくまで時間を稼ぐぞ」

 「おおっ!」


 ギルツが気合の入った声で同意を示す。しかし、そう言ったユウト自身が自分の言葉に疑問を抱いていた。

 ――良い手が思いつくまで……? これだけの差がある相手にそんな手があるってのか?

 だが、それを表に出すことは無い。そんなことをしてしまえば、誰もが戦うことを放棄してしまうかも知れない。ギルツもソフィアも、おそらく同じことを感じているのだから。

 ユウトとギルツはそれぞれ武器を構えて左右に分かれて走り出す。

 ――やっぱりユウト狙いかよ!

 見向きもされずに背を向けられたギルツが、相変わらずな風竜の態度に怒りを募らせる。

 風竜が自分の方を向いたのを視認したユウトが一気に距離を詰める。風竜は四本足で立っているため、ある程度距離を取っているよりは足元近くに居る方が視認され難い分安全だ。

 近づいてきたユウトに対して、風竜は前足を上げ、まるでもぐら叩きでもするかのように何度も踏みつける。ズドンズドンと岩壁が崩れるのではないかと思うほどの重い音と衝撃、更に振り下ろされる際に生じる風圧を受け、冷や汗を垂らしながら必死に回避する。

 その間にギルツとソフィアは、少しでも傷をつけて注意を逸らそうと風竜の背後から必死に攻撃を加える。

 ギルツが力が乗るよう戦斧を大きく振りかぶってから振り下ろす。重い戦斧を片手で扱うギルツは、隙を生じさせるため斧を大きく振ることを一切しない。ギルツの強さは堅牢な防御にあり、ギルツもそれを自覚し誇っている。そのため、それを崩しかねない戦い方をするのを嫌っていたからだ。

 だが、そんなことを忘れるほどギルツは風竜の態度が許せなかった。

 ユウトの将来性を感じてはいても、ギルツは自分とユウトは確かに相棒であり、互いに支えあっていると思っている。しかし、風竜の態度はそれを否定するものだ。

 お前にはユウトと肩を並べる資格が無い。

 自分を無視し続け、軽くあしらい、ユウトだけを狙い続ける風竜がそう言っているようで、それが何よりも許せなかった。

 もしユウトがギルツの様子を見ていれば、その異様さに気付いただろう。しかし、ユウトは目の前の風竜の相手をするのに精一杯で、ギルツの様子を気にする余裕は無かった。

 ギルツの様子を見ることが出来たソフィアも、ギルツに意識を割くだけの余裕は無かった。

 自分が使える多くの魔術を試した。篭める魔力が少なかったかと今までしたことが無い程の量を篭めたりもした。だが、それもユウトを襲う風竜の注意を向けることすら出来なかった。

 ――どうすれば良いの? ユウトにだけ戦わせて何も出来ないなんて……

 無力な自分に腹を立てて、唇を噛む。

 それでも、休まずに魔術を使い続ける。たとえ何の効果も無いのだとしても、何もせずに見ていることだけは出来なかった。

 そして、偶然にもソフィアの“フレイムランス”とギルツの斬撃が同じタイミングで同じ箇所に直撃した。


 「え……?」


 思わず声が漏れたソフィアが、信じられないものを見たような表情で固まった。

 その視線の先では、二人の攻撃を受けて、初めて風竜が動きを止めていた。

 

 「通った……? 同時攻撃なら効果があるぞ! これで――」


 ようやく見出した希望にギルツの声が弾む。しかし、ある意味ギルツ達は失敗した。

 初めてギルツ達の方を見た風竜の目には明らかな怒りがあった。

 直後、風竜が息を吸い込む。それと同時に、ほんの一瞬で風竜の口に強い魔力が集まった。

 ――ブレスっ!? 溜め無しで撃てるのかっ!?

 風竜がブレスを使ったのは、背後からの一発のみ。そのためユウトは、竜のブレスはある程度の溜めが必要だと誤解してしまっていた。そして、それはギルツ達も同じだった。


 「逃げろっ!」


 ユウトが咄嗟に叫ぶが、ギルツもソフィアも動けなかった。

 そして、風竜は一直線上に居たギルツとソフィアを狙ってブレスを放った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ